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狩猟公式の果実 -Cyborg №13-

【1】


20XX年、中京都近郊。焼け野原に有刺鉄線とコンクリートブロックの障害が張り巡らされ、立入禁止を告げる陸上防衛軍の看板が立てられて、定期的に歩哨と車両がパトロールに巡回する、日常と非日常との境界線の向こう側。

そこは軍事基地跡だった。堅固なコンクリート建築物が、ミサイルの着弾で部分的に崩壊し、割り開かれたビル模型のように内部構造を晒している。

廃墟の中に、戦闘服に身を包んで、89式5.56mm小銃で武装した歩兵たちが潜伏していた。その数、実に2個小隊。全員の銃に実包が装填されている。

彼らは、大戦後の混乱期の日本に雨後の筍のごとく数多生じた、戦地からの帰還兵や脱走兵で構成された愚連隊の1つ『新林小隊』の構成員だ。彼らの属した中隊は中国南方に進攻し、人民解放軍の外骨格化歩兵部隊に蹂躙され部隊は壊滅した。小隊ごと見捨てられた彼らは逃亡し、生き永らえるために野盗となって村々を略奪しながら沿海部まで後退する内に、他小隊の残党も吸収して人員は膨れ上がり、漁船を強奪して密航同然に日本へと戻る頃には部隊の総数は3個小隊を超えるまでになった。日本に戻った彼らは陸防軍を脱走して終戦を迎え、武器庫を略奪して武装を整え、私兵集団と化した。

「どうにも話が上手すぎる」

顔を迷彩塗装に塗りたくった歩兵の1人が、闇に身を潜めて呟く。

「ほ、本当に標的を倒せたら、無罪放免で解放してくれるんだろうな……」
「今まで散々殺し殺されしてきたんだ。今更死んだところで悔いは無い」
「馬鹿言うな! 俺はまだ死にたくない! どうにかして逃げなきゃ」
「機械化歩兵部隊に周りを包囲された中でか? 12.7mmや25mmの弾の雨に撃たれながら、無傷で逃げ切る自信があるならやってみろ。俺は御免だ」

闇の中で言葉を交わす兵士たちが、1人の言葉で絶望的な状況を再認識して押し黙った。彼らは終戦後の首都近郊で1年ほど、盗賊団として好き勝手に街々を荒らし回る中で、職にあぶれた復員兵や犯罪者をも吸収し、総人員を1個中隊規模にまで増やしたが、古参兵と新参者の間で抗争が起きて多くの兵が命を落とした。正規の陸防軍による武装集団の討伐作戦が、新林小隊に一時の結束をもたらしたが、2個小隊を殺されて投降、武装解除に応じた。

そうして流れ流れて行きついた先が、この中京都の外れにある廃墟だ。

「噂じゃ、改人(カイジン)の兵士は1人で100人力だって言うじゃないか」

闇の中、恐怖を堪え切れない様子である兵士が呟いた。歯を噛み鳴らす音が響いていた。反応は、溜め息をついたり鼻を鳴らしたりするなど様々だ。

「なら2人いたら200人力、つまり1個中隊と同じってか? 馬鹿馬鹿しい」
「与太話さ。まともな計算が出来るなら、小学生でも嘘だって気づくぜ」

兵士の1人が小銃から弾倉を抜き、薬室への装填を確認しつつ宣った。

「改人が何だ。中京都の夜市でうろついてる、用心棒気取りの粗悪品どもが毎日のようにブッ潰されてるじゃねえか。それもただの人間にだ。俺たちが中国戦線で辛酸を舐めさせられた外骨格歩兵部隊に比べりゃ、あんなもんは物の数じゃねえ。それも相手はたったの2人、対する俺たちは2個小隊だぞ」
「舐められたもんだな」
「戦いの基本は質より量だ。2人対2個小隊の物量差を覆すなんて不可能だ」
「今回も絶対に生き延びてやる。今までそうしてきたように」

けたたましい銃声がコンクリートに反響し、兵士たちの間に緊張が走る。

「始まったな」

耳慣れた5.56mmの断続的な連射音の中に、SMGと思われるヒステリックな高サイクルの連射音と、より強力な7.62mmクラスの低サイクルだが重厚な射撃音が交錯する。兵士たちの悲鳴がどこかから聞こえ、手榴弾と思われる爆轟がコンクリートの躯体を断続的に震わせた。銃声が近づいてくる。

「早いぞ」
「ビビってんじゃねえよ」

兵士たちは部屋の入口から死角になる位置に隠れ、89式小銃のセレクターが連射になっていることを手探りで確認。迫り来る敵襲に備えて息を潜めた。

片っ端から部屋を掃討する物音。どんどん近づいてくる。こちらに辿り着く寸前で5.56mmの銃声と、兵士たちの絶叫。それを迎え撃つ2種類の銃声。

「死ねえええェッ!」
「グギャアッ!?」
「げぼおッ!?」

血の泡を吹くような断末魔。何かが落ちる音。薬莢が床を乱れ撃つ音色。

「無闇に飛び出すな。合図で一斉に撃って、連中を蜂の巣にするぞ」

班長の指示に総員が頷き、潜伏する班員たちがその時を待ち構えた。

「……今ッ、てーッ!」

暗中、マズルフラッシュが花開く。89式小銃のフルオート掃射が、部屋中に散開して潜伏した兵士たちから放たれ、今まさに開かれようとするドアへと十字砲火をブチ撒ける。部屋中に5.56mmの銃声が滅茶苦茶に反響して耳を聾するのも構わず、兵士たちは弾切れまで小銃を撃ち続け、撃ち切った。

ドアが木屑を撒き散らしつつ、内側に力なく開かれ、薄明かりが差し込む。

「……やったか?」

兵士たちが身を乗り出して戦果を検め、戦闘服の胸に下げたパウチに納めた弾倉に手を伸ばそうとした時。問いに答えるように、手榴弾が転がり込む。

「手榴弾ッ――!」

兵士たちが倒れた戸棚や机の影に身を隠した次の瞬間、爆轟音と共に部屋の塵芥が舞い上がり、床の手榴弾を中心に全方位へ破片が撒き散らされる。

「死ィッ!」

ドアの向こうで足音が強く踏み抜かれ、息を鋭く吐く音と共に、部屋の中に何者かが躍り込んだ。その先は兵士によって対応が分かれた。予備の弾倉を急いで取り出し、銃を再装填しようとする者。小銃を潔く手放し腰の拳銃を抜き放つ者。小銃の先台を握り、銃口に固定した銃剣を煌めかせるもの。

彼らはなべて、薄闇の宙に閃く白磁の幻惑的な輝きに目を奪われた。

「何だ、あれは」

兵士の1人が反射的にP220 9mm拳銃を構え、ネズミ花火めいて変則的に舞う輝きを狙って続け様に銃弾を放つ。白磁の輝きは床から壁、天井と続け様に蹴って跳躍を続け、生身の人間では不可能な身軽さで兵士たちを翻弄する。

「遅ェんだよ」

白磁の顔がニカリと笑って嘯き、宙に身を翻して銃弾を躱しながら、右手のMP5K短機関銃を撃ちまくって1人の兵士を蜂の巣に、跳躍した勢いを保って拳銃を撃ちまくる兵士の懐に飛び込み、左手の洋脇差(ダーク)を閃かす。

「馬鹿なッ――」

拳銃を手に呆然と呟く兵士の眼前に、鍔を持たず身幅の広い柳葉じみた刃が煌めいて迫り、拳銃の照準線の上方を滑り、顔面を斜めに切り落とす。影は猫のように滑らかに着地、背後では顔の欠けた兵士が拳銃で空を撃った。

「何が起こってる!?」

小銃を再装填した兵士が遮蔽物から上半身を覗かせた瞬間、凄まじい銃声が轟いて竜の吐く炎じみた銃火が闇を照らし、彼の頭部が吹き飛ばされる。

「チクショオオオッ!」

室内にぬらりと忍び込んだ大きな影に、兵士の1人が小銃を乱射。ネズミかリスのように素早い足音を響かせ、大きな影が銃撃を躱した。我が目を疑う光景に兵士が凍りついた時、9mm弾と7.62mm弾が同時に彼を撃ち抜いた。

「なッ……」

銃剣付きの89式を握った兵士が、遮蔽物を背に血走った目を見開く。一瞬で4人が殺され、残ったのは自分だけだ。軽い足音と重い足音、2体分の気配が室内を歩き回り、装具の擦れ合う音を伴って、自分を殺そうと探している。

「ウッ、ウッ、ウオオオォッ!」

近づく足音がもたらす戦慄と恐怖に耐えきれず、兵士が遮蔽物から飛び出し銃剣を振りかざした。彼が最後に見たのは、フランケンシュタインの怪物を思わせる大男と、彼が両手で構えるHK51特殊銃だった。それは小銃にしては短過ぎ、短機関銃にしては長過ぎる、縮尺の狂った奇怪な容貌の銃だった。

極端な短銃身が7.62mm弾の銃口炎を吐出し、兵士の顔面が爆ぜる。銃剣の切っ先は大男を捉えることなく、兵士は体勢を崩して横倒しになった。

小さな影と大きな影、黒衣に身を包む2体の人影が闇を駆け、背中合わせで立ち止まる。小さな人影は、見目麗しい白磁の美貌に血を浴び恍惚の笑みで右手に短機関銃を提げ、左手の血の滴る脇差を肩に預けていた。その背後で大きな人影が、短銃身で銃床を持たぬグロテスクな特殊銃を構え、用心深く視線を走らせる。彼の温厚そうな顔は、苦み走った表情を浮かべていた。

「やっぱ、生きた獲物を殺るのは最高だな、13号」
「おれはそうおもわないよ、12ごう。しごとだから、やるけどさ」

13号は背が高く筋骨隆々の青年で、その表情は優男の木偶の坊。だが頭には人口脳を積み、筋肉も人工繊維に置換された改造人間(サイボーグ)だ。

相棒の12号は銀の短髪に白磁の少女の貌をした、冷酷残忍な処刑人。人間の脳を持ち、その他は全て人工物。殺人者の魂が吹きこまれた美しい人形だ。

12号と13号の魂は2体で1人前。彼らは2体で1個の、改造人間試験運用分隊。

「悩むな、13号。じきに良くなる」

小柄な12号が、大柄な13号を翳のある微笑みで尻目に見ると、左手に握った脇差を振って血払いしながら優しく諭した。12号は脇差を握った手で器用に短機関銃のボルトハンドルを起こし、弾倉を取り換えるとハンドルを叩く。

「行くか」

12号の言葉に13号が頷き、2体は風となって部屋の外に躍り出る。常人では考えられない昆虫じみた速度で廃墟の廊下を駆け、キルハウスを片っ端から掃討して回り、籠城戦の標的である新林小隊の兵士たちを殺戮していく。

「ウワアアアッ!」
「助けて、助けてくれえッ!」
「チクショウ、逃げろ、逃げろおおおッ!」

恐慌に駆られた兵士たちが部屋を飛び出し、廊下を逃げ惑いつつ89式小銃や5.56mm機関銃ミニミを乱射して、弾幕を張りながら後退する。その背後で13号が部屋の出入口に身を隠しつつ、特殊銃を何発かセミオート射撃しては次の遮蔽物へ前進することを繰り返し、じわじわと兵士たちを追い詰める。

「ハローッ!」

兵士たちの逃げる方向、廊下の向こう側から、回り込んだ12号が姿を現す。

「ギャアアアッ!?」

挟み撃ちだ。兵士たちの一部が、12号の白磁の美貌に浮かんだ狂気の笑みに恐怖して銃口を向ける。前門の虎、後門の狼。短機関銃が横薙ぎに9mm弾を連射し、遅れて放たれる兵士たちの5.56mm弾の乱射は、12号が床から壁と三角跳びで身を躱す。間髪入れずに13号の7.62mmが援護射撃を浴びせた。

「クソーッ! くたばれーッげぼおッ!?」

手負いの兵士たちが揉み合いつつ撃ちまくる中、ミニミ軽機関銃を腰だめに乱射して喚く兵士が、胸を撃ち抜かれ血の塊を噴き出し倒れる。その間にも兵士たちの頭上では短機関銃の連射が瞬き、12号が飛び降り様に振り下ろす脇差の斬撃が、また1人の兵士の頭部を縦に割り開く。12号は脇差を手放し左手で腰のHP-DAO小型拳銃を抜くと、残る兵士を狙いダブルアクションで立て続けに撃ち、右手の短機関銃を連射して他の兵士にも止めを刺した。

「12ごう、あぶないっ!」

13号が特殊銃を構えて駆け寄りつつ叫ぶと、すかさず12号が飛び込み前転で射線を開ける。13号が特殊銃のセレクターを押し下げ、竜が激怒したようなフルオートの銃口炎を放つ。12号の背後に現れた兵士たちが、7.62mm弾の強烈な衝撃に血肉を撒いてたたらを踏み、12号がローリングから低い姿勢で踊るように身を転じ、拳銃と短機関銃で背後の兵士の胸や頭に連射した。

兵士たちが体勢を崩して死にながら、撃ちまくる89式の銃口があらぬ方向を目がけて5.56mm弾をばら撒き、壁や床や天井に衝突し火花を散らしながら次々と跳弾、不規則な軌道を描いて散弾じみた散布界が12号へと収束する。

