〜白血病になった25歳〜 11. ドラマの世界
1人で診察室の中へ入ると見覚えがあるドクターが座っていた。第10話でお話した数年前に診察してくれた外科のドクターT先生だった。
お父さん世代の筋トレが好きそうな優しそうなドクターだった。冗談で自分のこと覚えてるか、聞いて見たがもちろん覚えてなかった。
「今日はどうしましたか?」
諸々の症状を伝えた。
「そしたら一度お尻の状態見せてくださいね」
診察台の上で横になった。
「なるほど。一旦お待ちくださいね」
そう言いながらT先生は診察室を出た。
しばらく診察台の上で座って待っていたらそこへ看護師さんがやってきた。
「今日は親御さんいらっしゃる?」
「はい、外の椅子に座ってます」
母親が診察室へ呼ばれた。
「どうだった?」と聞かれた
「なんかちょっと診察受けたけど先生どっか行った」
「そうか。なんかあったのかな?」
するとそこへT先生が入ってきた。
「ちょっと別の科の先生からお伝えする事があるみたいで」
(ん?どういうことだ?)
白衣を着た女性のドクターが入ってきた。
「血液内科のFと申します」
(ケツエキ...ナイカ?)
初めて聞いた言葉だった。
「血液の数値に異常が見つかりまして...」
(え...!?血液に異常?)
F先生は血液検査の紙を見せながら話を続けた。
「白血球の数値なんですが、基準値は通常3,000〜8,000個くらいですが、Sさんは650,000個あります」
「ウォークイン(外来で来院した患者)でここまでの数値は初めて見ました」
(ふむふむ、それは確かに異常な数値だ)
(え?ということは?)
「え、それはつまりどういうことですか?」
咄嗟に反応して出た言葉だった。
「今ここで言っても良いですか?」
ドキッとした。そして一瞬にして診察室がピリついた。
「え、そんなに....ですか?」
F先生は少しこわばった表情で頷いた。
(まじか....え?)
「言ってもいいですか?」
再度先生から確認が入った。
「はい」
横目でチラッと母親を見たあとに答えた。母親は驚きのあまり口を開けていた。
「白血病....だと思われます」
(!?)
一瞬時が止まった。誰しもが聞いたことあるであろう病名。イメージは良くない。"血液のがん"であるということも聞いたことがあった。
「今日このまま入院できますか?」
「え、今日ですか?」
そう答えながら母の方を向いた。まだ空いた口が塞がってなかった。
「今すぐにでも治療始めなきゃいけません」
と、先生。
「はい。。。」
力なくそう答えるしかなかった。そして目の前には看護師さんが準備していた車椅子がきた。
ニュースでよく見る逮捕された容疑者のように下を向いて動かなかった。いや、動けなかった。そして衝撃が大きすぎて涙も出てこなかった。
(ありえない)
(こんなの嘘だ、絶対夢だ)
そう呪文のように唱えていた。
だが、つねったほっぺは痛かった。現実だった。
母親が車椅子を入院用のエレベーターまで押してくれた。あまりにも悲しみのオーラが漂いすぎて廊下で待っている他の患者さんたちの視線を釘付けにした。
顔を上げられずひたすら自分の人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。自分、このまま死ぬのかな。初めて自分の"死"を目の前にした感じだった。
(いや、でもそういえば水泳池江璃花子選手も白血病だったけど世界大会出るくらいに回復したよな。自分もオリンピックは出ないけどそれくらい元気になれるはず。。。)
このまま死ぬわけにはいかない。どんなに辛い治療でも絶対に元気になって、パワーアップして元の生活に戻りたい。そう強く心に声をかけた。
「大丈夫だよ。絶対治すよ。」
母からの言葉は力強かった。その言葉を肝に銘じて腹を括った。
そして母と別れて病棟へ向かった。
人生で初めての入院だった。