見出し画像

パニシュ・ユア・ヴァニシュ

 問題。重量2g余りの僅かな金属片で人が殺せるか。答えは恐らくイエス。全長15mmのリムド薬莢に、直径5.6mmのヒールド弾頭を被せればいい。

 .22LR弾が7発。ワルサーTPH拳銃が1挺。消音器とセットで300万円。

 特戦群に居た頃は使う暇も無かった俺の貯金は、今やその大半が目の前のちっぽけな銀玉鉄砲に変わった。後悔は無い。どうせ天涯孤独の身の上だ。

 死して屍拾う者無し。俺が中東に居た頃、アメリカ海軍特殊部隊と合同の秘密作戦で、病院に潜む過激派を掃討した時に身に染みて理解した。奴らは当然の権利のように、一般市民を肉の盾にして撃ってきた。俺たちも当然の権利のように撃ち返した。過激派は死んだ。間に挟まれた一般人ごと。

 後悔は無かった。忘れかけてすらいたそれを思い出したのは、妹の寝台が病棟から手術室、そして霊安室に移された時だった。俺は当事者になった。

 医療ミスという噂を聞いた瞬間、俺の全身の血が沸騰した。こんな激情を覚えたのは久しぶりだった。俺たちが大人になった時に、家族は俺と妹しか残っていなかった。今はもう俺だけだ。そして後には何も残らない。

 俺はちっぽけな銀玉鉄砲に、弾を6発と1発、装填して安全装置をかけた。

 小雨の降る夜だった。遠くで爆音が鳴り響いていた。俺は深夜の交差点で歩行者用信号を見ていた。爆音が近づいていた。信号が青に変わった。俺は前だけを見て、歩き出した。音はどんどんと近づいてくる。迫り来る閃光とクラクションの音。振り向くと、車が信号無視で突っ込んで来た。

 俺は咄嗟に跳んだ。暴走車も同じ方向に急ハンドルを切った。俺の身体はフロントガラスに衝突し、屋根を転げ、テールから路上に投げ出された。

 今度は俺が病院送りになった。1発も撃たれなかった拳銃は、裁判所から刑務所に直行する特急券の役割を果たし、俺は復讐者になり損なった。

 出所した時、俺の仇は忽然と姿を消していた。

【続く】

頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7