レオ・フェンダーとアルミニウム製ピックガード
クラレンス・レオニダス・”レオ”・フェンダーの、特にフェンダー社在籍時には有用なデザインを他モデルにも積極的に採用するというポリシーがあった。
エレクトリック・スパニッシュ(立奏用)ギターの量産機種第2号となったストラトキャスター(以下ST)で採用されたデザインもまた当然のように後継機種に採り入れられていったのだが、実はSTだけに採用された‐他モデルには採用されなかったスペックが存在することに、皆さんお気づきだろうか。
以下のふたつの画像を見比べていただきたい。
おわかりいただけただろうか、
英語で jack ferrule、日本では船形ジャックプレートと呼ばれるこのパーツ、少なくとも2022年現在時点でフェンダーはSTにしか採用していないのである。
この理由については、ヴォリュームやトーン、スイッチを収めるキャビティとは別にジャック専用のキャビティを掘り、さらにふたつのキャビティを繋ぐ穴をあける加工の手間をレオが好まなかったからと聞いたことがある。
ただ、このジャックプレートのデザインを発案したのがレオ以外の、一説によれば開発にあたってのアドヴァイザーだったギタリストのビル・カーソンだとする説もある。
レオにしてみれば、有用かもしれないがコストのかかる、しかも自身が発案したものではないパーツのデザインにそれほど思い入れはなかったのかもしれない。
では反対に、レオが執着‐とは言わないまでも熱心にその可能性を追い求め、一時は製品に採り入れたものの廃されてしまったデザインとはどのようなものか、今回はその一例としてアルミニウム製ピックガードをご紹介しようと思う。
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見出しの画像はCBSに買収される前の、カリフォルニアの片田舎の町工場だった頃のフェンダー社の工場で撮影されたものだが、レオの横にあるのは金属加工用の高圧プレス機である。
レオにはカーマニアの一面があったそうだが、50年代当時のUSの自動車工業からの影響もあったのであろう、カナモノ‐金属加工が大好きだったという。
後にフェンダーの副社長を務めたレオの片腕フォレスト・ホワイトが自伝で述べたところでは、一時期のフェンダー社の工場ではあろうことか事務所の隣に金属プレス機が置かれており、取引先との電話の最中にもレオがプレス機を稼働させる音や振動が邪魔になったという。
ホワイトには気の毒だが、ヴァイオリンやマンドリンの加工をルーツに持つギターファクトリーが圧倒的多数だったこの時代にカナモノ好きなギターデザイナーがせっせと自社製品の専用パーツの設計開発に勤しんでおり、そのことが後のフェンダー製品の実用性や調整幅の広さ、耐久性を向上させることになったのだから、レオのカナモノ好きには良い面もあったのである。
そのレオがある時‐正確には50年代中盤に発案したハードウェアが
このアルミニウム製ピックガードだった。
とはいえカナモノ好きである前に優秀な、合理性追求の権化たるレオ・フェンダーが単に趣味や道楽でこの、材料・製造の両コストが大きいアルミ製ピックガードを採用することはなく、ちゃんと理由があった。
まず、それまで採用していた合成樹脂製ピックガードは薄く変形しやすいという弱点があった。
ジャックを除く電気周りの全アセンブリが留められているSTのピックガードの変形は何としても防がねばならないことをレオはよく分かっていたのであろう、温度や紫外線で変形しやすい樹脂よりも圧倒的に耐久性の高いアルミを投入することにしたのである。
もうひとつはノイズ対策である。ノイズキャンセリング性能を持たないシングルコイルピックアップを採用する以上は可能なかぎり回路をノイズの影響から守る必要があり、その点でアルミは最適であった。
また、導電体でもあるアルミは回路パーツ、特にポットを留め付けるだけで回路のグラウンド(アース、マイナス)側の導通がとれるので配線作業の手間を軽減できるというメリットもあった。
こうしてレオが採り入れたアルミ製ピックガードだが、あろうことか返品を立て続けにくらうはめになってしまったのである。
原因はアルミの表面に発生する錆であった。
レオはアルミ製ピックガードの表面に防錆加工のひとつであるアノダイズ(アルマイト)処理を施していた。
これは強酸に漬けて電気分解することで酸化被膜をつくる処理なのだが、ギタリストの手や指、ピックによりその被膜が剥がれてしまい、そこに錆が発生して黒い粉となり、衣服や指に付着してしまったのである。
これに対してレオはピックガード上にラッカー塗料を塗りつけるという対応に出たのだが、もともと柔らかいラッカーはピックガードを強固に保護する被膜とはなりえず、結局は錆が原因の返品を防ぐことができなかった。
ここに至ってレオもアルミ製ピックガードを諦め、以降のフェンダー製品のピックガードは樹脂製が標準となる。その樹脂製ピックガードもそれまでの一枚板(ワンプライ)から白ー黒ー白の3枚重ね(スリープライ)に変更することで変形を起こしにくくした。
また、金属製のプレートを採用する際はその表面に硬く、錆の起きにくいクロームをメッキしたものを使うこととした。
