東京Slowly²

2023年7月、東京を「ゆっくり(slowly)」「じっくり(slowy)」あじわい、…

東京Slowly²

2023年7月、東京を「ゆっくり(slowly)」「じっくり(slowy)」あじわい、愉しむための雑誌 「東京Slowly²」(トーキョー・スローリー・スローリー)を創刊しました。

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  • EDITOR'S NOTE

    雑誌「東京Slowly²」の編集こぼれ話的なことをまとめています。

  • Tokyo Slowly Story

    東京を「じっくり、ゆっくり」あじわい直す「東京Slowly²」からはじまる物語です。

最近の記事

築地川と采女橋

スローリー余話 川と橋と美味しいもの#27 1800年頃の江戸の絵図などには「矢のハシ」や「二之橋」などと表記され明治初年に『采女橋』と呼ばれるようになったようです。橋の名前は近くに采女ヶ原という盛り場があったことに由来するといいます。 築地鉄砲洲に外国人の居留地が出来たことに伴い、この『采女橋』のあった采女町(現在の銀座5丁目)に誕生したのが『上野精養軒』のルーツ『築地精養軒』です。1872(明治5)年に岩倉具視や三条実美などの援助により創業。関東大震災で焼失するまで『

    • 渋谷川と観音橋

      スローリー余話 川と橋と美味しいもの#26 スローリー余話「川と橋と美味しいもの」は弊誌で取材した千代田区、中央区、台東区、江東区などを紹介していましたが本編は未取材の渋谷区でございます。現在渋谷川は渋谷駅の南方から天現寺橋までを流れていますが、昭和30年代に暗渠化されるまでは新宿御苑の池や玉川上水の分派を水源として外苑西通りから神宮前(表参道のラルフローレンや交番のあるあたり)そして原宿の隠田商店街あたりを通り渋谷駅まで川が流れていました。その名残のひとつが外苑西通りの「

      • 日本橋川と鎧橋

        スローリー余話 川と橋と美味しいもの#25 日本橋川に架かる「鎧橋」は1872(明治5)年に「鎧の渡し」があった場所に架橋されたといいます。その名前は平安時代に源義家がこの辺りで嵐に会い鎧を奉納した「鎧が淵」に由来すると言われています。また記念碑には作家・谷崎潤一郎が綴った「鎧橋」に関するエピソードが記されています。 小網町から「鎧橋」を渡ると兜町の東京証券取引所です。昔から株式市場関係者は縁起を担ぐといいますが新大橋通り・蛎殻町には『カツサンド』が名物の『日本ばし 宇田

        • 日本橋川と日本橋 その参

          スローリー余話 川と橋と美味しいもの#24 江戸時代には一日に千両のお金が動くと言われた日本橋の魚河岸ですが、明治維新による社会や経済情勢の変化により市場は一時衰退します。その後、東京府の「魚鳥並青物市場及問屋仲買営業例規並税則」による市場の運営がはじまり安定的な庶民への食の提供がはじまりました。一方、明治政府は文明開化を推し進めるなかで日本の中心地・日本橋に魚河岸があることが前近代的と考え魚河岸の移転計画を発表していましたが賛成派と反対派の意見が分かれ関東大震災で大きく損

        築地川と采女橋

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        • EDITOR'S NOTE
          18本
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          14本

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          汐留川と新橋

          スローリー余話 川と橋と美味しいもの#23 今、私たちが「新橋」と言われて想像するのは「駅」と「機関車前広場」「駅ビル」そして烏森神社周辺の「横丁」や「サラリーマン」ではないでしょうか。この地名は新橋という「橋」があったことに由来します。外堀と築地川をつなぐ水路だった汐留川の埋立にともない1964(昭和39)年に撤去されるまで銀座通りの中央区と港区の境にありました。現在の新橋駅は同じく汐留川に架橋されていた土橋に近いですが、1870(明治)年に日本ではじめて鉄道が新橋と横浜

          汐留川と新橋

          箱崎川と土州橋

          スローリー余話 川と橋と美味しいもの#22 首都高速6号線が通る箱崎川は1970年に埋立られましたが江戸時代から日本橋川と隅田川を繋ぐ水路でした。日本橋や銀座などの水路が関東大震災や東京大空襲の後に埋めたてられるなか高度経済成長期まで残った希少な水路です。そこに架かっていた『土州橋』。名前は土佐藩のお殿様だった山内候が明治になって箱崎に邸宅を構えた際に架橋したことに由来します。 現在その名残は全くなくかつての橋に隣接するように箱崎「東京シティエアーターミナル(TCAT)」

          箱崎川と土州橋

          鰻のはなし 七

          スローリー余話 7月24日(水)と8月5日(月)が今年の土用の丑の日。『鰻のはなし』シリーズも今回が最終回です。これまで弊誌で紹介した鰻専門店ならではの”美味しさ”を紹介します。 日本橋いずもや本店 蒲の穂焼き日本橋三越本店でも人気の「いずもやの鰻」。本店は日本橋本石町、常盤小学校の向かいです。神田美倉町で1942(昭和17)年に創業し現在地に1946(昭和21)年に移転。この年を創業年とされています。現在、三代目ご主人・岩本公宏さんが残されている昔の調理法を調べて再現し

          鰻のはなし 七

          鰻のはなし 六

          スローリー余話 暑い日が続いておりますが、7月24日(水)と8月5日(月)が土用の丑の日ですので『鰻のはなし』です。これまで弊誌でご紹介した鰻専門店は7軒。全て期待以上の美味しさを提供してくれる名店です。蒲焼、白焼き、鰻重はもちろんのこと専門店ならではの”鰻の美味しさ”を紹介します。 うなぎ 喜代川 うざく連日参拝者で賑わう日本橋・小網神社の近く1875(明治7)年創業の「うなぎ 喜代川」。関東大震災後の1927(昭和2)年築の建物は文化庁の有形文化財として指定されていま