「……死ィッ!」

12号は銃を手放して仰向けから腹筋で跳ね起き跳躍、一瞬前に居た空間へと殺到する跳弾を寸前で回避。空中で赤子のように身を丸め、両足首に下げた洋合口(スキャン・ドゥ)を両手で引き抜いて白刃を閃かせると、短距離の爆発的な助走で加速して跳躍、流血する兵士たちの間を擦り抜け着地した。

12号が鎌鼬じみて繰り出した両手の合口が、進路上に立っていた兵士2人の頸を切り開いて、元より致命傷だった者たちをオーバーキル。夥しい鮮血が背後で噴き出した。兵士たちは完全に死体と化し、握られた銃が沈黙する。

「オラアアアッ!」
「くたばれェッ!」

12号の前方へ更に増援が飛び出し、床に屈みこむ12号を小銃で集中射撃。

「死ィィィッ!」

12号は血塗れの顔で凄惨な笑みを浮かべ、床から壁、天井、壁と時計回りに跳躍して彼らの側面に回り込む。その間にも13号のフルオート射撃が敵軍に先制打を与え、着地した12号が鎌鼬の舞いを踊って兵士たちを切り刻む。

刃の風が、密集する兵士たちの間を、自動車の運転教習のスラロームじみた蛇行で行っては戻り、1対の合口が手足や首を続け様に切って徐々に負傷を蓄積させていく。合口の1本が兵士の背後から心臓を突き、1本が他の兵士の延髄を突き、空いた両手で小銃を奪い取り三角跳び、頭上から撃ち下ろす。

「……すごいな」

ようやく駆けつけた13号は、半ば呆れ顔でそうとだけ呟いた。彼の眼前では12号が小銃の銃剣をギラつかせて歩き、逃げようと這いずる兵士の背に刃を突き下ろしていた。命を弄ぶようにゆっくりと。13号は思わず目を逸らす。

「ばけ、もの……」

苦悶して事切れた兵士を見下ろし、12号は肩を震わせて笑うと振り返った。

「骨のねー連中だな。所詮は軍隊崩れの盗人どもだ」
「そうだけど」
「こんなに痛めつけられて可哀想だってか? お優しーこったな、13号」

12号は真顔で口角を上げて89式小銃を投げ出すと、合口の刺さった死体へと歩み寄って引き抜き、迷彩服で血を拭って両足首のホルスターに納める。

「いーか13号、憐れむ相手は選んだ方が得策だ。こいつら元は脱走兵だって話だが、軍隊が嫌なら故郷に帰って百姓でもやりゃー良かったのさ。なまじ戦地の軍隊生活で覚えた血の味が忘れられず、国に返ってまで軍隊ごっこにしがみついてたばっかりに……最後には俺たちの生き餌になったワケだ」

12号は滔々と語りつつ13号の横を通り過ぎ、小型拳銃を拾い上げては左腰のホルスターに挿し、短機関銃は再装填し、頭をカチ割った兵士に歩み寄ると脇差の柄を掴み捻って引き抜き、へばりついた血と脳を振るい落とした。

「わるいやつは、どれだけいためつけてころしてもいいのかな?」
「少なくとも、善人を痛めつけて殺すよりは、胸が痛まんわな」
「いいやつだとしても、いためつけてころせるってこと?」
「命令次第ではな。俺たちはそーいう風に出来てる」
「いやだな。うんざりするね」

13号はやりきれない表情で息をつき、特殊銃の大きな弾倉を取り換えた。


【2】


それから2体は、廃墟を駆け回って特に危なげなく残党を制圧した。戦果の大半は、12号が機動力と機転で敵を倒したことに由来した。13号は大火力と正確な狙いで12号の突撃を後方支援する、寧ろ勢子の役割が大きかった。

「12ごうは、おれがいなくても、じゅうぶんやってけるほどつよいよね」

戦闘訓練を終えた2体が、廃墟の前に停まる装甲バンの荷台に乗り込む時に13号がふと呟き、12号が愕然とした顔で振り返る。じゃらりと重たい鉄鎖の擦れる金属音がした。2体の改造人間は後ろ手で手錠をかけられ、黒衣には錠前や鎖を何重にもぶら下げ、猛獣か罪人じみて厳重に拘束されていた。

「そりゃどーいう意味だ。なぜそんなことを言う?」

12号は装甲バンの後部の開け放たれた観音扉を潜りながら、狼狽えた表情で13号を肩越しに仰いで問い質す。13号は考え込むような顔をして装甲バンに乗り込み、車両の左右内壁に沿って設えられたベンチシートの左側、座席の中央に座る。対面する右側中央には、12号が座って13号を凝視していた。

「おれ、12ごうよりよわい。12ごうみたいに、たくさんのてきを、すばやくたおせるわけじゃないし。なんか、あしをひっぱってるようなきがしてさ」
「そんなことはない!」

12号はカッと目を見開いて身を乗り出し、拘束する鎖を数人がかりで掴んだ黒い装甲服姿の武装要員たちが、その余りの出力の大きさに引きずられた。

「暴れるな、12号!」

荷台の入口で控える武装要員たちがすかさず近寄り、M4自動装填式散弾銃の12ゲージの銃口を構えた。12号はただ対面する13号だけを見ていた。12号は武装要員たちに鎖を引かれて、どうにかシートへと引き戻されると、黒衣の鎖と壁面の鉄輪とを錠前で何か所も結合。13号も同じように拘束された。

「戦闘用改造人間実験体12号と13号、拘束完了!」
「拘束を確認。よし、帰還するぞ!」

武装要員たちは2体を一顧だにせず作業を終え、2体を包囲するように次々とシートに座ると、装甲バンの観音扉を閉ざしてエンジンを始動させた。

「そんなことはない……」

12号が呆然と呟き、車が走り出した。

「言わば役割分担なんだ、13号。俺が攻めてお前が守る。お前が俺の背中を援護していると思えばこそ、俺は安心して突撃して、思う存分暴れられる」

武装要員たちが押しなべて沈黙した車内、銃眼上の防弾窓から明かりが射す薄暗い荷台の中で、12号は視線を彷徨わせ、噛んで含めるように言った。

「それって、ほんとうにおれであるひつようがあるのかな」
「自分の存在意義に疑問を持つな、13号。お前に俺が必要なのと同じくらい俺はお前が必要だ。俺はどんな目に遭おうと、お前さえ居れば耐えられる」

12号は半ば懇願するように、自分に言い聞かせるように、13号に告げた。

「俺とお前は2人で1人だ。お前以外の相棒など考えられるか」
「なんだか、そこまでいわれちゃうと、てれくさいよ」

13号が笑みを浮かべて俯くと、12号は溜め息をついて車の内壁にもたれた。

外の世界に居る時間は瞬く間に過ぎ、2体の改造人間は猛獣のように檻へと連れ戻される。食事するか寝る以外することが無い、監視カメラで天井から見張られて、ベッドとトイレを除けば何も無い座敷牢。ただ生存するために押し込められた空間。それすら、生身を持つ13号であればこそ食事や排泄が必要であるに過ぎない。脳以外はほぼ全身が人工物の12号はどんな暮らしを送っているのか。13号は薄闇に光を放つ人工の目で、窓の明かりを見た。

「せんとうくんれん、おれそんなにいやじゃないんだ。そとにでられるし」

ふと呟いた13号の声に、12号ばかりか武装要員たちも視線を向ける。

「こんどは、いつそとにでられるんだろうな」

13号が続けて口にした言葉に、12号は無言で俯き、武装要員たちも沈黙して顔を見合わせた。問いに答える者は無く、装甲バンは淡々と走り続ける。

襲撃は突然だった。ゴミゴミとした大通りの喧騒が、装甲バンの壁を伝って車内に漏れ聞こえる路上に、立て続けの爆発音と銃声が鳴り響いた。

「おい、迫撃砲が鳴ってるぞ」
「どこの愚連隊だ?」

武装要員たちが不安げに呟く内に、12.7mm重機関銃の腸の底に響くような悍ましい銃声が聞こえ始める。この装甲バンの防弾は7.62mm徹甲弾までと13号は前に聞いた覚えがあった。12.7mmの直射を受ければ、多分この車は穴が開くだろう。まして対戦車擲弾や、迫撃砲弾の直撃を浴びでもしたら。

装甲バンは加速旋回して離脱しようとするも叶わず、減速して停車。通りに夥しい停止車両のクラクションが鳴り響く。逃げ場無し。その内に上空からヘリコプターのローター音が接近し、ミニガンの悪魔じみた連射音が唸る。

「おいおい、中京都の街はいつから戦場になったんだ?」

武装要員が思わず呟いた言葉に、確かに普通じゃないな、と13号も心の中で言葉を返した。13号は防弾窓をぼんやりと見上げ、それから対面で無関心に目を瞑る12号のふてぶてしく平然とした顔を見遣り、相好を崩した。

「俺たち、死ぬかもな」

12号が目を閉じたまま呟いた言葉に、武装要員の1人が何事か反論しようと振り返った時、対戦車擲弾と思われる爆発が空を揺らし、一拍の間を置いて壮絶な破壊音と爆音が上がる。路上には怒号と悲鳴と歓声が混ざり合った。

「近いな。どうやら撃墜されたらしーぜ。押し潰されたヤツはご愁傷様だ」
「12号、少し黙っていろ!」
「いーだろ。お互い、これが今生で最後の会話になるかも知れねーんだぜ」

狼狽えて怒鳴る武装要員に、12号は白磁の美貌で薄笑いを浮かべ言い返す。

「どうにかして離脱しろ!」
「――無理だ! 前も後ろも横も、みんな車に固められちまってるよ!」
「早く離脱しないと、迫撃砲を浴びたら一網打尽で皆殺しだぞ!」
「――これ以上は動けねえよ! やれるもんなら手前がやってみろ!」
「周りの車をぶつけて、押し退けてでも動かせ!」

武装要員が無線を手にして、荷台と運転席で押し問答している内に、砲弾が近くに落ち、弾殻の破片が車体に食い込み、想像を絶する衝撃波が来た。

「うわ、すごい!」
「迫撃砲は間接射撃(メクラウチ)。どこに落ちるかは運次第ってとこか」
「えーっ、みえないのに、たまがあたるの!? どうやって!」
「そりゃお前、前線に目を立てるんだよ。戦場で着弾を見張らせて、後方に報告させるのさ。後ろで撃ち前で見る。俺とお前の役割を反転させたよーな感じだ。片方が欠ければ役立たず。俺がお前を必要な理由、分かるだろ?」
「へえーすごいね、12ごうはあたまいいね。なんでもしってるね!」
「そんなに褒めるなよ。少し聞きかじった付け焼刃の知識さ」
「砲兵の講義なんか呑気にやってる場合かあああッ!」

武装要員の1人が血走った目を見開き、12号の黒衣を掴んで捻り上げた。

「騒ぐな。死ぬ時ゃ死ぬし死なねぇ時ゃ死なねんだ。男らしく構えてろや」
「命の瀬戸際で、男も女もクソもあるかーッ! クソーッ、クソーッ!」

武装要員が12号を放り出し喚くと、他の者たちも不安げに顔を見合わせた。

「くるまがうごかせないなら、いっそとほでにげるってのはどうかな?」
「そりゃ名案だ、13号。冴えてるじゃないか」

12号が痛快な笑みで、ヒュウと口笛を吹いて囃し立てた。

「馬鹿言うな! この弾の雨が降る中、お前たち改造人間は逃げ切れるかも知れんがな、防弾車両が無ければ、俺たち生身の人間はどうなる!?」
「12.7mmだのロケットだのぶち込まれりゃ、防弾もクソもねーだろうよ」
「黙れ! 隙を見て逃げ出そうと思ってるんだろうが、そうは行かんぞ!」
「俺たちが手前らの『整備』無しで生きられねーの、知ってんだろ?」
「もう限界だ、俺が運転を代わる! 何人轢き殺そうが生き残ってやる!」
「――おい何考えてる! バカな真似は止せ!」
「落ち着け、今外に出るのは危険だぞ!」
「うるさあああいッ!」

狂乱に駆られた武装要員がM4散弾銃を腰だめに構え、徐々に後退り最後尾の扉に辿り着くと、銃を肩付けして光点式照準器(ドットサイト)を覗いた。

「邪魔するヤツは12ゲージの鋼鉄単弾(スチールスラグ)をブチ込むぞ!」

散弾銃の鋼鉄単弾。人工筋肉や強化骨格を奢った改造人間すら至近距離では挽き潰す、タングステン弾や劣化ウラン弾より費用対効果に優れる兵器だ。

「行かせりゃいいだろ。勇気ある行動で皆の命が助かるかも知れないぜ?」

12号が荷台を見渡しおどけて言うと、銃を構える武装要員が扉を開いた。

「それほんきでいってるの? 12ごう」

13号が驚いたように問い返すと、12号は悪戯っぽい顔で笑って舌を出した。

「馬鹿じゃねーの。さっさと車を捨てて逃げた方が良いに決まってんだろ」

12号がウィンクした瞬間、強烈な衝撃が装甲バンの車首を浮き上がらせた。

車内が激しく振動し、武装要員の絶叫が上がる。どうにか横転は免れつつも荷台は黒煙に包まれている。どうやら運転席側から煙が来ているようだ。

「っぶねー、運転席(ガンメン)に至近弾か。外のアホは今頃、挽肉かね」

12号の呟きに13号は無言で唸り、2体は機械の目を黒煙に凝らした。荷台の床に複数の武装要員が倒れている。運転席と荷台を隔てる隔壁が、着弾した衝撃で散弾のように吹き飛び、武装要員が肉の盾となって死傷したようだ。

