エースホテル京都から民藝への扉が開く
Ace Hotel Kyoto
一昨年、エースホテル京都に宿泊した。
きっかけはいくつかある。ポートランドで人気のホテルが京都にできたらしいと聞いたこと。長場雄がエースホテルのメモ帳に書いた作品の展示を見たこと。隈研吾の建築だということ。コペンハーゲンの憧れのレストラン< noma >の初日本popupの舞台となっていたこと(予約は取れなかった)。そして、エースホテル京都のロゴが柚木沙弥郎という作家のものだと知ったこと。
エースホテルはポートランド、ニューヨークなどアメリカを中心に世界中に人気のブランドで、その特徴は古く歴史ある建物をリノベーションしているところにある。その土地のものを取り入れ、文化を共有する場としてのホテル。
エースホテル京都の前身は、近代モダニズムの先駆者吉田鉄郎氏によって1926年に竣工した「旧京都中央電話局」。そんな歴史的な建物が、一部外観はそのままに、隈研吾事務所によって再構築された。
エースホテルの内装はLAのコミューンデザインが手がけている。
ホテルが旅の目的地になるような経験は初めてだったし、どこでも寝られるという特技を持つ私には“ただ寝る場所“でしかなかったホテルが、ワクワクする空間として初めて感じられたことが嬉しかった。
柚木沙弥郎(Yunoki Samirou)
エースホテル京都のアートワークやロゴを手掛けたのは、当時97歳の柚木沙弥郎。型染めで布に模様を染めた作品をはじめ、版画や絵画、立体、絵本などいろいろ。70年を超す創作活動は、今年101歳で逝去されるまで続けられていた。
ホテルのロビーにかけられたタペストリーは可愛くてシンボリックでとても目を引く。民藝運動の柳宗悦とも関係のある染色家であり、その地域の文化を大切にするエースホテルの理念とも通じるところがある。
内装を手がけたコミューンデザインのファンだったそうで、ロゴを自主的に作って直接手紙を送って採用されたというエピソードが大好き。格好良い。そのバイタリティに驚くとともに、柚木沙弥郎というアーティストに興味が湧いた。
そういえば、IDÉEとのコラボレーションは記憶にあった。東京駅グランスタ内のIDÉE TOKYO で2020年9月に個展 "FOLKARTIST" が開催されていて、足を運んでいたのだった。
その展示以来、お店の暖簾が型染布になっていて、ずっと印象に残っていたのだけど、恥ずかしながらお名前を失念していた。
柚木沙弥郎 life・ LIFE展
エースホテルに宿泊する日程で、ちょうど京都駅の美術館「えき」KYOTOで展覧会をやっていたので足を運んだ。(2022年12月)
版画やポスター、絵本、人形、型染布と多彩な展示だった。世界各国を旅して集めた民藝品やおもちゃなど好きなものを並べた棚があって、日々の暮らしが彩り豊かで人生を大切に生きているのが伝わってきた。
空や海、山などの自然、日常の風景から感じ取ったものを模様として布の上に表しているらしい。
民藝運動とは
ところで、民藝運動とは何なのか。
「民藝」とは「民衆的工芸品」の略語で、柳宗悦らによる造語。(1926年) 民藝運動では、日本各地の焼き物、染織、漆器、木竹工、朝鮮王朝時代の美術工芸品など、それまでの美術史が正当に評価してこなかった、暮らしの中で使うさまざまな日用雑器に対して、美を見出していく。
名も無き職人の手仕事から生み出された日用品には、美術品に負けない美しさがある、「美は生活の中にある」と説いた。
民藝館は全国各地にある。民藝運動の祖、柳宗悦(やなぎむねよし)らによるコレクションが見られる。品物の説明書きが少なく、名称と作家名が記されているだけであるが、これは「知識で物を見るのではなく、直感の力で見ることが何よりも肝要である」という柳宗悦の見識により、意図的に少なくしているそう。日本民藝館のほか、旅行のついでに出雲民藝館、倉敷民藝館、棟方志功記念館に訪れた。
