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隅田川と永代橋

スローリー余話
川と橋と美味しいもの#30

吾妻橋や両国橋、新大橋などとともに明暦の大火以降に隅田川に架橋された『永代橋』。元禄時代の将軍・綱吉公の50歳の誕生を祝して架橋されたとも言われています。その後享保年間・吉宗公の時代には大破し幕府は廃止を決定しましたが町人など民間によって再建され一部では橋銭という通行料を徴収した時代もあったそうです。江戸時代からの商業のまち「日本橋」と多くの信仰を集めた「富岡八幡宮」を繋いできた『永代橋』は人々にとって特別な意味を持つ橋ではなかったでしょうか。

昭和初期の永代橋。隅田川を行き交う船舶(写真提供:中央区立京橋図書館)

現在の橋梁は関東大震災で大破したのち1928(昭和3)年に当時の復興局によって架け替えられました。
そして令和の今、伝統の濃ゆい味のお弁当が毎朝この『永代橋』を渡っています。創業200余年「日本橋弁松総本店」のお弁当は江東区永代でつくられ『永代橋』を渡って日本橋室町の店舗に毎朝届けられるのです。
(以下、『東京Slowly² vol.3』最新号より)

江戸から続く「濃ゆい美味しさ」

河岸から生まれた“濃ゆい”美味しさ

日本橋弁松総本店

毎日早朝から作られるお弁当

町人文化が栄えた文化文政の時代。1810(文化7)年に「樋口屋」という料理屋として日本橋の魚河岸近くで創業。三代目の松次郎の時代に「弁当屋の松次郎」と多くの魚河岸の人から呼ばれたことから現在の「弁松」に屋号を変更したという。八代目のご主人・樋口純一さんによると「現存する中で最初の折詰弁当専門店」であるという。日本橋室町の総本店は毎朝9時半の開店とともに常連客が次々と訪れる。

永代橋を毎朝渡って日本橋に届けられるお弁当

「やっぱり弁松さんじゃなきゃね」と語る八丁堀で育った高齢の女性。子供の頃からお祭りなどの催事には弁松の弁当だったという。その味は伝承の「弁松の濃ゆい味」。砂糖と醤油をたっぷりと使った甘辛味は魚河岸で働くひとびとに喜ばれた美味しさだ。200年ちかく愛されてきた日本橋の味は令和の今も健在だ。

日本橋弁松総本店
〒103-0022 東京都中央区日本橋室町1-10-7
03-3279-2361
営業時間:月-金9:30-15:00 土日祝9:30-13:00
定休日:年始