「13号、怪我はねーか?」
「たぶんね。12ごうはへいき?」
「平気は平気だが、こうガチガチに拘束されてちゃ身動きが取れねーな」
「ねんりょうにいんかしたら、おれたちひだるまになっちゃうね」
「さらっと怖ぇーこと言うんじゃねえ。チビっちまうだろうが」

軽口を交わす2体を余所に、生き残った武装要員たちがそそくさと逃げ出す素振りを見せ始めた。13号が彼らを視線で追い、12号が身を乗り出した。

「おい手前ら、俺たちは置いてきぼりかよ! 見殺しにする気か!」
「ぐっ……壁から離れて動くなよ、このクソッタレ!」

武装要員の1人が逃げ出す寸前で正気を取り戻し、散弾銃を構えた。12号がシートから腰を浮かせると、壁と鎖を繋ぐ錠前を銃撃。13号を拘束している金具も同じように吹き飛ばし、2体を伴って装甲バンの外へと降車する。

「よし、逃げるぞ! ちゃんとついて来い!」

路上に降りると、周囲は地獄絵図だった。犇めき合う車列の至る所で黒煙が立ち昇り、砲弾や銃撃で挽き潰された人間の一部が散らばり、悲鳴と怒号に混じって銃声が飛び交っては、車を捨てた人々が我先にと逃げ惑っていた。


【3】


12号の背中を見失わないように必死で追う13号は、小さな手が手錠を外して投げ捨てるのを見た。12号が肩越しに振り返って舌を見せると、前方を歩く武装要員を慎重に見定め、周囲に目を凝らした。13号に歩み寄って彼の腕を引き寄せ人込みに紛れると、武装要員とは別方向にどんどん歩いて行く。

「12ごう、なにかんがえてるの!? はなれていっちゃうよ!?」
「それでいい。クソどもの城から脱走するにゃ丁度いい機会だったのさ」
「おれたち『せいび』なしではいきられないって、12ごうさっき――」
「そんなもんは、ともかく逃げた後で考えりゃいーのさ」

12号は、13号の腕を引っ張って歩きつつ、銃声飛び交う路上から街の中へと歩んで行く。人混みが徐々に途切れてくると、13号の手錠が外された。

「そんなに戻りたきゃ、今から連中のケツを追っかけったっていいんだぜ」
「そんなこといわれても、もうみんながどこにいるのかわかんないよ」

13号は手錠を足元に捨てると、呆れ顔で12号を見返して答えた。

「もうちっと嬉しそうな顔しろや。お前が出たがってた外の世界なんだぜ」

12号は黒衣に嵌められた錠前を全て外すと、鍵束を13号に投げ渡した。

「それはそうだけど。おれ、これからどうすればいいかわからないよ」

13号は見様見真似で鍵を外そうとするも、錠前の鍵が合わずに苛立つ。

「おい、力任せに鍵を圧し折ろうとするなよ。中で詰まったら面倒だ」

13号の手の鍵束を12号が奪い取ると、13号の錠前を外してやった。

「おおーっ。なんだか、からだがかるくなったきぶんだな」
「そりゃ軽いだろ。銃も弾も何もかも持ってねー、丸腰なんだからよ」
「まるごしか。なんだかこころもとないね」
「フン、分かってねえな。俺たちはその気になれば、素手でも人を殺せる」
「じゆうになってまで、ひとごろしのはなし? やめようよ」

2体は黒衣の戦闘服で通りを歩きながら、のんびりと言葉を交わした。

「余り悠長なことは言ってられんぞ。俺たちは自由と引き換えに、俺たちで身の安全を確保しなきゃならん。俺の活動限界よりも、当面の問題はお前の活動限界だ。13号、お前の生体組織には食料の摂取が必要なはずだ」
「あーっ、そうだよ! でもしょくりょうってどうすればてにはいるの?」

12号は後頭部で両手を組み、澱んだ空を見上げて溜め息をこぼした。

「勢い飛び出てはみたものの、だな。何せ俺たちは一文無しの素寒貧だ」
「いちもんなしの、すかんぴん? なにをいってるかさっぱりだよ」
「お金がねえってこったよ。先立つモンが無きゃ、買い物もできゃしねえ」
「おかね? かいもの? なにそれ? どういうこと?」

12号が足を止め、ハッと目を見開いて13号の顔を見上げた。

「キヨミ……そうか、お前は……」
「どうしたの、12ごう? きよみ? おればかだから、よくわからないや」

12号は両手でわしゃわしゃと髪をかき乱し、拳を握って13号を見上げる。

「まあいい、その話は後だ。取り敢えず、お互いの名前を決めよう」
「おれは、せんとうようかいぞうにんげんじっけんたい13ごうだよ?」
「そんなモンは名前じゃねえッ!」

12号が声を荒げると、周囲を歩く通行人たちが2体を見た。12号はぐるりと辺りを見渡し、咳払いして13号の腕を引くと、人気の少ない路地に向かう。

「いーかよく聞け、13号。俺たちがまともな世界で、人間として溶け込んで暮らすためにゃ、番号じゃねー名前が必要なんだ。でないと、怪しまれる」
「なんだかめんどうくさいんだね」
「それだけ、俺たちの居た環境が異常だったってことさ」
「おれにはあたりまえだけど。12ごうはどうしていじょうだとおもうの?」
「あーもう面倒臭ぇな。話が噛み合わん。説明すると長くなるんだ」
「えーと、それっておれでもりかいできるはなし?」
「嫌でも理解しなきゃならんさ。それは置いておくとして、名前は大事だ」
「うーんでもなぁ。おれけっこうすきなんだけどなぁ。13ごうってなまえ」
「……ハァ?」

12号は呆れた表情で13号を振り返ると、13号が腕組みして宙を見上げた。

「なまえをきめるのがめんどうとか、そういうんじゃないけど。13ごうってひびきが、おれもけっこうきにいっててさ。あんまりかえたくないんだよ」
「馬鹿じゃねえのマジで……刷り込みってヤツぁ恐ろしいな」
「ばんごうがだめっていうなら、それっぽいよびかたで、いいのない?」

13号と隣り合う12号は肩を落とし、物思いに耽る様子で何事か呟いた。

「13号……13……10と3……ジュウとゾウ……あぁ、ジュウゾウか。安直だけど最低限ってとこか。漢字は……漢数字は有り得ねーな、ダサ過ぎる。したら銃、獣、従、住、柔……んーピンとこねーな。いや待て、拾があるか。ならゾウはどうだ。象、像、蔵、臓、贈……造。拾造。ん-我ながら適当だな」
「12ごう、なにひとりでブツブツいってるの?」
「ジュウゾウとかどーよ? 『拾』うに『造』ると書いてジュウゾウだ」

軽口めいて放った12号の言葉に、13号は思わず足を止めた。12号が訝しんで立ち止まり振り返ると、唖然とした。13号は瞳を輝かせて拳を握っていた。

「いいねそれ! ジュウゾウってなまえ、かっこいい! それにしよう!」
「俺が言うのも何だけどダサくねー? センスが古いってーか」
「やっぱり12ごうはあたまいいな、おれそんなすぐおもいつかないもん」
「もしもーし、聞こえてる?」
「わかった、きょうからおれはジュウゾウだな! 12ごうはどうする!?」

戦闘用改造人間実験体13号……否、拾造の名を得た青年が、大柄な見た目にそぐわぬ幼稚なはしゃぎっぷりで捲し立て、12号は眩し気に目を細めた。

「そうだな、俺は……」
「12ごうはおんなのこだもんね、やっぱりかわいいなまえがいいのかな?」
「待て待て待て、勝手に決めようとするな」
「おんなのこらしいなまえはいやなの?」
「お前、そもそも女の子らしい名前の何たるかが分かってるのか?」
「それがぜんぜん」
「だろうな。それ以前に、俺はそもそも女じゃない」
「ハ? それってどういういみ?」

12号は拾造を追い越して振り返ると、黒衣の胸を白磁の拳で叩いて見せた。

「俺は外見(ナリ)こそ女だが、脳味噌は男だぜ。言ってなかったか?」

12号の指が銀髪の靡くこめかみを指し示すと、拾造は唖然と口を開いた。

「……え、え、ええーっ!? 12ごうが、おとこ!? ほんとうに!?」
「な、何だよ。だから今までずっと、男言葉で喋ってたろうが」
「いやそうだけど。まえからおかしいなーって、ずっとおもってたんだ」
「本ッ当に洒落臭い義体(イレモノ)だぜ。早く男用に変えてえもんだ」
「だ、だめだよっ!」

慌てふためいて叫ぶ拾造を、12号がジト目で見上げた。

「何で? 俺の身体なんだけど」
「だ、だって……うまくいえないけど……12ごうがかわったら、おれ、きっと12ごうが、12ごうだってわからなくなるよ……どうすればいいの、おれ」
「んな悲しい目で訴えるなよ。義体(カラダ)が変わっても俺は俺だって」
「たしかにそうなんだ。12ごうのいってることもわかる。だけどさ」
「あーもう分かったって。義体を変えるのは当分先だ。一先ずその12号って名前を早く何とかしねえとな。とはいえ可愛い名前なんてゴメンだがよ」

2体は取り留めも無く言葉を交わしながら、暗く汚れて猥雑な裏町の路地を歩き続けていた。道端にはビニールシートや段ボールの家が並び、無職者や物乞いがずらりと並んで居座っている。中高年の男性が多く、人体の一部が欠損している者も珍しくはない。周囲を歩く者もまた、低所得者か犯罪者かその一歩手前に見える世捨て人や人生の落伍者ばかりで、身体の見える所に刺青を入れていたり、欠損部位を人工物で補っている者も珍しくなかった。

彼らは、戦闘用の黒衣をまとって歩く大小2体の改造人間に、興味深そうな顔で視線を送りはしつつも、自分から接触を試みようとはしなかった。

拾造と12号。フランケンシュタインの怪物じみた大男と、見目麗しい銀髪と白磁の貌を持つ人形。2体が着こなす特殊部隊員を思わせる黒衣が、危険を見分ける能力に長けた裏町の住人達に、危うい雰囲気を察知させていた。

「なんだかすごくいごこちがいいばしょ。からだになじむっていうか」
「お前マジで言ってる? 俺はもうちっと綺麗な場所が趣味なんだがなぁ」

12号が鼻を摘まんで顰めっ面でぼやき、背後から近づくエンジン音を察して肩越しに振り返る。錆色をしたBMWのセダン。型式は古い。車内の男たちは原色のシャツや薄汚れたブルゾンをまとい、見るからに胡乱な雰囲気だ。

「見ろ、拾造。財布が向こうから近づいて来たぜ」
「さいふ? なにそれ、くえるの?」
「食い物じゃねえよ。お前、合図したら転がすぞ、あの車」
「ええっ、いきなりなにいいだすの!? そんなことしたらだめだよ!」
「まあ見てな。俺の目が節穴じゃ無けりゃ、そんなのがお似合いな連中さ」

12号がぺろりと舌で唇を舐め、拾造の前に平手を突き出した。2体が路上で歩みを止めると、セダンがゆっくり速度を落とし、2体の横で停まった。

後部座席の窓ガラスが下ろされ、顎鬚を整えて短髪を剃り込んだ遊び人風の男が窓から片手を突き出す。手首に金鎖のブレスレット、五指には金や銀に宝石をあしらった指輪、シャツをはだけた胸にも太い金鎖のネックレス。

「やぁお嬢ちゃん。キミ可愛いね。こんなとこ歩いてちゃ危ないよ」
「何だ手前らは」

車内で下劣な笑みを浮かべた男たちが、12号の口汚い言葉で真顔になる。

「今ヒマ? てか俺たちと一緒に来ない?」
「お前ら戦争成金? 人攫い? それともヤクザ? もしくはその全部?」
「じゅ、12ご……」

拾造が背後で口を開こうとすると、12号が手を上げて黙らせた。

「へっへっへ、お嬢ちゃん。口の利き方に気を付けないと危ないぜ?」

遊び人男が額に血管を浮かべて笑い、ドスの利いた声で威圧する。運転席のスキンヘッドにサングラスでブルゾン姿の無骨な男が、窓から顔を突き出し振り返り、無表情でガムを噛みながら何度もクラクションを鳴らした。

「俺が聞きたいのは、あんちゃんたちが金持ってんのかって話なんだけど」
「金? あるよ。嬢ちゃん可愛いから、俺たちのとこで働けば億万長者だ」

男たちが自尊心を取り戻した顔で、ゲラゲラと下卑た笑いをこぼす。

「あっそう。じゃあ銃は?」
「ハァ? 銃?」
「俺たち改造人間だからよ、ナンパしたけりゃ銃が無きゃ危ないぜ」
「面白い冗談だな。改人だとしても、売り手は幾らでも居るんだけどな!」

12号がニカリと笑って拾造にアイコンタクトした。運転席のスキンヘッドがドアに手をかけ、遊び人男が懐を探って窓から銀色の中型拳銃を突き出す。

「死ィッ!」

12号はスリングショットで弾かれたように素早く踏み込み、ドアの継ぎ目を目がけて、鉄板入りの黒いブーツの靴底で蹴りを入れる。重機が殴るような破壊音を上げてBMWのモノコック構造がひしゃげ、車が一瞬浮き上がった。

「な、何だッ!?」

遊び人男が度肝を抜かれた顔で喚く間にも、12号が手を伸ばして男の手から拳銃を奪い取る。ベレッタ92コンパクトINOX。オールステンレス製の銀色でグリップパネルには悪趣味な金象嵌と宝石があしらわれ、遊び人男の手より12号の手に持っている方がずっと似合って見えた。運転席のスキンヘッドが狼狽えた顔でドアレバーを動かすが、ピラーが歪んでおりドアが開かない。

