見出し画像

Stratサーキット 派生型ふたつ ①

 フェンダー社のストラトキャスター(Stratocaster、以下ST)に純正搭載のシングルコイル(以下SC)ピックアップはその反応の良さやフラットな音質特性もあってエレクトリックギターのピックアップの標準原器のひとつとみなされるようになった。
 60年以上にわたって支持されつづけてきたSCだが、そのサウンドを発展させ、または異なった側面を引き出すべく開発された、この場合は手法というべきだろうか、テクノロジーがいくつか存在する。
 その中からふたつを採りあげたいと思う。長くなるので2回に分け、今回はSCどうしのシリーズ(直列)配線について書いてみたい。


 なお、以下に名が出るギターや改造パーツ、その製造販売者およびオーナー、プレイヤーを毀損する意志の無いことを先におことわりしておく。



 SCどうしの直列配線、現在では「ターボ」「デュアルモード」「ブレンダー」等の呼称で多くのモデルに純正搭載されていることもあり、実際に鳴らしたことがあるギタリストも多いと思う。
 
 もっとも、その構造を説明するのに「ハムバッカー」という語が用いられることが多く、そのせいで多少なりとも誤解が生じているふしが見受けられる。
 そのため、以下は;
ギブソンのPAFに起源を持つ、ふたつのコイルをシリーズ配線したピックアップをハムバッカー(HB)

SCどうしのコイルが逆方向に巻かれ、かつマグネットの磁極の向きが逆である状態をRWRP(reverse wound, reverse polarity)
○RWRPのSCを配線してノイズを軽減する手法をハムキャンセリング(HC)

○本来は単独でSCとして使用されるRWRPのピックアップどうしを直列に配線して信号のブースト感をえる手法をシリーズスイッチング(SS)

と定義させていただく。

 

 改めて、SSという改造方法が広く認知されるきっかけとなったのはソニック(SONIC)が販売する改造回路キット、ターボ・ブレンダーだったように記憶している。

画像1

 楽器店で働いていた私も2000年代初頭にこのパッケージされたキットを商品として扱った記憶があるし、自分のギターに搭載したギタリストを多く見かけたものだ。


 SSを回路にインストールする際、シリーズ配線するSCがRWRPであることが必要条件である。

画像2

 現在ではふたつ以上のSCを搭載するギターで、通常のミックスつまりパラレル配線においてもノイズを軽減できるようRWRPでセットにすることが多く、これがSSを後付けするのに都合が良いという事情もあるようだ。



 SCのトーンを犠牲にせずに任意のタイミングでHB風の、低~中音域に厚みを持ち、しかもHC効果が加わったサウンドを鳴らせることもあってSSには多くの支持者がいることを私も知っている。


 だが、私はSSのサウンドを、SS回路のインストールを推奨しない。


 理由はシリーズ配線時の音質にある。

画像3

 上の画像の図2をご覧いただければ、弦の振幅が小さいときにその音声信号がピックアップのなかで打ち消されてしまうことがご理解いただけると思う。

 この画像で説明されているのはHBであり、ふたつのコイルは限りなく密接している。だが、STのミドルとブリッジ、ネックとミドルのピックアップではコイルどうしの間隔は数十ミリほどある。

 コイルどうしの間隔が開けばあくほど両コイルが同時に拾う弦の振幅のギャップは大きくなる。

 それはすなわち、ミックス時のHC効果が効きすぎてしまうこととイコールであり、それは微弱な信号もノイズと一緒にキャンセルされてしまうことを意味する。 

 しかもそれは弦の振幅が小さいときに顕著になる。弦の振幅が小さいのは弱いタッチで弾いた音、それと高音弦である。

 もしSSが搭載されたギターを弾く機会があれば、このことを念頭において、クリーントーンで、考えられるかぎり最も弱いタッチでギターを鳴らしてみてほしい。

 反応が鈍く平板で明瞭さに欠ける音‐平たくいえばこもった音であることに気づくはずだ。


 ピックアップの本来の仕事は弦振動の電気信号への変換である。

 ましてSCは低音から高音、タッチの強弱の変化を忠実に音にする特性が評価されてきたのに、SSのインストールはそこから大きく外れたサウンドを鳴らすための回路をギターに仕込むことになる。私にはそこに大きな抵抗を感じてしまうのである。


 SSがこれだけ普及した2022年現在にこのようなアタマの固いことを言い続ける私のほうが間違っているかもしれない。 

 SS改造はパーツ代や作業の手間があまりかからず、えられる効果の大きさとのバランスを考えれば非常に効率が良いともいえる。

 だが、自分が鳴らすギターサウンドにこだわる‐この場合は理想とするサウンドの追求を止めず、かつ、たどり着くための最短距離を行こうとするギタリストにとってはそれほどのメリットは無いと思う。

 

 私がSTを弾くギタリストにSS改造を相談されたら、それよりも先にエフェクトペダルを見直すよう勧める。

 信号を一切歪ませずにブーストさせる、いわゆるクリーンブーストと呼ばれるペダルもずいぶんと増えたし、その中からSCの特性やギタリストの嗜好にうまく噛み合うものを探し出すのは、2000年代初頭ならまだしも現在であればそれほど難しいことではないだろう。


 ペダルの導入がNGなのであればピックアップの換装を検討してもらう。

画像4

  私が信頼を置くのはディマジオのDP188 プロトラックである。

 ディマジオには他にも多くのSCサイズのダブルコイルモデルがあるが、プロトラックはシリーズ・パラレルともに音域の極端な偏りが無いこと、シリーズ配線時の適度に厚みのある中音域がST系ギターの、アルダーやアッシュのボディ、メイプルのネックがもつ音響特性と上手く噛み合ってくれる。 

 SCのストレートで素直なトーンをメインにプレイし、必要に応じてHBに近いサウンドをスイッチ切替で「呼び出す」ような鳴らし方にはまさに適任である。

 さらにいうと、コイルのシリーズ/パラレルの切替を併用すればHC効果はそのままでHB風/SC風のトーンを使い分けることができるのも大きなアドヴァンティッジである。



 次回は回路に内蔵するHC用のダミーコイル(dummy coil)を採りあげてみたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?