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汽水域

また一週間ほど雨が続くそうだ。

さきほど煙草を吸いにベランダに出て、”あ”と思った。壁に掛けられた水銀式の温度計が24度を指している。

海水と淡水が混じり合う場所を汽水域という。こういう朝は、はらわたに鉄球を落とされたような気分と、とにかく0.1秒でも、何かをしなくては、という妙に高揚した気分が混じり合って狂いそうになる。

感情の汽水域、これはとても危険だ。いちばん死に近い状態だと思う。

放課後の音楽室のような、輪郭のない美しいものが頭の中にある。それに加え、昨日図書館で読みふけった”世界の廃墟図鑑”に載っていた写真、誰かに諭されること、誰かを諭したくなることの煩わしさ。寂しさの類。ここ数日、いちばん考え事をしなくて済んだのは、夕立に降られまいと全力でダッシュをしていたあの30秒。

僕は今、物言わぬ貝になりたい。それなのに、精神の生態系はうごめき続け、生乾きの臭いが抜けない。

ふと、いつか南の島でみたマングローブの、ぐにゃぐにゃと折れ曲がった幹の形を思い出す。

夏と秋の汽水域、息を止める生き物がひとり。



「スキ」を押して頂いた方は僕が考えた適当おみくじを引けます。凶はでません。