「12ごう、なにやってんの!?」
「何しくさってくれとんじゃ、こんガキャアアアッ!」
「何してんのかって、見て分かんねえかバーカ。強盗だよ」
「俺たち楠瀬一家に手ェ出したらどうなるか分かってんのかメスガキ!」
「あっそう。俺たちにゃ別に関係ねーな」

12号はおちゃらけたような笑顔で、何度も車を蹴ってボコボコに凹ませる。

「ヤクザだか何だか知んねーけどよ、命が惜しかったら金出せや!」
「手前、ブッ殺す!」

スキンヘッドが窓からガムを吐き捨て、ルーマニア製のAKドラコ大型拳銃を12号に突きつけたところで、拾造が殆ど反射的に飛び出し、運転席のドアに膝蹴りを入れ様、スキンヘッドの横っ面を強化繊維グローブの拳で打った。

「げぼおッ!?」

銃声じみた凄まじい音がして運転席のドアが凹み、スキンヘッドが流血して無人の助手席に吹き飛ばされる。拾造の手にはドラコ拳銃が握られていた。

「て、手前らーッ!? チクショウ、殺せ、殺せーッ!」
「転がすか。拾造、手を貸せ」
「おれ、どうなってもしらないよ!」

拾造の呆れ顔に12号は悪戯っぽい笑みで応え、2体は車の底に手を伸ばす。

「それ、ひっ、ひっ、ふー。ひっ、ひっ、ふー!」
「ウワーッ、何だ何だ何だ!?」
「ヤメロ、ヤメローッ!」

車体の左側面が持ち上がり、ガタガタと揺すられて男たちが震え上がる。

「12ごう、これほんとにひっくりかえしちゃうの?」
「たりめーだろ。殺しゃしねえよ。舐められねえ程度に脅すだけだ」
「ま、ひとごろししないならいいけどさ……よっこいしょ、っと」

12号と拾造の2体が、ベコベコに凹んだBMWをドラム缶でも転がすように軽々と引っ繰り返すと、車内の男たちが音を立てて揉みくちゃになる。

「「「グギャーッ!?」」」

通行人や周囲で座り込んでいた現地民が、トラブルを嗅ぎつけてわらわらと見物に集まってくる。拾造はバツの悪い顔で、裏返った亀のように情けなく腹を見せる車を見下ろして溜め息。隣で12号が陶然と笑い、拳銃を抜いた。

「オラァ、早く出て来い! 燃やしちまうぞ!」
「もやす!? じょうだんでしょ!?」
「「「ウワアアアアッ!?」」」

天地逆様になった車の窓が内側から割られ、男たちが車外へと這い出した。

「このクソガキがッ!」

黒いタートルネックを着た男が38口径リボルバーを抜いた次の瞬間、12号は銀色の中型拳銃を躊躇なく発砲した。天を仰ぐガソリンタンクに立て続けの銃撃が穴を空け、漏れ出た燃料に引火して車が炎上。周囲で悲鳴が上がる。

「クソッ、クソッ、絶対ただじゃおかねえ!」

遊び人男が悪態をついて地べたを這い、埃塗れの顔を上げる。12号と拾造が彼の前に立ちはだかり、闇を孕む黒衣の影を男の眼前に落とし、機械の瞳が光輝いていた。取り巻きのチンピラたちが戦意喪失し、我先にと逃げ出す。

「ヒッ……」
「もっぺん言ってみろや。何ちゃら一家がどうしたって?」
「命だけは、助けてください……何でもしますから」
「じゃあ、カネ」

12号は白磁の美貌で冷酷に見下ろし、右手の拳銃で男を照準し、空の左手を開いて男に差し出した。遊び人男は長財布を引っ張り出すと、ありったけの紙幣を引っ張り出して12号の足元に投げ出す。12号は銃口を横に振った。

「とっとと失せろ。脳天ブッ飛ばされる前にな」
「こ、こ、この気違いの人形野郎ーッ! 覚えてろーッ!」

遊び人男が半泣きでへたり込んだまま後ろにずり下がると、ふらつきながら立ち上がって走り出し、12号と拾造に捨て台詞を吐きながら駆け去った。

「やりすぎだよ、12ごう!」
「人は殺してねーだろ?」
「そりゃそうだけど!」

12号は拳銃をベルトに挟むと、抗議する拾造に背を向け、足元に散らばった紙幣を拾い集めて黒衣の胸ポケットに納める。サイレンのけたたましい音が裏町に響き、周囲の見物人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「追手だ。ずらかるぞ」
「このじゅうは?」
「持って行け。まだ捨てるにゃ早い」
「このままひとをころさずにすめばいいんだけど」

拾造は溜め息がちにぼやくと、路地の向こうから近づく4輪駆動車を認めて12号と顔を見合わせ、頷き合って駆け出す。歩道脇の柵を身軽に攀じ登って建設現場に飛び降りると、敷地の向こう側まで駆けて再び柵を乗り越える。


【4】


「……あ?」

黒く角ばったホンダの小型車が、鉄屑じみて路肩に停まっていた。傍らでは皺だらけの黒スーツを着崩した無精髭の男が、煙草を咥えて建設現場の柵に立小便をしていた。12号と拾造が男の左右に着地し、男が煙草を落とす。

「な、何だ手前らはッ!?」

無精髭男は、驚きの余り物を丸出しで振り向いて、残尿が周囲を汚した。

「きったねえな手前。人の服に何引っかけてくれてんだ。殺すぞ!」
「ウオオオッ!」

12号が白磁の美貌を冷酷に研ぎ澄ませ、銀色の中型拳銃を抜いて男の顔面に突きつけると、無精髭男は驚きの余り更に放尿した。その隣で、拾造は何か思い出した顔をすると、黒衣のジッパーを開いて建設現場の柵に放尿する。

「拾造、お前は何やってんだ! 呑気に小便撒いてる場合か!」
「ごめんごめん。こうしておもいだしたときにだしとかないとさ、あたまがそのきにならないで、きがついたときには、もらしてるときがあるんだ」

拾造は内臓が生身である宿命として、消化器官が排泄を必要とするのだ。

「い、一体お前ら何なんだ!? その銃、さっきの銃声、もしかして!?」
「俺の銃より、手前の物騒な物こそさっさと仕舞ってもらおうか」

12号が呆れ顔で指摘すると、無精髭男は慌てて物を収納して、スラックスのジッパーを引き上げた。背後では拾造もまたジッパーを引き上げていた。

「うー、すっきり。あたまでは、すっきりしたってかんかくはないけどさ」
「だったら、何でスッキリしたって言えんだよ?」
「おれのからだのきかいじゃないぶぶんに、なんとなくかんかくあるんだ」
「オレ様にチャカ突きつけたまま、無視して話してんじゃねえ!」

無精髭男が喚き立てると、12号は男を睨みつけて額に銃口を押し付けた。

「お前ヤクザだろ?」
「ヒエッ!? ちちち違います!」
「ころしはなしだよ、12ごう」

拾造が横合いから冷静に言い聞かせると、12号が横目で見て舌打ちした。

「まあいい。丁度いい所にタクシーがいたぜ。俺たちも連れて行けよ」
「な、何だって!? お前らの相手してる暇はねえ、他を当たってくれ!」
「立小便する暇はあるのにか? ちょっと乗せてもらうだけだ」
「オレ様は今からカチコ……大事な仕事があるんだからよ!」

無精髭男の哀願めいた言葉を無視して、12号が車の助手席のドアを開く。

「いいの? 12ごう。かってにのっちゃって」
「下ろせるもんなら力づくで下ろしてみろってんだ……ん? 何だこりゃ」

助手席の座面を覆う、薄っぺらい蛍光ジャンパー。12号が取り去った下には傷だらけのK1A機関短銃が置かれていた。機関短銃とは名ばかりで、弾倉は89式小銃と同じ30連発STANAG仕様。12号が口角と眉根を吊り上げる。

「そいつを勝手に触るんじゃねえ!」

無精髭男が血相を変えて駆け寄った次の瞬間、振り返った12号が機関短銃を片手で構え、男を見上げるようにして顔面を照準していた。男は歯噛みして12号を睨んだ。図体は頭一つ小さいが、動きが素早く迷いが無く、強い。

「勝手に触ったらどーなんだ。嫌なら力づくで取り返してみろよ腰抜け」
「何だとこのガキ……」
「これで誰を弾きてえのか知んねえけどよ、手前にやれんのか? あん?」

無精髭男は屈辱に歯を食いしばり、額に血管を浮かべた。明らかに自分より格上の相手だ。戦っても勝てないことぐらい分かる。しかし我慢ならない。

「やったらあああッ!」
「よせ、12ごう!」

無精髭男が咆哮して両手を伸ばすと、12号は片目を窄めて残忍に笑い親指で銃のセレクターを弾くと、躊躇なく撃発。ボルトが空の薬室を撃つ金属音が響いた時、無精髭男は雷に打たれたような恐怖に駆られ、身体が硬直した。

「フン。俺がいつも使ってるSMGより重いな。どうも勝手が違うぜ」

12号が銃口を上げ、右手の重みを確かめて飽きた表情をすると、駆け寄った拾造へと機関短銃を投げ渡す。自分は何食わぬ様子で助手席に座った。

「わるかったね、おじさん。12ごうにはおれがちゃんといっとくから」

拾造が上背を屈め、無精髭男と目を合わせて言うと、彼も後部座席のドアを開いて車に乗り込んだ。男はその場で立ち尽くし、口をパクパクと開いた。

「オジサン……オジサンだと……オレ様はまだオジサンじゃねえええッ!」

無精髭男は激怒して地団太を踏み、運転席に回り込んで荒っぽく乗り込むと叩きつけるようにドアを閉じた。歯軋りしてロングピースを取り出す。

「クソックソックソッ! オレ様の人生、何でこう上手く行かないんだ!」

男が急アクセルを踏み込んで、鉄屑じみた小型車が猛スピードで走り出す。

「拾造。お前が巻き上げたAKの弾数、数えてみろ」

12号はそう言って、助手席のグローブボックスを開いた。雑多に詰められた小物を12号が手探り、グロック26小型拳銃を発見して微笑する。後部座席で拾造がドラコ拳銃の弾倉を外し、黒い鉄薬莢の実包を1発ずつ取り出した。

「やっぱりな。何かあるとは思ってたぜ」
「おい手前、人の車を勝手に漁るな!」

12号は男の抗議を無視して、腰の中型拳銃を抜いてグローブボックスの上に転がす。2挺の拳銃の弾倉を外して装弾数を確かめ、後部座席を振り返る。

「どうだ?」
「30ぱつはいってたよ」
「よし。5.56mm(ゴーゴーロク)も見てみろ」
「ちゃんと30発入ってるさ。オレ様だって何度も確認したよ」

無精髭男はピースの白いフィルターを咥え、震える手で安いガスライターを何度も擦って火を点けると、進行方向を睨んで吐き捨てるように言った。

「ゴホッ、ゴホッ! ……だってさ」
「ちゃんと自分の目で確認しろ」

拾造は肩を竦め、機関短銃の弾倉を外す。彼が弾を確認する間にも、12号は銀色の中型拳銃のスライドを掴み、無精髭男の鼻先にグリップを掲げた。

「目障りだクソガキ、俺は今運転中だぞ!」
「これ、お前にやるよ。楠瀬一家とかいうヤクザの人攫いから巻き上げたがイマイチ俺の手にゃ納まりが悪い。代わりにこっちの小さい方を貰うぜ」
「ハァ? 楠瀬一家から? ハァッ!? 今お前、楠瀬一家つったか!?」

無精髭男は、眼前に掲げられた中型拳銃の金細工と宝石で彩ったグリップを思わず二度見して、縁石に乗り上げかけて慌ててステアリングを修正した。

「オレ様が所属する組の上部団体じゃねえか! まさか殺したのか!?」
「おい、ちゃんと前見ろ、前!」

国道に乗り入れる手前の交差点は、赤信号。12号に血走った目を向けていた無精髭男が慌てて急ブレーキを踏み、横断歩道を越えて何とか停車させる。

「殺ってねーよ。舐めた口聞いたから、車ぁ転がして燃やしただけさ。ああそういや、拾造は運転手に一撃入れたっけな。ついでに金と銃も奪った」

12号が事も無げに言って拳銃をグローブボックスに投げ込むと、無精髭男は見る見る顔を青褪め、咥え煙草の先端から灰を落として身を震わせた。

「オレ様が手前らと一緒にいることがバレたらヤベーぞ! それでなくとも捜索命令で動員かかったら、俺は手前らと事を構えなきゃならねえ!」
「俺らをブチのめしたいなら、生半可の人数じゃ足りねーから覚悟しとけ」
「おれたちさっき、くんれんで2こしょうたいとたたかったもんね」

拾造が脱包して数えた弾を弾倉に詰め直しつつ、世間話のように言った。

「89式とミニミ担いだ陸防軍崩れどもな。今頃は全員土の下じゃねえか?」
「冗談だろ……ヤクザのホラ話だって、もうちっとマシな嘘つくぜ……」
「ちゃんと30ぱつはいってたよ、12ごう」
「そうか。トランク見てみろ。まだ何か隠してるかも知れん」

