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18歳 春、思考の記録

私は去年の12月に18歳を迎え、明後日には高校を卒業する。私の高校生活を一言で表すなら「思考」だ。下から数えた方が圧倒的に早かった数学での思考や記述問題で求められる思考など、様々な思考を重ねてきたが、私が最も思考したと感じるのは美しさについてだ。そこで今回は私が高3の一年間でSNS(ツイッター)に載せた美しさについての思考をまとめつつ、18歳で卒業を控える今の私の美しさについての考えを書き留めておきたい。記事にして書くほどのものではないかもしれないが、最後までお付き合いいただけるとありがたい。

2021年4月15日



2021年4月28日



2021年6月27日



2021年7月30日

*この「テンさん」は私が応援するNCT(Twt: @NCTsmtown)という多国籍なKPOPグループのメンバーのこと。ポジティブで健康的なエナジーを私たちに届けてくれるテンさんから、私は多くを学んだと感じている。(ins:tenlee_1001)

2021年9月3日



2022年2月16日



2022年2月23日



2022年2月27日

(前置き)
I’m f*cking sick of beauty standards‼︎ の気持ちが爆発して書きました… 段落のつながりとか一切無視してるので読みにくいです。小論文だと絶対に減点です。(最近小論文書いてるので敏感)

(1)骨格診断やパーソナルカラー診断、最近では顔タイプ診断が流行って、自分に合う合わないメイクや服が分かりやすくなってきた訳だけど、それが普及しているのが個人的にはすごく苦しい。診断に必要な情報さえ持っていたら誰でも人の容姿を評価できてしまうから。

「美しい」ただそれだけで十分なのに、「ここの距離が、ここの角度が、」とか言っていかにも論理的かのように人の容姿を評価しないでほしい。それを目にするたびに心が傷つく。自尊心が失われていく。

ある根拠を持って人の美を評価する風潮が嫌いだ。心の底から嫌い。

(2)診断の普及によって美の基準が新しく生まれてしまったような気もしている。あまりに診断が普及してしまっているから他人の目線が怖い。見ず知らずの相手に「この人のメイクはパーソナルカラーに合ってないな」とか、もっと言ってしまえば「この人ここ直したら(整形したら)マシになるのかな」とか思われていそうで辛い。

自意識過剰だけど、昨今のネット上で繰り広げられる外見に対する評価や論争を目にすると、そんなことがあるんじゃないかと思えてきてしまう。

(3)「あなたも美しい、わたしも美しい、あなたも輝いている、わたしも輝いている」と思いながら生きていこうとしても、やはり私は心が弱いので、すぐ自信を失ってしまう。

今日は用があって東京に来たんだけど、電車から降りて自分と同じくらいの女の子たちが歩いているのを見て急に自信が無くなって、自分がみすぼらしくて浮いている存在に思えてきた。ガラスに映った自分を見たら思いっきり背中が丸まっていた。心情が身体に表れているようだった。そんな自分が嫌になったし、人の評価なんて気にせずにもっと背筋伸ばして歩いていきたいと心から思った。

(4)みんながある一つの美の基準を共有して、それを目指す。そうやって美の基準に従って、一体何になるんだろうか。人間が作り出し基準に従って何か意味があるんだろうか。私たちはいつかは同じような容姿を持ったアンドロイドのような存在になってしまわないだろうか。

(5)私たちは明るい光を放ちながら生きているし生きてるだけで美しいのに、社会は世間はこれ以上私たちに何を求めるんだろうか。美って結局は人間の脳の錯覚でしかないじゃないかと思う。

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