結果としてジャズベースやジャガー、マスタングのような上位モデルに「光りモノ」としての金属パーツを搭載することで製品のグレードの上下を明確にできるという、マーケティング上のメリットも生まれたわけである。もっとも、レオはそこまで予見していなかったと思われるが。
考えてみればレオがアルミニウム製ピックガードに熱を上げた50年代は第2次大戦から10年ほどしか経っておらず、それまで軍事産業に偏っていたアルミニウムが広く普及し始めた時期である。
さらにいえば宇宙時代を迎えつつあり、人工衛星にも多用されるアルミを製品に採り入れることが新進のギターカンパニーとしてのフェンダーの知名度を高めてくれるという期待もあったのではないかと想像している。
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アルミニウム製ピックガードは50年代の幻と化し、しばらくは顧みられることはなかったが、80年代のヴィンテージブームにより50~60年代のギターの研究が進むにつれてその存在が明らかになった。
現在では
プレシジョンベースやジャズマスターでも採用されていたことが知られるようになり、ヴィンテージレプリカでは積極的に搭載されることが多いようだ。
特にこの両モデルではジャックもピックガード上に留められるため、配線作業の簡略化というレオの思惑がよく分かる。
さらにいうと外力にさらされるジャックが硬い金属板に留められることで破損のリスクが少ないという隠れたメリットもある。
お疑いの方もいらっしゃるかもしれないが、両モデルともピックガードのジャック付近が破損した際の、ピックガード丸ごとの交換という憂き目にあえば身に染みてお分かりいただけることだろう。
アルミニウム製ピックガードがヴィンテージリイシューで盛んに採用されたのも影響しているのであろう、フェンダーからも
純正パーツが販売されているし、他社製リプレイスメントパーツも見かける機会が多い。
先に書いておくが、アルミニウム製ピックガードの入手にあたってはUSサイズか、旧フェンダージャパンに代表される日本サイズかの確認を徹底することをお勧めする。
フェンダー製品ではピックガードとネックジョイント部の隙間の無い接合が基本であり不可欠である。
万が一ここが合わないと、ピックガードを金属ヤスリで削っては合わせて確認という作業を繰り返すことになる。樹脂製ピックガードでもそれなりに手間のかかるこの作業、アルミであればさらに大変であることをお察しいただけるだろう。
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では、ここではSTに限定させていただくが、実際に合成樹脂製からアルミ製に換装するとどうなるか。
まず、ノイズは確実に減る。
ピックアップが拾ってしまうノイズの量はピックガードでは減らせないが、他の回路パーツのノイズの影響は確かに軽減できるので、ノイズ対策としてはかなり有効だといえる。
次に、低音弦の鳴りがラウドになる。また、強いアタックで弾いたときの音の重さが増す。
これは金属製のプレートがボディ表に貼りつくことでボディの剛性が上がることと関係があるのだろう。ギター歴の長い方であれば80年代頃のシェクターがブラス(真鍮)製ピックガードを採用したSTタイプをリリースしていたのを思い出されるかもしれない。
一方で、これは非常に繊細な点ではあるのだが、弦振動にあわせてギターじだいが「鳴る」‐この場合は弦がギターじたいを振動させ、それに応じて木部が「揺れる」感触が得にくくなる。
意外に思われるかもしれないがSTの、ピックガードに吊るされるかたちで搭載されるピックアップが弦振動に応じてどれくらい揺れるかがSTのトーンに若干なりとも影響する。
アルミ製ピックガードに搭載されるピックアップは弦振動の影響を受けにくくなり、同時に弦振動をよりシビアに、明瞭に電気信号へ変換するようになる。
結果として、それまである程度の滲み感や輪郭のぼやけが発生していたSTのトーンが、硬くシャープな、聴きようによってはエッジーなものに変化するのである。
この微細な変化を好意的にとらえられるか否かはギタリストによってかなりの差がある。
私としてはリードフレーズやソロなどの単音の比率が高いギタリスト、またはクリーン~クランチにおけるコードストロークを多用するギタリストであればアルミ製ピックガードへの換装は吉と出ると考えている。
対して、STの繊細な鳴り、特に音の奥行き感やリヴァーブ感に強い思い入れがある場合は慎重になったほうがいいかと思う。
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最後に、もしST系ギターの購入を検討中で、得体のしれない金色のピックガードに警戒心を抱いてしまっているようなことがあれば、それはあまりにももったいないことである。
アルミニウム製ピックガードを純正搭載しているのであれば50年代中盤の仕様にならったモデルである可能性が高いはずだ。
その持ち味である明るく明瞭なトーンに、他のST系とは少しでも異なる硬質なタッチと低音の太さを感じられ、さらにそれが自分の理想に近いのであれば、レオ・フェンダーの50年代からの贈り物と思ってそのST系ギターを入手することをお勧めする。
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