拾造が大きな上背を乗り出してゴチャゴチャしたトランクを漁り、金属音を響かせて幾つかの小物を後部座席に引っ張り出す。12号がほくそ笑んだ。

「みつけた、12ごうがすきそうなやつ。はい」

12号は背後からから差し出された小型の重量物と、細長い物を順に受け取り確認する。負い紐(スリング)の付いた防衛軍の9mm機関拳銃と、木の鞘にベルト通しを持つ刃渡り1尺の剣鉈。柄に滑り止めのゴムが巻かれている。

「いいモン持ってんじゃねーか。俺好みの道具がぞろぞろ出て来やがらぁ」

12号は機関拳銃の負い紐を首にかけ、弾倉を外して実包を取り出し、25発を数えた。ボルトを操作し空撃ち、オープンボルト式だと気づいて閉口する。

「その剣鉈(カタナ)はオレ様秘蔵の! それ幾らしたと思ってやがる!」
「12ゲージのポンプアクションもあったけど?」

銃床を切り詰めたモデル520手動式散弾銃を拾造が手にして問うと、12号は木鞘のベルト通しを黒衣の左太腿に固定しつつ、呆れ笑いで頭を振った。

「そりゃ外れだ。このオッサンに持たせとけ」
「手前ら、オレ様を無視するんじゃねえ!」

男が激怒してステアリングを殴り、口から床に落ちた煙草を苛立ちを込めて踏み潰すと、12号はグローブの手指で剣鉈の刃をなぞり、匂いを確かめた。

「お前、これで人斬ったことねえだろ?」

12号が告げた言葉に無精髭男は身を強張らせ、急ブレーキで停車。後続車がクラクションを鳴らし、運転手が窓から罵声を吐いて追い抜き走り去る。

「何やってんだオッサン!」
「手前こそ、何が言いてえんだこのクソガキャ!」
「これから戦争なんだろ。連れてけよ。戦争は得意だぜ」
「っざけんな! 誰が手前らみてえな得体の知れねえガキどもを!」
「お前、まさか単騎で突っ込む気じゃねーだろーな。何人を相手にする気か知んねーが、兵隊は多い方がいいぞ。俺たちが2人だけなのは特別だがよ」
「余計なお世話だ! 俺がどうしようが、手前らには関係ねぇだろ!」

12号は剣鉈のダマスカス仕上げの刃を翻し、無精髭男の喉元に突きつけた。

「関係ないね。殺しの臭いを嗅ぎつけたから、俺にも噛ませろってだけさ」
「12ごう。おれ、ころしはなしっていったよね。いみわかってる?」
「口じゃそう言うが、拾造こそノリノリで戦争の準備してただろ」

安全ピン付きの手榴弾でお手玉をしていた拾造が、12号の見透かしたような言葉にシュンとして手榴弾を取り落とし、身体を丸めてシートに横たわる。

「それはなんていうか、みについたしゅうかんっていうか……」
「認めろよ、拾造。俺たちゃ血に飢えた獣だ。暴力無しじゃ生きられねえ」

12号は無精髭男と顔を見合わせつつ、諦めの籠もる冷たい声で断言した。

「けだものっていうよりは、にんぎょうだけどね」

拾造のおどけたような言葉に、12号は銀髪を揺らし翳った笑みを浮かべる。

「……そうだな。俺たちゃどこまで行っても、下らねー人形さ」

12号は無精髭男に突きつけた鉈を喉元から放し、左太腿の鞘に落とし込んでドアレバーに手を駆けると、肩越しに拾造を一瞥してからドアを開いた。

「まー、オッサンがどーしても犬死にしてーなら、俺は別に止めねーけど」
「12ごう?」
「助太刀は不要だとよ、拾造。俺たちは途中下車でオサラバだ」

12号は胸ポケットから10万円ほど紙幣を出し、無精髭男の膝元に投げる。

「餞別だ。最後はいい女でも抱いて、精々悔いの残らないように死ねや」
「ほんとにおりちゃうの?」
「何だよ拾造、殺しが嫌だって言ったのは手前だろうが」
「まあ、そうだけど」

男は震える手でピースの包装から煙草を1本弾き出し、咥えて火を点ける。

「……仕方ないだろ、鉄砲玉なんだから。生きて帰る気なんか毛頭ねーよ」
「ハ! 頭ぁ狙われて、空撃ちでビビッた弱チンがよく言うぜ。その程度の度胸で何人殺せるもんかねぇ。1人も殺れずにくたばる未来が見えるな」

12号は身を転じて車外に両脚を投げ出すと、座面に寝そべり男を見上げた。

「それでも、やるしかねえだろ! 仲間が裏切って、組のモンが次々攫われ拷問されて殺されて、オレ様だけが1人おめおめと生き延びたんだぞ!」
「結構なことじゃねーか。人間命あっての物種って言うしな」
「仲間に顔向けできねえだろ! オレ様だけ死に損なっちまったんだぞ!」

無精髭男は太眉の両目に涙を滲ませ、12号を見下ろして声を張り上げた。

「12ごう。おじさんのこと、あんまりいじめちゃだめだよ」
「だーもう12号12号うっせーよ。いい加減に番号で呼ばれんのも癪だな」

12号は目を閉じて後頭部に両手を組み、両脚をパタパタ交互に振り上げた。

「俺の良い名前、どっかに転がってねーかな。いっそ昔の名前でも使うか」
「……昔の名前だと?」
「そーそー。俺がこんな体になっちまう前、生身があった頃の……おっと」

12号は黒衣の胸を摘まみ、忌々しそうな顔で説明しかけて、ルームミラーを見上げると口を噤んだ。座面の上で寝返りを打ち、片手を枕に息をつく。

「いや、俺も新しい名前が良い。新しい自分に生まれ変わるのも悪くねえ」
「もしかして、お前たち生身じゃないのか」
「今頃気づいたのか、鈍臭ぇヤツだな」
「ひょっとして改人か?」
「おれたち、せんとうようかいぞうにんげんじっけんたい12ごうと13ごう」

無精髭男が拾造に振り向いて、彼が場違いに無邪気な笑みでピースする姿を見て戦慄した。改人の、殺し屋。戦闘服をまとう、血に飢えた人形。武器を手足のように扱い、殺しを日常会話の気軽さで語る。凄みが漂っていた。

「聞かねーでいいこと聞いたなオッサン。俺たちゃ元々は不具(カタワ)の戦災孤児で、よく分からん研究組織に改造された傭兵だ。首輪付きのな」
「まあ、さっきだっそうしてきたばかりなんだけど」

無精髭男の膝から紙幣が崩れ落ち、彼は天を仰いで両目を荒っぽく拭った。

「何てこったクソッタレ……それもこれも戦争が……みんな戦争が悪いんだ」
「おじさんも、なにかせんそうでいやなことがあったの?」
「俺は対馬の防衛隊(サキモリ)でよ。朝鮮人民軍は来るわ、人民解放軍は来るわ、ミサイルは飛んでくるわ、捕虜には取られるわ、最悪だったぜ」
「オッサン、今まで良く生きてたな」
「嘘みてえだよな。戦争が終わって故郷に帰る頃には、平和に暮らしたいと思ってたはずなのに。流れ流れて今じゃ3次団体の組員なんかやってらぁ」
「ふーん。おじさんもいろいろたいへんなんだね」
「で、今から生きて帰る見込みのねえ戦場に行くっつーワケか」
「それだって理由を辿れば、戦争が原因だ。組のモンがよ、今の仲間たちと昔の部隊の上官を天秤にかけて、昔の上官を選んだのさ。そいつは愚連隊でオレ様たちの組と争っててよ、仲間は元上官に金や物資や情報を流してた」

男は悔しげに双眸を細め、黒スーツの袖で何度も両目を拭う。

「ガキども……何で俺だけ生き残ったか、わかるか? 俺とその馬鹿野郎も部隊で同期だったんだ。軍隊の絆は一生の絆? 下らねえ! あんな地獄に俺は感傷なんか持っちゃいねーが、あいつは違った。あいつは俺を愚連隊に引き込もうとして、その脇じゃ仲間を次々と血祭りに上げていって……」

無精髭男は煙草を灰皿で揉み消すと、紫煙を吐きながら頭を振った。

「折角生き残った命、どー使うかは手前の勝手だけどよ、オッサン」
「オッサンって言うんじゃねえ! オレ様はまだまだ現役だッ!」

男はカッと目を見開くと、12号と拾造を順に指差して唐突にキレた。

「オレ様はヤクザだ。楠瀬一家忍田組若中、長谷川、喬士(タカシ)だ!」

無精髭男改め長谷川喬士は、親指で自分を指差して声高に見栄を切った。

「オレ様のことは、長谷川のアニキと呼んでもらおうかいッ!」
「ハァ? くっだらねえごっこ遊びだなぁおい。これだからヤクザは」
「そしてクソガキ! 貴様の名前は『吹』く『雪』と書いて、吹雪だッ!」

喬士が確信に満ちた顔で指差し断言した名前に、12号は無言で目を見張る。

「ふぶき!? それが12ごうのあたらしいなまえ!? かっこいいっ!」
「吹……雪……だと……!」

戦闘用改造人間実験体12号改め、吹雪。美しくも荒々しいその響きに、彼は居ても立ってもいられずに上半身を跳ね起こし、唖然と喬士を見つめた。

「おうよ、クソ生意気なメスガキ! 貴様の銀髪と、雪女のように生白くて麗しくも冷酷な女王の貌、制御不能な野蛮さ、正に吹き荒れる雪嵐ッ!」

喬士が腕組みして目を閉ざし、鼻息荒く言い切る。瞼の裏では、雪中行軍で互いに肩を貸して歩きながらも、暴風雪に倒れる兵隊の任侠風景が浮かぶ。

「なんだかよくわかんないけどすごい! おじさんあたまいいね!」
「だからオレ様はオジサンじゃなくて長谷川のアニキだっつってんだろ!」
「吹雪。そうか、俺の名前は、吹雪」

吹雪は噛み締めるように呟くと、特殊繊維グローブを嵌めた両手を開いては閉じることを繰り返し、白磁のような人工肌の貌を撫でて笑みを浮かべた。

「何だぁクソガキ? このオレ様のセンスがご不満か?」
「悪くない。あるべき物を取り戻したように……身体に馴染む響きだ」
「なんだかすごくしっくりくるよ! きれいなのにかっこいいひびき!」
「いいぞ、もっと俺を褒めろ! 今日からお前たちは俺の舎弟だ!」
「誰が手前の舎弟になったって?」

吹雪はグローブボックスの中型拳銃を掴み、喬士の喉元に食い込ませる。

「吹雪って名前は貰ってやる。だがな、俺たちゃもう誰の下にもつかねえ」

喬士は紫煙を吹かして灰皿に煙草を突き立てると、腕組みして考え込む。

「人の上に立つを得ず、人の下に就くを得ず、路辺に倒るるに適す。そりゃ要するに武士道だ。武士道ってのは要するに極道だ。ようく分かったよ」

喬士は連想ゲームで勝手に納得し、厳かな顔で頷くとエンジンをかけた。

「俺はただの復讐がしたいんじゃねえ。俺たちの戦争を、終わらせるんだ」

吹雪が悪い笑みを浮かべ、グローブボックスに拳銃を投げ込むと、シートに座り直しドアを閉じて、ダッシュボードに両足を投げ出した。後部座席では拾造がドラコ拳銃のボルトハンドルを往復させて、薬室に初弾を装填する。

「血の池地獄にゃ水先案内が必要だ。お供しやすぜ、名付親(オヤジ)」
「12ごうがいくなら、おれもついてくよ。はせがわのあにき」
「ったく、調子の良いヤツらだよ、お前らは」

喬士が気恥ずかしそうな苦笑をこぼすと、車を走り出させた。


【5】


夕暮れの港湾地帯。旧首都圏が核攻撃で失われた現在、日本最大の港である中京港に立ち並ぶ倉庫や荷役、スクラップヤードなどの集積施設。埋立地の中央に建つ中京港湾労働者福祉センターは、悪党垂涎の一際大きな利権だ。

一見すると、食堂と売店と会議室しかない平和な保養施設は、周辺施設への日雇仕事を斡旋する手配師が集い、彼らを当てにして仕事を求める底辺層の貧困労働者が集まり、底辺層の求める麻薬や煙草や密造酒や女を扱う売人が辺りで客を取り、それらを暴力で〆て上前を撥ねる連中の縄張りとなった。

役人と悪党の慣れ合う微温湯の地獄では、大抵の悪事凶行が目を瞑られる。

これまで地獄の支配者であったのは、戦後日本の巨大暴力団、中京仁政会の直参である二次団体の楠瀬一家だった。正確に言えば、楠瀬一家の若頭たる忍田天外と、彼が組長として君臨する三次団体、忍田組の縄張りだった。

