Stratサーキット 派生型ふたつ ②
フェンダー社のストラトキャスター(Stratocaster、以下ST)のシングルコイル(以下SC)ピックアップのサウンドを発展させ、または異なった側面を引き出すべく開発されたテクノロジーを紹介するシリーズ、第2回は回路内蔵型のノイズキャンセリング機構であるダミーコイル(dummy coil、以下DC)について書いてみたい。
なお、以下に名が出るギターや改造パーツ、その製造販売者およびオーナー、プレイヤーを毀損する意志の無いことを先におことわりしておく。
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フェンダーがかつて製造したエリート・ストラトキャスターのことをご存じの方はどれくらいいらっしゃるだろうか。
見出し画像にもご登場ねがったこのモデル、1983年頃からわずか2年前後の製造に終わったこともあり、現物を弾いたことがある方のほうが珍しいだろう。
フェンダーの「モダン」路線というべきか、現在進行形のギターブランドとしてのフェンダーを体現すべくハードウェアを大胆にアップデイトしたモデルとして市場に投入されたのがこのエリートSTであり、「フリーフライト」ヴィブラートブリッジと並ぶ当時の最新スペックが内蔵アクティヴブースト回路、TBXコントロールだった。
現在はエリック・クラプトンのシグニチュアモデルに純正搭載されていることで知られるTBXだが、元をただせばエリートSTに採用されたのが起源であり、クラプトンはそのブースト幅を純正の10dBから25dBまで引き上げたうえで自身のシグニチュアに搭載したのである。
そのTBXはアクティヴ回路だけあってブースト幅が大きく、ブースト時にどうしても目立ってしまうノイズを低減させる必要があった。
そこでフェンダーが導入したのがDCであった。
上の画像のミドルとブリッジの両ピックアップのあいだに置かれた黒いコイルがDCである。
DCの底面をみると、ピックアップとは異なりポールピースが仕込まれていない、いわゆる空芯のコイルであることが分かる。
空芯であってもコイルである以上はピックアップと同様に電磁波を主とするノイズ信号の影響を受ける。
弦振動を電気信号に変換するのはピックアップの仕事だが、DCは回路内でピックアップとパラレル(並列)に配線されることで音声信号には関与せずノイズ成分だけを除去する、いわば掃除を担当しているのである。
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では実際に、DCを内蔵するとノイズは減るのか。
たしかに、ノイズは減る。
これは原理的に考えても当然ではあるし、フェンダー以外にもピックアップビルダーのディマジオがHSシリーズ、セイモアダンカンが「スタック」シリーズという、ふたつのコイルを縦積みしたノイズキャンセリングタイプのSCサイズのモデルをリリースしたことを考えれば決して奇手でも禁じ手でもない、有効な手法である。
だが2020年代の現在、DCを純正採用したギターが生産されることはほとんど無く、40年以上前に存在したロストテクノロジーと化している感がある。
なぜDCが定着しなかったのか、これは歴史をさかのぼってみると分かってくる。以下、やや長くなるがおつきあい願いたい。
先述のエリートSTがリリースされた80年代初期は楽器用機材のデジタル化が進み、以前に比べればであるが音質の劣化が少ない環境でのギタープレイおよびその録音が可能になった。
一方でギターアンプの高出力化およびハイゲイン化はとどまることを知らず、歪みの深さをゲイン(インプット)で、最終的な音量をマスター(アウトプット)で調整するモデルが一般的になりつつあった。
当のフェンダーも1982年にはツインリヴァーブの発展型として、後に自身のブランドを立ち上げるポール・リヴェラの手による2チャンネル回路・マスターヴォリューム方式のツインリヴァーブⅡをリリースしている。
そのフェンダーは1985年にCBS社からビル・シュルツと投資家グループにより買収され、独立したギターカンパニーとして再度のスタートを切る。
その直前のCBSはフェンダー製品のモダナイズ‐音楽シーンの変化に応じた製品のアップデイトを目標に据えたのだが、一方で大量生産による利益確保もまた追求せねばならなかった。
エリートSTでいえば従来の製品には無いアクティヴブースターを搭載しながらノイズが抑えられたSTという新製品を、US国内だけでなく日本をはじめとする海外市場にどんどん売り込むことでカネ儲けを目論んだのである。
もうひとつ、80年代初期にはディマジオやEMGといった交換用ピックアップが存在感を増しており、ギブソンやフェンダーはそれらに対抗すべくハイゲインかつ低ノイズなピックアップを必要としていた。
80年代初頭のX-1というピックアップはコイルの巻き数を増やすことで高出力化を狙ったものであり、ザ・ストラト(The Strat)に採用されたが、繊細さや高音域の反応が失われたサウンドはギタリストを満足させられず、短期間のうちに姿を消した。
フェンダーはその後もピックアップの開発を続けたが、その伝統の硬質でシャープなトーンを取り戻すのは80年代末、レイスセンサーの純正採用を待たねばならなかった。