母や祖母に聞くと、1990年代に民藝ブームがあったらしい。北海道の木彫りの熊だったり、こけしだったり、ブームになることで粗悪品もたくさん作られたのだろう。その頃の名残でなんとなく民藝品といえば地方のお土産のちょっと古臭いイメージがついてしまっている。
そしてまた今、ブームの波が来ているような気がする。
河井寛次郎 自邸(河井寛次郎記念館)
民藝に興味を持った人におすすめなのは、京都にある河井寛次郎記念館。民藝運動の一員である河井寛次郎は、京都に自邸を構えた陶芸家だ。
自邸は今は記念館として公に開かれており、大人900円で見学ができる。民藝品がどのように生活に溶け込み、家を豊かな空間に変えるのか、見ることができる。
民藝展
今、民藝の再ブームがきていると言ったのは、美術館で民藝の展示が増えているからだ。
今現在は、世田谷美術館で開催されている民藝展(2024年6月30日まで)、森美術館で開催されているアフロ民藝展(2024年9月1日まで)がある。
民藝展は衣食住に関わる民藝の展示構成となっていて、まさに「美は暮らしの中にある」を体現している。民藝館では器の展示が多いので、衣類や生活用具をたくさん見られて面白かった。これからの民藝、民藝の広がりにも言及されていて、現在の産地の職人の紹介や、いまの暮らしに融合した民藝の見せ方がされていた。
アフロ民藝を提唱するシアスターゲイツはアフリカ系アメリカ人で、常滑で陶芸を学ぶために来日した。常滑の焼き物とアフリカンアメリカンのカルチャーのミックス。文化へのリスペクトと破壊、イノベーション。民藝の定義はシンプルながらもその裾野の広さを知らしめるようなこじ開けるような展示だった。ディスコミュージックがかかる中、氷山のようなミラーボールが回転し、千本の貧乏徳利を照らしていた。
おすすめ。
現代の生活と民藝
民藝展では、展示の後のグッズショップで世界各地の民藝品を販売していた。
琉球ガラスのコップや民族模様のラグ、クッションカバー、かご、箱、などなど。美しい民藝品を眺め、その良さを感じ、家にも欲しいかも〜と思って会場を出ると、売っている!
しかしどれも、少しずつ高いのだ。
買えるけど、ちょっと高いなーと感じる値段。本当にこれが欲しいのだろうか?と自問する時間が生まれる。手に取ったけど、やっぱりやめておく。
100円ショップやIKEAに慣れてしまっている私たちには少しありがたすぎるのだ。特段理由もなければ最安値で買うことが正解で、代替品の安いものを探しやすく選びやすくなっている現代。かつての民藝品の立ち位置である「日常の生活道具」は大量生産の工業製品に占拠されている。
民藝運動が興ってから100年。柳宗悦が民藝運動を始めた理由を考えると、相変わらずてきとうなものをとりあえず使う人の多さに嘆くかもしれない。
だけど、民藝品が手仕事の生活用具とすれば、現代の生活において民藝品だけで暮らすことは現実的ではない。そうではなく、民藝運動とは日常生活の道具の中に美を見出すという考え方なのだ。生活のために作られた美しさ「用の美」は工業製品にも見出せるのではないか。
現代の民藝的な視点は、デザインにあると思う。使いやすいデザイン。地域に根ざしたデザインであるか。(東京らしいデザインってなんだろう?)コピー品ではなくオリジナルのデザインであるか。
ブランド品ではないけど、生活に根付いていて、良いもの。こう考えてみると、無印良品は現代の民藝運動のような気がしてきた。今では無印自体がブランドになってしまっているけど、少なくとも当初のコンセプトはノーブランドだけど質の良い商品であって、商品そのものの本質である使い勝手で選ぶことを大切にしている。
日用品をこだわりを持って選ぶこと、少し高いけどお気に入りのものを買って長く使うこと、そんなちょっとした贅沢を、自ら選びとっていかないといけない。
「美は生活の中にある」