忍田組は傘下に暴力装置として動く4次団体を抱えつつ、センターを中心に周辺の港湾地帯の闇稼業を仕切り、縄張りを冒す者は暴力で排除してきた。

「そこに現れたのが七海貿易(セブンシーズ・トレーディング)だ」
「外人か。愚連隊と言ったから、俺はてっきり復員兵どもと思っていたが」

埋立地に向かう湾岸道路、助手席で吹雪が言うと、喬士は鼻を鳴らした。

「形としてはそうさ。だが頭で仕切ってんのは外人だ。復員兵どもは荒事に慣れてて仕事は無くて金に困ってる連中が多いから、金さえ貰えりゃ上司が何人だろうと無関心なヤツも珍しくない。オレ様の場合は日本人だったが」
「まあその辺は運次第ってとこか。乗っ取られた理由は何だ?」
「忍田組が、傘下に4次団体を持ってるって話はしたよな。連中、手始めにそこから切り崩しにかかった。4次の連中は、港湾地帯を見回る兵隊として扱き使われてたからな。金をちらつかせて愚連隊に人を引き抜いたり、拒むヤツはリンチしたり、殺して見せしめにしたり。軍隊らしいやり口だろ」
「いよいよ手下を使い果たしたもんで、上部組織に食い込まれたってワケ」
「そういうこと。とはいえオレ様たち忍田の組員(モン)は、外人だろうが日本人だろうが縄張りを金で売り渡すほど、男気は腐っちゃいねえのさ」
「そこに、昔の上官部下の間柄(しがらみ)が絡んで来たってことか」
「国を動かすなら、土地の人間を使えってな。敵ながら頭の切れる連中だ」
「むずかしいな。はなしがややこしくて、あたまがばくはつしそうだ!」

拾造が後部座席で頭を抱え、足をバタバタさせて車を揺さぶった。

「つまり、おれたちがいまからたたかうあいては、あにきにとってもともとなかまだったやつらじゃないのか? ほんとうにころしてだいじょうぶ?」
「木偶の坊かと思いきや、ちゃんと分かってるじゃねえか」
「拾造は自分で言うほど馬鹿じゃねーよ。ここ一番では頭の切れるヤツだ」
「おれ、あたまはからっぽの、のうなしだけどね」
「ともかく、話の筋道としては、昨日の友は今日の敵さ。昔は仲間だったが今は違う。理由はどうあれ、組を足抜けした連中にかける情けはねえ」
「で、相手の人数は何人ぐらいだ?」
「正確には分からん。軽く数十人は居るかもな。ともかく、ランドマークのセンターを裏切り者の血で真っ赤に染めて、邪魔者はサッパリ掃除するのがオレ様の仕事ってワケだ。死ぬ気でカチこめってこと。分かり易いだろ?」
「俺たちにとっちゃ朝飯前だが、普通は1人でやる仕事じゃねーわな」
「親父の最後の悪足掻きさ。他の組に頼るってことはよ、行く行くはそこにシマ取られるってこったからな。オレ様だけ生きてんのはおかしいだろって嫌がらせの意味も、当然あるわな。裏切り者扱いで死んで来いってこった」
「そのくみちょうも、ぐんじんなのか?」

何気なく問うた拾造の言葉に、吹雪と喬士が同時にルームミラーを見た。

「よく分かったな。親父は確か、朝鮮の戦闘の指揮がうんたらかんたら」
「軍隊上がりばっかだな、どいつもこいつも」

車窓を眺める吹雪がうんざりしたように呟いて、車が人工島に繋がる端へと差し掛かった頃、道路脇の倉庫とその向かい側に建つ鉄塔の付近で、喬士が何かを探すように視線を巡らした。道路脇に屯する男たちが車を見ていた。

「気づいたか。監視役だ」
「お前、向こうに車バレてんのか?」
「だろうよ。連中はオレ様たちの組の傘下、顔見知りどもが多いからな」
「正面玄関に1個師団が待ち構えてたりしねーだろーな」
「ねーな。忍田組で動けるモンは限られてるし、連中は舐め腐ってる」
「まさか正々堂々ハジきに来るとは思ってねーと?」
「状況が裏返しなら、俺だってそう考えるさ」
「多人数相手の野戦じゃ分が悪いな、早いとこ中に入ってお楽しみだ」
「見通しが悪い屋内での近距離戦かよ。ぞっとしねえ」
「だから良いのさ。接近戦は俺と拾造の十八番(オハコ)だ」

吹雪はそう嘯き、剣鉈を抜いて刃を研ぐように黒衣の袖で何度も擦った。

「手持ちの武器が少ねぇから、弾切らしたら現地調達だぞ」
「ああ、場当たり的で作戦もクソもねえな。対馬で戦ってた頃を思い出す」
「いきなりおっ死なねえように精々気張れよな。俺と拾造が本気で走ったらオッサン置いてきぼりになるぞ。正面に手榴弾で露払いしとくか」
「中はあんまり壊すなよ。後片付けが大変だからよ」
「時と場合による」

吹雪と喬士がそこまで打ち合わせたところで、車が急制動して路肩に停車。

「ゲートの向こう、白い建物見えるだろ?」
「早速来てるぜ。拾造!」
「いこう、ふぶき!」

拾造が喬士に散弾銃を渡し、自分はドラコ拳銃とK1A機関短銃を両手持ちでドアを蹴り開ける。吹雪は左手に剣鉈、右手に9mm機関拳銃を持ち、次々と車を飛び出した。視界を隔てる緑地が途切れた小さな舗装道路、正面に続くセンターの敷地の前に、鉄格子の門が閉まっていた。大人の肩の高さ程度で拾造と吹雪なら容易に乗り越えられるだろう。門の前で、歩哨に立っていた56式自動歩槍で武装する男が3人、銃を構えて拾造たちに突き進んで来る。

「長谷川あああッ! 手前何しに来たコラアアアッ! ぶち殺すぞォッ!」
「カチコミじゃあこのド腐れどもがあああッ!」
「オッサンは弾数が少ねぇんだ、まだ撃つなよ!」
「オッサンじゃなくて長谷川のアニキだろ!」

吹雪と拾造の疾走が喬士を一瞬で突き放し、56式を構える歩哨たちに2体が躍りかかる。拾造は体格の良い者の胸板を目がけて膝蹴り、車の衝突じみた運動エネルギーで男が吹き飛び、背中から鉄門に叩きつけられ崩れ落ちる。

「死ィッ!」

吹雪はダマスカス模様の剣鉈を振るい、細っこい若者に跳躍し飛びかかると掬い上げるような斬撃で首を切断。残る3人目がストックを畳んだ56-1式を腰だめに、銃口を彷徨わせる。吹雪が懐に潜り込み、剣鉈で脇腹を一突き。

「グウッ!?」

生き残りの男が刺された脇腹を押さえつつ、片手で銃を乱射。散弾銃を抱え息を切らして駆ける喬士が、足をもつれさせ地に伏せる。吹雪は踊るように男の背後へ回り込むと、後頭部に剣鉈の延髄斬りを極めて絶命させた。

「何へばってんだ腰抜けッ! 撃たれたぐらいでビビってんじゃねえ!」
「うるせーッ! 撃たれたら怖いじゃねえかーッ!」

喬士が身を起こして喚き、息を切らしながら2体の元へ駆ける。拾造は門にもたれた男の首を蹴って圧し折ると、門を盾にして両手持ちの銃を構えた。

「何だ!?」
「襲撃だ!?」
「どこのカチコミだ!?」

拾造たちの居る西入口から、直線距離で50メートルほど離れた向かいにある東入口で、歩哨に立っていた兵士たちが異変を察し、泡を食って駆け出す。

「射線が通ってるぞ! オラ、散弾! 全部ブチこめ!」
「さっき弾を節約しろって言ったじゃねーか!」
「今が使い時だってんだ! 予備の銃ならそこにAKが転がってんだろ!」
「チクショウ!」

息せき切って追いついた喬士が、拾造の隣に進み出て鉄門に散弾銃の銃身を預けると、引き金を絞りっ放しで先台をがむしゃらにポンプ。5発を一気に連射(スラムファイア)し、12ゲージの鹿玉(バックショット)を迫り来る人影たち目がけてばら撒いた。2人が倒れ、敵弾が鉄門に刺さって爆ぜる。

「ギャアッ!?」
「だいじょうぶ!?」
「ま、まだ生きてるッ!」
「拾造、まだ手榴弾は投げるな! 出来るだけ敵を吐き出させろ!」

吹雪が叫びつつ、剣鉈を血払いして鞘に戻すと、機関拳銃を手放して足元の56式を拾い集める。ストック付きの1挺を喬士に投げ渡し、もう1挺は自分の武器とした。折り畳みストックの1挺は予備に抱えて、鉄門に駆け寄る。

「「「オラアアアアッ!」」」

鬨の声を張り上げて、センター正面玄関から飛び出してくる兵隊たち!

「オッサン、手前は後ろを見てろ! 挟まれるまでが勝負だぜ!」

吹雪は喬士の隣へと滑り込むと、鉄格子の隙間から56式の銃口を突き出して銃床を肩付けした。左手でV字を象り格子に押し当て先台を支え、迫り来る敵の胸から上を狙ってセミオート連射。誰かの顔が爆ぜて血飛沫が舞う。

「頭いったかぁ!?」

吹雪が野蛮な笑みを浮かべて叫ぶ。その右隣で喬士は、銃を抱えると背中を門に預けて、力無く蹲った。その右隣では、拾造が右手に持つドラコ拳銃をセミオートで、左手の機関短銃は3点射(バースト)で、2挺で機械のように淡々と連射する。2体は確殺を問わず、敵に当てて転がすことに専念した。

「マシンガンッ!?」

鉄門の上から敵地を見渡す拾造の視界の隅、屋根に数名の兵士が現れたのに気付くと、拾造は左手の機関短銃を屋根に向け、ピタリと保持して3点射。

「このきょりなら、こっちからでもとどくよ!」

屋根の上で血煙が舞い、機関銃手が倒れ伏す。仲間の機関銃を取ろうとする他の兵を見て、拾造は照準を滑らせて3点射をもう2回。1人が倒れて、1人は体勢を崩して屋根の淵から落ちる。数秒の出来事だった。拾造は弾切れした機関短銃を足元に投げ捨て、ドラコ拳銃を両手持ちして正面に撃ち続ける。

「あにき、じゅう!」
「ハァ!?」
「ごーごーろく、たまぎれ! そこのAK、おれにちょうだい!」
「わ、分かった!」

身を竦ませてビビり上がっていた喬士が、吹雪の傍らに立てかけられていた56-1式を手にして拾造に差し出す。拾造が受け取ると、左手に小銃、右手に拳銃のAK2挺持ちで連射。吹雪は歯を剥いて笑い、セミオートで断続射撃。

「そろそろいいかな!」
「まだだ! もう少し引きつけろ!」
「あんまりよくばりすぎると、おれたちかこまれちゃうよ!」
「いたぞ、あそこだ!」
「死ねエエエッ!」
「や、ややややったらああーッ!」

敷地外の道路側から声が響いて男たちが姿を現すと、喬士が屈み込んだまま56式を腰だめに構えて横薙ぎにフルオート。拾造が左手で前方に撃ちつつも肩越しに振り返ると、右手で瞬発射撃(スナップショット)。ドラコ拳銃が竜のように火を噴いて、駆け寄る男の1人の頭が弾け、膝から崩れ落ちる。

「ふぶき! もうげんかいだよ!」
「しゃーねーな、花火ブチかましたれ!」
「おっけー!」

拾造が弾切れの56-1式を手放し、黒衣の懐からM67手榴弾を抜いて、弾体を逆手に握ると安全ピンを噛んで引き抜き、だだっ広い駐車場に投擲する。

「しゅりゅうだん! ばくはつしたらはしるよ! あにき、ふせて!」
「ウ、ウオオオッ!?」

拾造が吹雪を庇うように片腕を回して伏せ、喬士が頭を抱えて身を低める。

腸の底に響く爆轟音が響いた次の瞬間、拾造と吹雪は跳躍して鉄門を身軽に乗り越え、センター敷地内へと駆け出していた。2体の機械の目に、人体の一部や血飛沫が空を舞う様が克明に映る。拾造はドラコ拳銃をもう数発だけ撃つと潔く捨て、進路上の死体から適当な銃を2挺剥ぎ取り、先を急いだ。

「アァッ!?」

喬士がへっぴり腰で身を起こすと、吹雪と拾造の姿は無い。彼は肩の高さの鉄門を見て顔を顰め、銃を手に門扉を攀じ登ろうとしたが叶わず、門の脇の緑地帯に身体をねじ込むと、泥塗れの擦り傷塗れで何とか侵入して走った。

「お、置いてかないでくれよーッ!」

彼の走るだだっ広いセンター前の駐車場には、見覚えのある顔ぶれが死体か殆ど死体になりかけた惨状で転がっており、喬士は目を閉じて駆け抜ける。

「ウーッ! ウーッ! 恨むなよーッ! お前らのせいなんだからなッ!」

苦悶と断末魔を背後に残し、悲鳴と銃声轟くセンターへと喬士は走り込む。


【6】


吹雪が前衛、拾造が後衛。タイル張りの床を踏みしだいてセンターの玄関に駆け込む2体の前に、M16小銃やM4カービン銃、89式小銃を携えた男たちが殺到して銃口を向ける。先行する吹雪が56式を横薙ぎにフルオート、一瞬で弾を撃ち尽くすと銃を捨て、首から下げた機関拳銃と腰の剣鉈を手に取る。

「何だこいつら!?」
「どこの組のモンだッ!?」
「一体どこから入って来やがった!?」
「死ィィィッ!」

吹雪が左手で剣鉈を抜きながら跳躍し、壁を蹴って宙に身を翻す。男たちがその姿を視線と銃口で追っている後ろで、拾造が両手に携えたM70B2小銃を交互に点射して牽制し、吹雪が男たちの頭上から機関拳銃で撃ち下ろす。

「「「グギャアアアッ!?」」」

問答無用。1個分隊ほどの兵が散開する暇も与えられず、立て続けに撃たれたたらを踏む。密集陣形の中心に吹雪が着地し、右手の機関拳銃を横薙ぎに円を描いて乱射。弾切れの銃の負い紐を握って首から外し、投石器のように振り回すと、手近な男の顔面に重い一撃を浴びせた。左手の剣鉈を振るって鎌鼬のように駆け巡り、男たちを切り刻み、流血がタイル床を赤く染める。

