見出し画像

エレクトリックギターにRest modという選択肢を 後編

 オールドギターを長く弾き続けるための復旧と改造の「レストモッド」(rest mod)について、後編の今回は具体例を挙げてご紹介したい。


 なお前回同様に以下で名の挙がる会社やブランド、およびその製品とそのユーザーの名誉を毀損する意志は無いことを先におことわりしておく。





 現在46歳の私より5~10歳ほど上のギタリストの皆さんは、シャーベル(CHARVEL)のモデル6というギターをリアルタイムで見たり弾いたりしたことはおありだろうか。

 1986年に発売された日本製の、当時のジャクソンの最上位モデルのソロイスト(Soloist、以下SL)のスペックに倣ったモデルだった。
 ブリッジにカーラー(Kahler、ケイラー)を搭載した上記画像の個体は最初期のもので、ほどなく

 フロイドローズのライセンス品のヴィブラートブリッジに変更される。

 コントロールは
ノブ:(ヘッド側より)ヴォリューム、トーン(通常のパッシヴ/ハイカットトーン)、アクティヴブースト(常時駆動、バイパス不可)
スイッチ:各ピックアップのオン/オフ
であり、9ボルト電池で駆動するアクティヴブースターがコントロールキャヴィティに内蔵されていた。

  当時のシャーベル‐読み方は「チャーベル」だったかも‐のModelシリーズにおいても最上位であり、ピックアップは兄ブランドのジャクソン(JACKSON)のものを採用、さらに

ソロイストの代名詞であるスルーネック構造をしっかりと踏襲していた。

 
 かりに皆さんのもとにこのモデル6がやってきたとする。
 リサイクルショップでたまたま見かけ、安かったので購入を決めるというケースもあれば、知人から厄介払いのように押し付けられることもあるだろうし、ヤ○オクやメ○カリでヒットした一台を深夜のテンションでポチってしまう‐お勧めはしないが‐こともあるだろう。中古ギターの入手経路は多様化しているのである。

 そして、ご自身で弦を交換し、ひととおりの点検が済んだタイミングで現れた息子さんや娘さん、甥っ子や姪っ子やお孫さんがそのモデル6に眼を留め、このギターちょうだい、とねだってきたとする。

 他にメインとなるギターがあり、これ以上ギターが増えたことが奥様にバレて小遣いを減らされたくない皆さんが若い世代にこのギターを譲ることを決心したとして、さて、何の改造変更もせずにティーンエイジャーのギタリストにこのモデル6を渡すだろうか。


 その若きギタリスト‐ここでは姪っ子としておくが、ほどなくして友達とバンドを組んだとする。
 練習スタジオに集まった他のメンバーと演奏してみて、
○ノイズが多い
○音程が安定せず頻繁にチューニングし直す必要がある

ことに気づいた姪っ子さんは少なからず動揺するだろうし、対処しようにも取扱説明書も無ければネットにまともな解決法が書いてあるわけでもなく、やがて途方に暮れてしまうことだろう。

 しかも、このモデル6は製造が完了して久しく、メーカー純正の交換部品が入手できない。なんせ、後述するように製造を担当した工場と販売した卸会社がともに倒産しているのだから。


 そんな姪っ子さんを、世の中は甘くないのだぞ、と突き放すこともひとつの教育法ではあろうが、一方で、このモデル6に少しでも価値を見出せるのならば今後の実用に耐えられるように、現在入手可能な部材を用いての修理改造を施すのも有効な選択肢ではないだろうか。
 そう、このスタンスこそがRMの原点なのである。




 ここからは、私がこのモデル6について相談された場合を想定して改造法を列挙してみたい。

 まず、ノイズの問題について。
 シャーベルおよびジャクソンでは80年代を通して複数のアクティヴブースターを開発、多くのモデルに搭載していた。
 純正ピックアップ(以下PU)はそのブースターを効かせてもノイズが極端に乗らないよう設計されていたが、それもあくまで80年代の基準であり、特に高音域の再生音域が拡大した2020年代の機材で鳴らすとどうしてもノイズが目立ってしまう。

 現在ではエフェクトペダルの、歪みを全く加えないクリーンブースターが多く流通していることもあり、ギター内蔵ブースト回路の存在意義は弱まっているはずだ。
 それらを加味し、私ならモデル6のブースト回路の除去を勧める。

 その際に;
・ポットを交換してトーンキャパシタを追加し、ブリッジ側のハムバッキングPUに配線することでブリッジPU用トーンを増設する。
・元々のトーンはネック側かミドルのPU、または両方に効くトーンへと変更する
 ようなコントロールのほうが実用性が向上するのではないだろうか。