          鰻のはなし 六

          日本橋川と日本橋 その弐

          スローリー余話 川と橋と美味しいもの#21 日本橋が正式に架橋された年は不明ですが東海道をはじめ五街道が整備がはじまった1604(慶長9)年にはあったと想像されます。それから400年以上、日本の道路の中心であり江戸時代には文化・経済の中心地であった「日本橋」ですが道路工事の技術発展によって大きく生まれ変わろうとしています。2040年度の完成を目標に現在工事が行われている首都高速道路の地下化によって「日本橋」を再生する計画です。その計画地に位置する日本橋1-1-1にある国分グ

          日本橋川と日本橋 その弐

          鰻のはなし 伍

          スローリー余話 今年は7月24日(水)と8月5日(月)が土用の丑の日ですので『鰻のはなし』です。これまで弊誌でご紹介した鰻専門店は7軒。全て期待以上の美味しさを提供してくれる名店です。蒲焼、白焼き、鰻重はもちろんのこと専門店ならではの”鰻の美味しさ”を紹介します。特に今回は禁断の美味しさです。 人形町 梅田 梅田丼梅の風味と鰻の旨さで食欲を掻き立てる『梅田丼』は鰻重と並ぶ、いいえ鰻重以上の人気商品です。昔から「鰻と梅干」は食い合わせが悪いと言われてきましたが、その理由は鰻

          鰻のはなし 伍

          鰻のはなし 四

          スローリー余話 7月の第1週ですが東京は既に35℃を超える猛暑です。今年は7月24日(水)と8月5日(月)が土用の丑の日ですので、そろそろ『鰻のはなし』です。これまで弊誌でご紹介した鰻専門店は7軒。全て期待以上の美味しさを提供してくれる名店です。蒲焼、白焼き、鰻重はもちろんのこと専門店ならではの”鰻の美味しさ”を紹介します。 高嶋家 鰻の南蛮漬け創業1875(明治8)年、日本橋小舟町の『高嶋家』。現在はイタリアンの経験がある五代目の鷺尾明さんと女将・和佳さんのご夫婦の新た

          鰻のはなし 四

          鰻のはなし 参

          スローリー余話 早いもので7月に入りました。今年は7月24日(水)と8月5日(月)が土用の丑の日ですので、そろそろ『鰻のはなし』です。これまで弊誌でご紹介した鰻専門店は7軒。全て期待以上の美味しさを提供してくれる名店です。蒲焼、白焼き、鰻重はもちろんのこと専門店ならではの”鰻の美味しさ”を紹介します。 鰻料理 近三 鰻の刺身日本橋大伝馬町、江戸通りに面した『鰻料理 近三』。サッカー解説者・松木安太郎さんの実家としても有名な当店を現在切り盛りするのは五代目の大旦那と六代目の

          鰻のはなし 参

          鰻のはなし 弐

          スローリー余話 早いもので7月に入りました。今年は7月24日(水)と8月5日(月)が土用の丑の日ですので、そろそろ『鰻のはなし』です。これまで弊誌でご紹介した鰻専門店は7軒。全て期待以上の美味しさを提供してくれる名店です。蒲焼、白焼き、鰻重はもちろんのこと専門店ならではの”鰻の美味しさ”を紹介します。 うなぎ割烹 ゆしま小福 うざく2023年7月発売号の特集「東京の江戸の味」では ”学問の神様”のお膝元  三代目は鰻を愛する探究者 と紹介しました通り、こちらの三代目・小暮

          鰻のはなし 弐

          鰻のはなし 壱

          スローリー余話 早いもので7月に入りました。今年は7月24日(水)と8月5日(月)が土用の丑の日ですので、そろそろ『鰻のはなし』です。これまで弊誌でご紹介した鰻専門店は7軒。全て期待以上の美味しさを提供してくれる名店です。蒲焼、白焼き、鰻重はもちろんのこと専門店ならではの”鰻の美味しさ”を紹介します。 うなぎ割烹 大江戸 うまき江戸時代、松平定信公が老中だった時代に初代・草加吉兵衛が創業した『うなぎ割烹 大江戸』。10代目のご主人・湧井浩之さんが「鰻はもとよりお重のサイズ

          鰻のはなし 壱

          神田川と浅草橋

          スローリー余話 川と橋と美味しいもの#20 神田川の下流かつて花柳界で賑わった柳橋のひとつ上流に位置する「浅草橋」。江戸城に36箇所あった見附のひとつ浅草見附(浅草御門)の橋として江戸初期に架橋されました。 現在は江戸通り(国道6号)が通っておりますが当時から奥州街道や日光街道が通る交通の要所で1904(明治37)年には路面電車が開通。1971(昭和46)年に都電が廃止されるまでは浅草~日本橋~新橋を結ぶ22系統や浅草~日本橋~丸ノ内を結ぶ31系統の停留所もありました。現

          神田川と浅草橋

          忍川と上野三橋

          スローリー余話 川と橋と美味しいもの#19 上野不忍池を水源とした「忍川」。昭和のはじめに埋立られましたが上野広小路を横切りJRガードをくぐり春日通り沿いに流れていたそうです。川も橋もその名残はほとんどありませんが2024年6月末で閉店する上野を代表するファッションビル「ABAB」の裏通りの商店街やJRの橋梁名に残された痕跡をみることができます。上野広小路には「上野三橋」という橋があり江戸時代の絵図や歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれています。 まだ忍川が流れていた19

          忍川と上野三橋