「た、助けてくれーッ!」
「逃がすかよ!」

吹雪は血塗れの89式小銃を拾うと、背を向けて逃げる男を腰だめで照準してフルオート連射。男が歪なダンスを踊り、銃を放り出して崩れ落ちた。

「一体何の騒ぎだ!」
「忍田組の悪足掻きか!?」
「何でもいいからブチ殺せ!」

センターの奥から複数人の足音が打ち鳴らされ、第2波が吹雪と拾造の前に押し寄せる。営業時間を過ぎて閉ざされた売店を通り過ぎて、拾造は吹雪は銃を構えて移動射撃(ウォーキング・ファイア)。先制攻撃で圧倒する。

「先に行くぜ、拾造!」

吹雪は闘争本能を堪え切れない様子で叫んで駆け出し、跳躍して壁の絵画を蹴り壊しながら更に跳び上がり、空中で体勢を入れ替えて更に天井を蹴ると反対側の壁に飛び込んで蹴り渡り、小銃を撃ちつつ廊下に螺旋軌道を描いて男たちに急速接近する。拾造は2挺の小銃を拳銃のように構えて、さながら自走式対空砲の水平射撃じみて鈍重に、弾をばら撒きつつ徐々に近づく。

「こいつら、一体何なんだッ!?」
「改、造、人、間! 死ィィィッ!」

吹雪は落下の勢いを活かして剣鉈を振るい、1人の男の上顎から上を切断。

「死ねエエエッ!」

狂乱した1人の男が、M4カービンを腰だめで乱射。吹雪が昆虫じみて素早く斜めに跳ねると、男の銃口が彼を追って横薙ぎに振り回され、周囲の仲間が撃ち抜かれて血を噴き崩れ落ちる。続く拾造の支援射撃が残党を狩った。

「ぐうッ……げぼッ……グギャッ!」

M4を下敷きにして這いずる男の背中を、吹雪が踏みつけにする。男の片脚は付け根から切り裂かれて変な方向に曲がり、這いずる床に夥しい流血の筋を描いていた。吹雪は身を屈めて剣鉈を叩きつけ、引き抜いて血払いした。

流れ弾で割れたガラスが音を立てて崩れ落ち、一帯が死の静寂に包まれる。

「ウオッ、ウオッ……ウオオオッ!」

背後から響く叫び声に、拾造と吹雪が同時に足元の銃を掴んで振り返った。

「チクショーッ! 何だこれ、何だこれーッ! クソッ、クソーッ!」

2体の構える銃口の向こう、足取りをふらつかせて現れたのは、喬士だ。

「……腰抜け野郎が」
「ふぶき?」

吹雪はアルミ合金の擦り切れたM16A1カービン銃を構え、不愉快そうな顔で1発撃った。M855弾(グリーン・チップ)が唸り、喬士の足元で弾け飛ぶ。

「う、撃つな! 俺だ、俺だよ!」

喬士が56式を握った手を挙げて歩み寄ると、吹雪がカービン銃を構えた。

「手前、何て情けねえ面してやがるんだ、エエッ!?」

喬士は両手をだらりと垂らし、酸鼻を極める惨状を見渡して後悔するような表情を見せた。彼の脳裏に戦場の記憶が再燃し、胸を押さえて嘔吐する。

「今更何のつもりだ! これがッ! 手前が望んだことだろうがッ!」
「分かってる! 分かってるさ! 分かってるけどよ!」

本当に殺ってしまった。自分1人のエゴで、数ダースもの人間の命が無惨に奪われてしまった。お互いにそうする気でいた。分かっていたはずなのだ。

「俺たちの戦争を終わらせる! 手前はそう言ったな! その手前が死体を見て怖気づくのか!? 舐めてんのか! 手前の覚悟はそんなもんか!?」
「ふぶき、もういいでしょ」
「良かねえッ! こいつの態度は、戦争を、俺たちを、侮辱してやがる!」
「そういうはなしは、たたかいがおわってから、ゆっくりしよう」

拾造が手にしたミニ・ウージー短機関銃を吹雪に差し出し、廊下の向こうの自販機コーナーを顎で示した。上階からバタバタと足音が響いていた。

「チッ。人を便利に使っておきながら、手前は聖人君子気取りか? 本当にムカつく野郎だぜ、吐き気がする。精々這いつくばってメソメソしてろ!」

吹雪は拾造の手から短機関銃を引っ手繰ると、カービン銃を拾造に押し付けそう吐き捨てた。拾造は膝立ちで呆然とする喬士を一瞥し、足元の死体から使えそうなM4カービン銃を引っ張り出すと、背を向けて銃を両肩に預けた。

「あにき。さいごのけりは、ちゃんとじぶんでつけてね」

2体は喬士を振り返らずに歩み出し、自販機コーナーに歩み入る。敵の姿は見えないが、気配がある。拾造は頭上を仰いだ。2階へ続く階段だ。拾造がM16A1の銃口で上階を示すと、吹雪が頷いて先行した。2体は足音を殺して階段に面する壁沿いに進み、階段の手前で腰を低めて静止。気配を窺う。

上階から聞こえる用心深い足音と共に、板金鎧じみた重厚な足音が聞こえて2体が顔を見合わせる。何か嫌な予感がする。音が停まった。互いが互いの隙を窺っている。拾造が片手の銃を置き、黒衣の胸元から手榴弾を取り出し安全ピンを抜いた。吹雪が短機関銃のセレクターを弾き、3つ指を立てる。

3、2、1……。

吹雪が床を蹴って跳び、壁を蹴って更に跳躍。短機関銃のセミオート射撃で2階の階段前に溜まっていた兵たちに銃撃を浴びせ、彼らを誘き出す。

「いたぞ!」
「相手は1人か!?」
「殺せ!」

何人かの足音が、階段を駆け下りる。拾造は手の内で手榴弾の撃発レバーを作動させ、2秒数えて階段に放り投げる。吹雪は階段側の壁を蹴って更なる高みへ跳躍すると、セミオートで撃ちながら1階へと落下して回転着地。

「ウオーッ!?」
「手榴弾!?」
「逃げ――」

爆発。男たちは逃げ出す間もなく、爆風に呑まれて手足を飛び散らせる。

「行くぜ!」

復帰した吹雪が拾造に駆け寄って肩を叩き、拾造が両手にカービン銃を持ち頷いて駆け出す。2体は銃を構えて階段へと突き進み、残党に銃撃した。

その時だ。手榴弾の薄らと白い硝煙をかき分け、重機が蠢くような金属音を立てて、迷彩塗装の無骨な鋭角の装甲をまとう人型が姿を現したのは。

「32式装甲服・金剛狼! 人民解放軍の強化外骨格じゃねーか!」

1機の強化外骨格を装着した兵士が、67-2式通用機槍の弾薬ベルトを音高く鳴らして階段上に仁王立ちし、王者のように君臨し、階下の吹雪と拾造とを厳かに睥睨した。戦車を囲む随伴歩兵めいて、小銃兵たちを引き連れて。

「やばいぞ!」
「クソッタレ!」

拾造と吹雪は咄嗟にフルオートで乱射。金剛狼の周囲を取り巻く随伴歩兵が一瞬で蜂の巣になって倒れたが、中心に佇む金剛狼は火花を散らして全弾を事も無げに弾き飛ばすと、突撃する槍騎兵のごとく銃口を2体に掲げた。

「チクショウ!」
「だめだ、ふぶき!」

拾造は状況判断し、なおも進み出ようとする吹雪を抱えると、階段の半ばで手摺を飛び越えて階下に落ち延びる。背後を、7.62mm徹甲焼夷弾の連射が雷鳴めいて轟き貫いて、階段を下り切った向こうの壁に無数の弾痕を刻む。

拾造は小柄な吹雪を両腕に抱いて身を丸め、階下の休憩スペースに置かれたパイプフレームの机に背中から着地して押し潰す。拾造は衝撃と共に視界へノイズが走り、小さく呻いて身を起こす。吹雪は拾造の腕の中から勢いよく飛び起き、不服そうな顔で拾造の胸倉を掴んだ。外骨格の足音が迫る。

「拾造お前、無茶しやがって!」
「いったたたー。まあいたみはかんじないんだけど。うえ、まだいるよ」

拾造の言葉に吹雪が反応し、床を蹴って更に壁を蹴り、自販機コーナーから狭い廊下へと逃れる。拾造はバネ仕掛けのように起き上がると、その勢いで宙返りしてテーブルを飛び越え、タイル床に手を突き再び宙返り。金剛狼のベルト機関銃の連射を連続宙返りで躱すと、吹雪の後を追って逃げる。

「外骨格が居るなんて聞いてねーぞ! どうすんだ!」
「てもとにあるのは、しゅりゅうだんが1ぱつだけかあ……」
「冗談! そんなチャチな道具で殺れる相手か! 対戦車弾が居るぜ!」
「そんなもの、そうつごうよくころがってるわけないんだよなあ」
「チックショーッ!」

吹雪が叫んで拾造から先行し、廊下の4面を蹴り渡って玄関を目指す。

「ちょっとふぶき! どこいくつもりだよ!」
「命あっての物種だろ! 逃げるんだよおーッ!」
「おれそんなにはやくはしれないんだけど!」

ぼやいた拾造は、背後に迫る金属の足音に戦慄を覚え、手近な会議室の扉を突き破って飛び込む。一瞬遅れて、機槍の連射が廊下を滅茶苦茶に貫いた。

「ひゃー、あぶないあぶない」

拾造が転がりながら身を起こし中腰でぼやくと、べちゃりとブーツの靴底に貼りつく異物の感触に眉根を顰める。入口からは死角になる壁に身を寄せて靴底を見ると、どこかで踏んだガムの白い残骸が、ブーツの底にべったりと貼りついていた。拾造はグローブの指でガムの塊を引き剥がすと、指の腹で潰して粘りつく様を眺め、瞬間的に思い巡らす。ガム、手榴弾、粘着榴弾。

拾造の機械の脳内に、迫撃砲の至近弾を受けた装甲バンが、壁が飛散させて武装要員を殺傷した情景が思い出される。装甲の安全性は絶対ではない。

「そうか。そのままじゃやくにたたなくても、ばくやくとしてつかうなら」

賭けてみる価値はある。少なくとも、このまま成す術なく死ぬか、ましてや眼前の敵から逃げ出すかの2択問題よりは、ずっと面白味があるだろう。

「けど、おれぶきようだから、きっとうまくできない」

拾造は手の甲で壁を叩いた。コンクリートは分厚い。壁を破って隣の部屋に逃れるのは無理だ。入ったところから出るしかないだろう。どうする。

金剛狼の足音が、入口で止まった。機槍を持ち上げる金属音。出てくるのを待っているのだろうか。自分の勝利を確信し、敵を甚振っているのだ。

狙うのは頭だ。その他では効果が薄い。自分ののろまさで出来るだろうか。

「クラアアアァーッ! クソッタレ外骨格野郎ォーッ!」

5.56mmのけたたましい連射音が鳴り響き、金剛狼の装甲で立て続けに跳ね虚しい金属音を撒き散らす。吹雪だ。金剛狼が入口の向こうで身じろぎして機槍を連射する。今しかない。拾造は吹雪に感謝し、入口から飛び出した。

突進の勢いを乗せて、ベルト機関銃を左足で蹴り飛ばし、渾身の力を込めた右手で鉄兜の側頭部に正拳突き。外骨格が轟音を上げて脳を揺さぶられる。

「おっと!」

金剛狼がたたらを踏み、スレッジハンマーじみて裏拳を繰り出すと、拾造はバック宙返りで身軽に躱して、廊下を駆け出す。衝撃は効果がありそうだ。

廊下の向こうへ跳び込み前転して、背後の銃火を何とか回避。起き上がった拾造の前に、吹雪が今まで見たことのない不安そうな表情で立っていた。

「拾造……」
「ありがとうふぶき。かんいっぱつでたすかったよ」
「手大事な時にのろまなヤツめ、この大馬鹿野郎ッ!」
「あとにして。あれをたおすほうほう、おもいついたかもしれないんだ」

拾造はグローブの指に粘りついたガムを示し、真剣な顔で吹雪に告げた。

「でも、おれのさくせんがせいこうするためには、ふぶきのちからがいる」


【7】


喬士はトイレの個室に閉じこもって拳銃を握り、身震いして泣いていた。

「チクショウ、チクショウ、チクショウ……こんなはずじゃなかったのに」

男らしく乗り込んで、殺して殺されて。それで終わりだったはずなのに。

「クソッ! どうして俺の人生、こう上手く行かないんだ!」

何もできなかった。何もできない間に状況が動いて、自分の手の届かぬ所で勝手に状況が動いていく。昔からそうだった。軍隊でも、ヤクザでも。

無骨な物音と激しい銃声が通り過ぎ、喬士は拳銃を握りしめて声を殺した。

「俺は、死ぬのが怖いのか?」

いつも怖気づくのだ。大事なところで。組のために命を張るなんて、口じゃ格好つけてはみせたが、乗り込む勇気が無くて、車で当ても無くグルグルと走り回って、最後の時を何とか引き延ばそうと立小便をしたんじゃないか。

あにき、さいごのけりは、ちゃんとじぶんでつけてね。

のっぽの改人が背中で言った言葉を想起し、喬士は銀色の中型拳銃を右手に握って天を仰ぎ、奥歯を噛んで悔し涙を流す。何てカッコイイのだ。それに比べてこのオレ様の体たらくは、何と格好悪いのだ。喬士は涙を拭った。