 ブースト回路をどうしても使いたい、とオーナーであるギタリストが主張するのであれば仕方ない、ノイズが乗りにくいPUへの換装を検討することになる。

 とはいえ内蔵回路によるブーストを念頭に置かねばならず、そのためにはハウリング‐不随意に発生するフィードバック、そしてノイズへの耐性が高いものを選ばねばならない。

 私ならば画像のディマジオDP155 The Tone Zoneのような
○クラシカルなPAF系よりも高出力
○90年代以降の設計

のふたつの条件をクリアしたPUの中から探す。

 出力について細かく述べる必要はないだろう。出力が低いPUの、線の細い音をブーストするとノイズも大きくなってしまうので、その逆の高出力なモデルを搭載するのが有効だ。

 90年代以降の設計という条件はハウリングへの耐性の高さと関係している。
 ギターアンプの大音量化とハイゲイン化が極限まで行きついた90年代に設計されたPUであれば、大音量にさらされた際のコイルの振動が引き起こすフィードバックへの対策をとっているものがほとんどである。
 もちろん、クラシカルなフェンダーのシングルコイルやギブソンのPAFのようなトーンキャラクターは望みようもないが、ギター内蔵のブースターとのかみ合わせを優先するならばハウリングの起きにくい「モダン」タイプのPUが堅実な選択と考える。

 ついでに書いておくと、モデル6では全てのPUのスイッチをオフにしても音が完全なミュート(無音)にならず、アンプからはジーというノイズが聴こえる。
 これはスイッチ周りの配線の取り回しに起因するものなので修正したほうがいいだろう。
 また、スイッチをオンにした際にアンプから「ボンッ」という大きめの音が出てしまうことがあるが、これはスイッチに固定抵抗を配線することで低減できる。
 ただしこれは専門の修理業者に任せたほうがいいだろう。場合によってはスイッチの交換を含めて一気に手を入れたほうが効率が良いからだ。


 次にチューニングが安定しない問題について。

 まず何よりも優先したいのがマシンヘッドの換装である。
 これは80~90年代製のギターと以降のものを比べると実感するが、近年製のマシンヘッドは精度・耐久性ともかなり向上している。
 さらにギア比では14:1あたりが一般的だったが、現在ではリプレイスメントパーツを中心に18:1という精密な製品が登場している。

 ゴトーのSG510Zではそのギア比18:1を実現しながら形状は一般的な片側6連用に準じており、手のかかる木部加工はほとんど発生しない。

 弦の巻き上げ時の精度が向上することで演奏時のチューニングも安定しやすくなる。これは80年代のFローズおよび同系のギターに手を焼いていたギタリストにこそ知ってほしいことである。
 と同時に、2020年代に生きる若い世代にはその恩恵を享受する権利がある‐というのはさすがに大げさだろうか。


 次にヴィブラートブリッジの状態を細部まで調べる。
 これは以前に記事にまとめたのでご一読いただきたい。

 80年代はFローズの権利関係が整理されていなかったこともあり、その頃のブリッジでは現行の交換パーツをそのまま取り付けることが出来ないものも多いのが悩ましいところだ。
 とはいえ、80年代製のギターのブリッジではサドルの消耗や変形、錆びにより交換を考えなければならないケースが非常に多いのも事実である。

 サイズが合わないパーツを買い込んで後悔するぐらいであれば、たとえ割高に思えても修理調整の専門業者に依頼するようお勧めする。


 他に交換を考えるべきは

 ブリッジのスタッドである。
 長年の使用によりブリッジの、ナイフエッジと呼ばれる接点部分がすり減ったり、錆びてガサガサになっていたりする。
 また、これはシャーベルやジャクソンだけではなく他ブランドも含めての話だが、スタッドそのものが柔らかすぎたり、ネジの加工が甘くブリッジの上下高の調整に支障が出るものが多いのである。

 見過ごされがちなパーツだが、交換のメリットは意外と大きい。アームの際の挙動がクイックになるし、弦振動のボディへの伝達が強化されることで若干ではあるがギターの「鳴り」感を押しだす効果もある。


 もちろん、スタッドと接する

 ブリッジのナイフエッジも、欠けや変形、消耗が無いかのチェックは必須である。
 ここの修正はかなり気を遣うし、そもそも今後の使用に耐えられるかどうかの判断が必要なので、修理業者に診てもらうほうが無難である。

 同様に見過ごされがちなのが

ロックナットである。
 弦のロック(固定)という機能上、弦がナットに食い込むことでナット上の弦高が低くなっているケースが多い。
 また、80~90年からみても金属加工の技術は進歩しており、ロックナットでいえば硬度やメッキの均一さも向上している。