改めて先のエリートSTの回路内の画像を見ていただきたいのだが、ミドルおよびブリッジのピックアップのキャビティがつながっている。
ここにDCを収めるのはもちろん、ブリッジ側にダブルコイルタイプのピックアップを搭載するバリエーションモデルの製造にも都合の良い形状である。
大量生産においては、DCやピックアップ、TBXコントロール等をある程度配線した状態で準備しておき、ラインから流れてきたボディに組み合わせることで製造効率を上げることができる。
コンポーネントごとに分けて考えればパーツのコストだけでなく収めるキャビティの木部加工が必要であり決して安上がりにはみえないDCだが、製造する側にとってはむしろこの方が効率が良かったのである。
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2022年の現在、ギタリストがオーセンティックなSCを搭載したSTまたは同系のギターを近くの楽器店や修理・調整専門店にギターを持ち込み、DCを仕込んでノイズを減らしたいという要望を伝えても、残念ながら十中八九断られるだろう。かく言う私もやはり断るし、別のアプローチを勧める。
理由はふたつある。
まず、DCとピックアップの特性をマッチさせるのが難しいことが挙げられる。
DCは組み合わせるピックアップとはコイルの仕様が限りなく近いのが理想的である。
なので加工対象のギターに搭載のピックアップと同一のものをひとつ確保し、さらにそのマグネットを消磁‐強力な磁石を当てて磁力を消してしまうという手間が要る。
SCの多くはマグネットがボビンを構成する支柱を兼ねているものが多く、ほとんどの場合コイルからマグネットを押し出して外す手法が使えないのだ。
DCによるノイズ軽減という手法が現在も主流であれば交換用パーツが流通していたかもしれないが、今となってはまずDCそのものの確保が難しいのである。
もうひとつはコイルを回路内に置くことで起きる音質変化である。
DCはその性質上、全てのピックアップに常にパラレルで配線されることになる。
パラレルとはいえ音声信号を生み出さない空芯のコイルがつねに配線されることは、見方をかえればこのコイルが電気信号にとって抵抗として作用することになる。
回路内の抵抗の影響を受けやすいのは微弱な信号であり、高音域の信号である。
すなわち、高音域の反応が鈍いこもった音になってしまうのである。
先のエリートSTはTBXによるブースト機能を内蔵していたので多少の高音の劣化は問題にならなかったのだろうが、ブーストの無い通常のSTであればDCを配線したことによるこもり感がどうしても目立ってしまう。
回路内の、アルミ箔や導電塗料による防ノイズ加工、ノイズシールディングでさえも音質劣化を理由に断るギタリストも決して少なくはない。DCによるこもり感を許容できるほうが少数派なはずだ。
まして今は2020年代、PCの普及によるパーソナルレコーディングが普及し、デジタル環境での高音質な録音が可能になっている。追求しようと思えばどこまでもギターの裸の音に迫ることが出来る時代に、常に高音域が劣化したSTの音はふさわしくないだろう。
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エリートSTは短期間で姿を消したが、モダンスペックのギターをラインアップするというフェンダーの方針は1985年頃にアメリカン・スタンダードというシリーズを生み出す。さらに1993年、そのAスタンダードの上位とされるアメリカン・デラックスなるシリーズがラインアップに加わる。
2003年、Aデラックスに回路切替機能のS1スイッチが導入される。
ボリュームツマミに内蔵のスイッチを押すことで様々な配線オプションを呼び出すこの機能はSTにも採用されたのだが、
上の画像の下段、全てのポジションでピックアップどうしのシリーズ配線が採り入れられているのにお気づきであろうか。
前回の投稿で採りあげたSCどうしのシリーズ(直列)配線が本家フェンダーのSTに、S1スイッチによる切替時のみとはいえ採用されたわけで、それを教えられた私は一抹の哀しさをおぼえたものだ。
Aデラックスはアメリカン・エリート→アメリカン・ウルトラと名を変えながら現在まで継承されてきたが、S1スイッチによる配線切替機能も相変わらず純正採用されている。
ただ、Aデラックス系モデルでは積層型ノイズキャンセリングであるノイズレス・ピックアップを自社開発のうえ採用しており、そのノイズレスも何度かアップデイトを行っている。
短命に終わった80年代のエリートSTとは違う道を選び、30年近く歩み続けてきたことは評価に値すると思う。
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2回にわたってご紹介したSCサーキットのふたつの派生型だが、いずれもメリット・デメリット両方が有ること、また、他のアプローチを選ぶこともできることがお分かりいただければと思う。
最後に、繰り返しになってしまうが、現在の私達は80年代でも00年代初期でもなく2020年代に生きていること、その中で最善の手法を選ぶことができることをお伝えできれば私は満足である。
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