喬士はピースの包装から煙草を弾き出して咥え、震える手で火を点けた。

「最後の1本じゃねえか……」

喬士は黄色い包装を握り潰して捨てると、紫煙を吹かして腹を括った。

「死ぬのが怖くて、ヤクザが出来るか!」

拳銃を大便器のタンクに横たえ、黒スーツの懐を手探る。取り出した道具は一振りの合口(ドス)。拳銃と合口。男(ヤクザ)にはそれがあればいい。

「……やるか」

喬士は合口の刀身を白鞘に納めて懐に戻すと、銀色のベレッタを掴み取って個室の扉を開いた。男一匹、命捨てがまるは今ぞ。怖い物など何も無い。

手洗いの蛇口を捻って顔を洗い、スーツの袖で荒っぽく拭って鏡を睨んだ。

「俺は、俺の戦争を終わらせるんだ」

トイレの出入口に立つと、ドアが独りでに開かれた。ドアの向こうには男が1人立っていて、喬士を恐れるような顔で見つめていた。仇の、先ず1人目。

「斎藤おおおおおッ!」

喬士は激昂に顔を歪めて鋭く踏み込み、丸刈りの男の顔に拳銃のグリップを叩きつけた。彼が手にした89式小銃を構えて、自分を撃ち抜くより早く。

「長谷川あああああッ!」

斎藤は拳銃でこめかみを殴打され、たたらを踏んで後退る。喬士はすかさず距離を詰めると、左のフックを撃ち込む。斎藤が頭突きを返し、怯えた顔で小銃を構えようと持ち上げたところで、革靴の蹴りが銃を弾き飛ばした。

中型拳銃が火を噴いた。斎藤の迷彩服の太腿を撃ち抜き、膝を突かせる。

「ぐおおおッ! 長谷川ああああッ!」

1発、2発。身体に撃ち込み、倒れた斎藤が小銃に伸ばそうとした右腕を狙い更にもう1発。斎藤が腕を押さえて悶える。喬士は紫煙を吐き、冷酷な顔で斎藤を見下ろして拳銃を突きつけた。顔面を狙う照準線が震えていた。

「この恩知らず! 手前なんか対馬でくたばっちまえば良かったんだ!」
「裏切り者が! 手前こそいつまで戦争ごっこやってるつもりだコラァ!」

喬士は拳銃をスーツの腰に挿すと、89式小銃を拾い上げて斎藤を狙った。

「……刀禰はどこに居る」
「ぐ、軍曹は……」

斎藤が言い淀んで左手を懐に伸ばすと、喬士は斎藤の左肩を撃ち抜いた。

「うがああああッ!」
「俺の戦争はとっくに終わってんだ。俺は手前らの戦争も終わらせに来た」
「は、ははは……戦争は、終わらないさ……銃と、人と、争いがある限り……」
「刀禰はどこに居る」
「2階の突き当り、理事長室……」

斎藤が引き攣った笑みを浮かべて、譫言のように告げた。

「そうか」
「なあ長谷川。腹が、苦しい。そろそろ、止めを刺してくれないか……」
「手前だけ楽に死にてえってか?」
「最後の、お願いだから。同期の、よしみだろ。頼むよ……」

斎藤が血に濡れた両手を震わせて伸ばすと、喬士は苦虫を噛み潰したような顔で小銃を構え、斎藤の脳天に至近距離で1発撃ち、脳髄を飛び出させた。

「このウジ虫野郎! そういうのが気色悪いって言ってんだよ、俺は!」

喬士は89式を肩に預けると、咥え煙草で紫煙を棚引かせて歩き出す。薬莢の散らばる自販機コーナーを抜けて、血みどろの階段を登り、2階の廊下へと続く壁を背にして、視覚の様子を窺った。小銃のセレクターを連射に弾く。

戦場に押し寄せる大量の敵軍。成す術ない壊走。捕虜、拷問、屈辱。米軍の介入で何とか生き永らえた惨めな命。今更変えることなどできない過去。

「そうだよ、俺は情けねえ、覚悟もねえヘタレだよ」

喬士は懺悔めいて呟き、双眸を殺意に窄めて小銃を構え、廊下に突き進む。

「だから、最後くらいはどうか、潔く、男らしく、死なせてくれ!」

突き当りの部屋から、足音を聞きつけた男たちがバタバタと躍り出る。

「長谷川あああああッ!」
「そこをどきやがれえええええッ!」

指切り点射が繰り返し弾かれ、男たちが銃を構える間もなく、5.56mm弾が彼らの胸を突き破って鮮血を撒き散らす。喬士は倒れた男たちに駆け寄ると銃口を下ろし、淡々と全員の頭を撃って地獄に送る。目の前には理事長室。

喬士はドアの手前の壁に身を寄せ、小銃の弾倉を抜いて残弾を確かめた。

1……2……3。

「刀禰えええええッ!」

喬士が小銃を構えて理事長室に踏み込むと、迷彩服にベレー帽を被る剛健な壮年男が、重厚な樫のデスクの裏に間一髪で滑り込み、喬士のフルオートが空を切って弾が切れる。喬士が煙草を吐き捨て、小銃を捨て身を躍らせる。

「長谷川あああああッ!」

今度は刀禰が9mm機関拳銃を構え、喬士の飛び込んだソファをフルオートで撃ち抜く番だった。喬士は絨毯の敷かれた床で極端に身を低め、滅茶苦茶に飛び散るソファの繊維を浴び、薄皮一枚の上方に殺到する銃弾の雨を躱す。

まだ生きてる。弾切れの音と共に生を実感した喬士が、スーツの腰に挟んだベレッタ92コンパクトINOXを抜いた。だが、もうすぐ死ぬ。差し違える。

「死んだか、長谷川一等兵。全く、実に聞き分けの無い下らん愚かな男め」
「刀禰えええええッ!」

刀禰が油断したところで喬士がソファの影から跳ね起き、中型拳銃を構えて滅茶苦茶に撃ちまくる。殆ど外したが、数発が胸を捉えた手応えがあった。

「は、長谷川……」
「刀禰えええええッ!」

喬士は銀色の拳銃を投げ捨て、懐から合口を抜くと、柄の端に小指をかけて走り出す。虫の好かない刀禰の余裕を湛えた顔が、初めて恐怖に染まった。

「長谷川ああああッ!」

刀禰がP220 9mm拳銃を抜いて連射する。喬士は突き進む。豪奢なデスクに飛び上がって土足で踏み躙ると、突撃と落下の勢いを乗せて合口を突く。

「はせ、が、わ、いっ、とう、へい……」
「その名前で二度と俺を呼ぶな! 俺の戦争はもう終わったんだよ!」

胸を深々と斫った合口の柄を喬士が捻ると、刀禰は白目を剥いて痙攣した。

「す、まなか、た……」
「遅ぇよ、謝るのがよ」

喬士はへなへなと後退って、デスクに腰を下ろす。胴を幾重にも撃ち抜いた拳銃の弾は、シャツの下に着た防弾衣が防いでいた。防弾衣は弾を止めるが鋭い刃物には貫かれる。ソフトアーマーを着ていたのが刀禰の運の尽きだ。


【8】


金剛狼の近づく足音が聞こえる。拾造と吹雪は営業後の食堂に潜んでいた。

「おれがおとりになるから、ふぶきはこいつをやつにくっつけろ」

拾造はそう言って、粘っこいガムの残骸を付けた手榴弾を吹雪に手渡した。

「ねらうのは、あたまだ。ばくやくのしょうげきはを、ちょくせつあいつのあたまにたたきこむ。うまくすれば、そうこうがうちがわにはじけるかも」
「かも? そんな根拠のうっすいことで、よく命を賭ける気になるな」

吹雪は手榴弾に付着したガムを気色悪そうに見て、拾造に呆れ顔で答える。

「ねんちゃくりゅうだんって、おれ、いつかきいたことがある」
「粘着榴弾? ああ、成形炸薬弾より前はそんな弾を使ってたとか……」
「ふぶきはどうおもう?」
「どうってお前……」

吹雪は白磁の美貌を物憂げに傾げ、銀髪を揺らし、手榴弾を掌に転がす。

「ま、面白くはあるわな。俺たちだから、机上の空論が実戦でできる」
「おれたちっていうか、ふぶきだからできるんだけどね」
「いや、俺たちだ。お前と俺、2人でないとできないことさ」
「とりあえず、そういうことにしとこうか」
「何だよ。そんなに俺とお前の仲が嫌だってんのか」
「そうじゃないけど」
「なら何でだよ」

拾造は宙を見上げて視線を彷徨わせ、吹雪へはにかむように微笑んだ。

「うまくはいえないけどさ、うれしくて、はずかしいんだ」

吹雪は双眸を細めると、直ぐに邪悪な笑みを浮かべ、拳を差し出した。

「下手打つんじゃねーぞ」
「そっちこそ」

拾造も拳を差し出し、2体は拳を突き合わせると、動き出した。

薄暗い食堂に金剛狼が踏み込み、機槍の水平射撃で一帯を薙ぎ払う。

「おにさんこちらっ!」

伏せて銃撃を躱した拾造が、跳ね起きつつ68式自動歩銃を点射し、金剛狼の装甲に火花を散らせる。金剛狼は悍ましい機槍の銃口を向け、忍者のように連続宙返りで逃げる拾造を追いかけ、徹甲焼夷弾を乱射。テーブルや食器や窓ガラスが立て続けに破砕され、床に落ちる。金剛狼は何か長考するように立ち止まると、重機のクローラめいて重厚な足音を連ねて、図体に似合わぬ速度で走りつつ機槍を撃ちまくる。拾造は無邪気な笑い声を上げて銃撃からのらりくらりと逃れ続け、68式でおちょくるようにパラパラと銃撃した。

「このクソ野郎! ちょこまか逃げ続けやがって、ブチ殺してやる!」

金剛狼の冷たい殻の内側で、今まで平静を装っていた兵士が初めて喋った。

「てのなるほうへっ!」

拾造がパーテーションの影から銃口を突き出し、指切りセミオートで鉄兜に撃ち込むと、金剛狼の機槍がパーテーションを完膚なきまでに破壊した。

「それ、ダンクシュートだ!」

金剛狼の死角に回り込んでいた吹雪が、ウォーターキーパーや調味料の類を置いた長机を踏み台に跳躍、手榴弾を握って金剛狼の頭上へ飛び降りる。

「何ッ!?」
「鬼はあああッ! 外おおおッ!」

撃発レバーを握り込み、金剛狼の頭頂部に粘着手榴弾を叩きつけた。

「このクソッタレがああああッ!」

金剛狼の腕に弾き飛ばされ、吹雪が宙を舞って壁に叩きつけられて落ちる。

「ふぶき! だいじょうぶ!?」
「拾造、来るんじゃ、ねえ……」

顔を上げて身じろぎする吹雪を、金剛狼の機槍が狙う。徹甲焼夷弾の雨霰が吹雪の小さな身体を撃ち抜くよりも、拾造が滑り込むのが一瞬速かった。

「死ねええええッ! クソチビがああああッ!」

機槍が唸りを上げて7.62mm弾を吐き出し、吹雪の身体を抱き転がる拾造の背後に夥しく突き刺さり、闇に赤熱をばら撒く。拾造は吹雪に覆い被さって身を低め、銃の狙いを修正した金剛狼が引き金を絞ろうとした次の瞬間。

爆轟の衝撃波が食堂を揺るがし、外界に繋がる大窓が全て割れ砕けた。

「……やったか?」

吹雪が口走り、拾造が唸り、2体は薄闇の中で顔を上げた。金剛狼は先程と同じ姿勢で立っていた。身じろぎ一つせずに、ずっと立ち続けていた。

両手に携えたベルト機関銃が、重厚な音を立てて床に滑り落ちる。その音はもう一度。仁王立ちする金剛狼が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「ハ? マジ? すご……」

信じられない物を見る目で呟いた吹雪の身体が、拾造の腕に胴上げされる。

「ふぶき! おれたち、しゅりゅうだんで、がいこっかくたおしたよ!」
「ま、実際に殺ったのは俺だけどな」

双眸を細めて笑い、嘯く吹雪の身体を、拾造が肩に担ぎ上げて歩き出す。

「さっすがたいしょう! よっ、にっぽんいち!」
「お前、どこでそんな古くっせー台詞覚えてきたんだよ、アァ?」
「いいじゃないの!」

不服そうな顔の吹雪を猫のように肩に抱え、拾造が意気揚々とした足取りで食堂を後にする。センターの玄関には喬士が佇み、葉巻を燻らせていた。

「あにき、けりはついた?」
「おう」

喬士はそうとだけ答え、葉巻を圧し折って玄関の外に弾き捨てる。そうして拾造を振り返ると、要救助者じみて抱えられた吹雪の姿に呆れ顔を呈した。

「何やってんの。お前ら、本当に仲いいな」
「良かねーや。こいつとはただの腐れ縁だよ!」

吹雪が拾造の肩の上で拳を振って抗弁すると、喬士は口角を上げて2体から目を逸らし、ポケットに両手を突っ込んで欠伸交じりに歩き出す。

「行くか」
「いこう!」
「行くってどこへだよ!」

センターを歩み出た喬士が、眼前に築かれた死体の山を見て、唾を吐いた。

「知るか」


【狩猟公式の果実 -Cyborg №13- おわり】


From: slaughtercult
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