 また、この機会にナット付近の木部に変形や痩せが発生していないかを確認し、必要に応じてロックナット部をかさ上げするとよい。
 理想としては木部の接着や整形を伴う加工をきっちりと行ったほうが良いが、軽度であればロックナットの下に金属箔を継ぎ足すだけで済むので、あまり身構えたりせずに調整作業を検討してほしい。


 

 このモデル6のレストモッドにかかる費用を、さて、高いと思うか、価値に見合う投資ととらえるか。
 

 シャーベルおよびジャクソンについては別の機会に記事にするつもりだが、80年代中盤にモデル6を販売していたのは共和商会であり、製造は中信楽器だった。

 90年代前半にはJACKSONの商標を巡るゴタゴタが日本国内での製品の流通に影響し、2000年代には輸入代理店が頻繁に変更された。
 共和、中信の2社は相次いで倒産し、ジャクソンとシャーベルの量産モデルはメキシコとインドでの生産が続いていた。
 
 2020年代にようやく日本製のジャクソン/シャーベルがリリースされるようになったが、ソロイストについてはシャーベルではなくジャクソンのみでの製造であり、その価格は30万円台である。

 90年代初頭まではシャーベル/ジャクソンのみならず多くのギターカンパニーがソロイストやディンキーの系統をリリースしていたが、共和・中信時代のモデル6と比肩できるクオリティを備えているモデルはどれだけ有っただろうか。
 お近くのリサイクルショップを覗いていただければ、私がいちいち具体例を挙げるまでもなくお判りいただけるものと思う。



 入手したギターが気に入らなかったり飽きたりしてしまったらすぐに売却してしまうというのも、ギターとの関わり方のひとつである。
 現在所有のギターよりもベターな一台がどこかに有るはずで、それはゼニカネさえ積めばどこかで買える、誰かが見つけてくれるはずだと考える人達のほうが多数派であるし、それは今後も変わらないだろう。
 しかし、入手→売却→他のギターを入手 というサイクルをひたすらぶん回すしか選択肢が無いと思われていた時代はとっくの昔に終わっている、と、元楽器屋店員で現在も中古楽器の売買の世界に身を置く私は思う。

 このギターにもっと手をかけて大切にすればこの先もずっと良い音で長く弾けるんじゃないか、と考えており、かつ、そのための経費や手間や時間を捻りだすことが出来る‐もっと言えばその過程すら楽しめる人達にとって、レストモッドという手法は非常に有効である。


 RMは前編でも触れたように専門業者もまだ存在せず、手法じたいがまだ認知されておらず浸透もしていないため、エンドユーザーであるギタリスト自身が手間ひまかけて行わなければならないことも多い。

 しかし、製造時には一点ものとしての価値がほとんど無かった量産品のギターが、時代の移り変わりとともにいつの間にか希少性を持つようになるのは自動車やバイクだけでなくギターも同様である。
 そして、今はまだ全くといっていいほど顧みられないRMが実は非常に合理的な手法であるという事実が認知されるまで、そう時間はかからないのではないかと私は予想している。

 

 先のモデル6を弾き続けた姪っ子さんが進学や結婚を機にギターを手放し、再び皆さんの手元に戻ってきたとする。
 姪っ子さんの扱いによる細かなキズや塗装色の褪せ、フレットの消耗等は眼をつぶるとして、皆さんはきっとこのモデル6をすぐに手放さず、折に触れて弾くことだろう。80年代の中信楽器製、いちどはその生涯を終える寸前だったギターが、しかし2020年代のハードウェアにより息を吹き返し、その先もさらに弾き続けられる価値と性能を備えたギターとして。
 






 最後になったが、RMを無理なく行うためには、いつでも何でも相談できる修理調整業者を見つけておくことをお勧めしておく。
 ギターエンジニアリングの観点で客観的に判断してくれる「他人の眼」が、実はとても重要なのである。これは私自身の経験からも断言できる。

 もうひとつ、実際のギターの改造修理にあたってはネジ一本に至るまで全て保管を徹底していただきたい。

分別保管についてはこのようなパーツ用キャビネットが理想的ではあるが、ホームセンターに並んでいる引き出し式のストッカーでも構わない。
 それと、どれだけ面倒くさくてもデジタルカメラやケータイのカメラで作業の工程、とりわけビフォー/アフターの状態をこまめに撮影し画像を保管しておくこと。
 特に単独での作業は同じミスを起点とする堂々巡りに陥りやすい。自分の作業の工程を見直すためにも画像や、もちろん動画でも良いが、記録を残すひと手間を加えておくことをお勧めする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?