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Untold | #5.月光

日が沈むのが早い—

繰り返されるこの星の巡り。
昨日とさして変わらない、些細な角度の変化。
それを、いつもより極端に感じる日の暮がある。

慣らされていたはずなのに—

弱く脆い生き物たちへ、この星からの慈愛。
無意識下で対応できるほどの変容を、気が遠くなる時間をかけ、与え、慣らしていく。

何故、急にどうして不安になる—

足下に少しだけ冷たい風が吹きぬけただけで。
いつもの木立の影が長いだけで。
秋の終わり、冬の訪れ、一年の終わり。
最も安堵すべき、この星の正確な周回を愁う。

慣らされている—

生まれついたその時から
この星の正確な周回が刻む
死への道程を

それが、時々どうして、不安になるのだ—

***

スタジオに月明かりがさしている。
電気をつけなくてもいいくらい、明るい。
澄んだ濃紺の空に中秋の名月
今夜は一年で最も条件の良い月夜だ。

たしかに月がはしゃいでいるなと思った。
鏡ばりのスタジオでは、余計に月明かりが青白く反射する。
アミはただぼうっと、月を見上げている。

「あれ…?アミ?きてたの」

スタジオの主が現れて、少し驚いた顔をした。
電気もつけないで何やってんのと言いながら、そのままの明るさにしておいてくれる。
相変わらず、空気の読めるヒトだ。

「ホソガ、練習邪魔してごめんね」
「んや?こういうのも、ムードがあっていいんじゃない?」

軽くストレッチをしながらほぐされてゆくホソクのしなやかな筋肉は、スタジオの青白さに相まって艶やかに上気しているかのようだ。
少しウェーブがかった長めの黒髪越しに、鼻筋の通った形の良い横顔が覗く。
相変わらずキレイな横顔。

「…どうした?」
「べつに、なんも」

「ふふ、何にもないなら、今頃ヒョンのところでしっかり生存確認してるでしょうに」

人当たりのいい笑顔は、なんでも受け止めてくれそうでいて、こちらを見透かしているような、不思議な空気がある。
それでもホソクには、アミが話したくないなら、それ以上は聞かないよという余裕があり、つい甘えてしまうのだが。

「月光でも流す?」
「向こうの曲はなんかアジアの満月に合わない気がしない?」
「ハハ、確かにね。じゃぁこっちかな…」

琴線の音色に似た、アジアの伝統楽器音が響いて、スローテンポの曲がかかり始める。


— Do your thang, Do your thang with me now…

響くバースと、筋肉がしなやかに刻むリズム
まるで、ホソクが音楽と一体になってゆく様に、アミはしばし息をするのを忘れる。
真剣に踊る表情は先ほどの人当たりのいい雰囲気とは完全に別人のソレだ。

白蛇ハクジャの舞

次第に汗で濡れた黒髪
覗く切長の目が、月光に照らされて赤く光った気がした。

スタジオ備え付けのバレエバーの下で、小さくなって座りながら、アミはじっと耐えるように、青白い景色を眺めていた。

「ユンギヒョンと、ようやく番になったんでしょ?」
「…え」

「なんでわかるのかって?そりゃ、ヒョンのニオイがするから」
「そう?… しばらく会ってないよ」

休憩がてら隣に腰掛けたホソクが、ドリンクを差し入れてくれる。
優しい笑顔は、どこか遠くを見ている。

「必要な時に、堂々と、行けばいいんだよ」
「行ったけど… キツネくさくて、近寄れなかった」

「あぁ、あのひとに、喰われてたのかな…。」

可哀想にと笑いながら、アミの頭をわしゃっと撫でてくれる。
気持ちいいなと思うのは、きっと猫だけの習性ではないはずだ。
月の引力に転がされて、満月に向けてカラダが反応するのも、猫だけのものじゃないように。

「こんな月夜に会えないなんて。…つらいね?」
「…べつに。いつもと変わらないよ、こんなの」

正面の大きなスタジオミラーに映る姿は、まるで2人して青白く発光しているかのよう。

素知らぬ満月は、間も無く南中するのだろう。
まるでスポットライトのように無邪気にここを照らしながら。
アミの呼吸を乱しながら。

「ふうん?可愛い猫ちゃんは、相変わらず、素直じゃない」
「ハァ…ヘイキ、こんなの、だいじょぶだし。おさまったら帰る… ここで少し休憩してるだけ。」

「ふふ。辛くなったら、いつでもおいでよ。」
「ありがとう。」

ホソクが踊っている。

音楽と、呼吸が聞こえる。
汗の匂い、月の匂い

カラダの奥が熱い。
煌々とした冷たい熱で、たしかに焦がされていく。

美しく、苦しい月夜だ。

—あのひとに逢いたいな。

「ちょっと、アミ!大丈夫?!」

耐えられなくなって床に崩れ落ちるアミに、ホソクがかけよる。

「ハァ…ハァ…んっ」
「発作なんて…らしくないな」

「だいじょぶ…こないだから…調子悪いだけ」
「こないだ?ヒョンと番ってから?」

「…うん」
「そんな状態でいたら危険だってのに…」

少し戸惑った顔でコチラを覗き込むホソクの瞳が、少し赤く発光する。

アミはそれを、単純に綺麗だと思う。

情欲のシグナルに似た、生命の赤。

「仕方ないな。応急処置だけど、すこし我慢して。」
「…んっ」

ホソクの熱い視線が、アミの熱い吐息と重なる
刹那、濃厚で深く、割開かれた唇

アミの口腔は、最も簡単にホソクに絡め取られた。

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