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断片:$20,000のサボ・スラグ

大都市の目と鼻の先、東方に広がるは、5大湖が1つミシガン湖。
シカゴ中心部・アップタウンより北に数マイルの住宅街。
大通りに面した3階建てのビル、1階の大窓に瀟洒な文字が並ぶ。
金・宝石・楽器・骨董品その他。貴重品なら何でも売ります・買います。
『ジョエル・ゴールドマン・ジュエラー』。
ジョッシュは古びたビルの外壁を見上げ、貴金属店に足を踏み入れる。

土曜日、時刻は午後1時過ぎ。店内は閑散として客の姿は見えない。
ジョッシュは普段着姿に、古ぼけた革のナップサックを背負って歩く。
カウンターで暇を持て余す眼鏡のスーツ女が、ジョッシュに視線を向けた。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
女は冷ややかに見下すような眼光を光らせ、直ぐに作り笑いで塗り潰す。
ジョッシュは職業柄、女の視線の意図を察したが、気づかないふりをした。
「どうも。僕はゴールドマン。ジョエルさんと話がしたいんですが」
女はジョッシュの苗字を聞くと、考え込むような顔と共に帳面をめくる。
「ゴールドマンさん、アポイントは取っておりますの?」
「いえ。数日前、近い内に店に寄ると電話したきりで。お時間があれば」
女は不快そうに眉根を寄せると、帳面をパタリと閉じた。
「ジョエルは多忙なもので。ご用件は何でしょうか?」
「金を買いに来ました。予算は2万ドル。現金で」
「現金で?」
女はジョッシュの佇まいに視線を巡らし、ますます訝しげに双眸を細める。
「ええ。何か問題でも?」
「いえ。当店としても、即金払いは歓迎ですわ。どうぞお座りください」

ジョッシュが椅子に座ると、女は眼鏡を正し、眼光を鋭く光らせた。
「失礼ですが、本当に2万ドルお持ちで? 確認してもよろしいですの?」
「勿論、構いませんよ」
ジョッシュは背後を振り返ると、ナップサックから札束を取り出した。
使用済みの20ドル札が100枚で1束。10束で2万ドル。
カウンターに2段積みで横に揃え、女の眼前に両手で押し出す。
「余り見せびらかしたくないんですがね。疑ってらっしゃるなら仕方ない」
「いえいえ、決して疑ってるわけではございませんのよ」
女は作り笑いで誤魔化すと、プッシュホンを受話器を取ってコールする。
「失礼します、ジョエルさん……ええ、はい。ゴールドマンさんが……」
女は手短に通話を終えると、ジョッシュに向き直って眼鏡を正した。
「お待たせしましたゴールドマンさん。別室にてジョエルがお会いします」

貴金属店の奥、応接室。ジョッシュは年代物の革ソファに腰かける。
背の低いテーブルの上には、彼の20ドル束が丁寧に整えて積まれていた。
ジョッシュが手持ち無沙汰にしていると、ティーカップが差し出された。
「どうぞ。ネパール産、ミストバレー農園のファーストフラッシュです」
眼鏡女が慇懃に告げ、シュガーポットとミルクポットを傍らに置く。
「ご丁寧にどうも」
ジョッシュは紅茶に砂糖もミルクも入れず、カップを手に取った。
眼鏡女が退室すると、代わりにスーツ姿で痩身の初老男性が入室した。

「よく来たな、ジョシュア」
「ジョエル伯父さん、久しぶり」
「ああ。普段は連絡一つ寄越さんお前が、私の店に金を買いに来るとはな」
ジョエルは対面するソファに腰かけ、リンカーン似の険しい顔で見つめる。
「親戚づきあいだよ。どうせ買うなら、おじさんの店で買おうと思って」
「商売は商売だ。親族割引で安く買えると思ったら大間違いだからな」
「相変わらずだね。でもそんなんじゃないよ。この前のお礼もあるしね」
「何の話だ?」
ジョッシュは紅茶を啜り、爽やかで甘美な香味をじっくりと味わう。
「あの弁護士、伯父さんの紹介でしょう。母さんは言わなかったけど」
ジョエルは自分のカップを手に取ると、無言で紅茶を啜って札束を見遣る。

「2万ドルは大金だ、ジョシュア。資産運用なら金より投資を勧めるぞ」
「心配はありがたいけどね、おじさん。僕には金が必要なんだよ」
ジョエルは溜め息をこぼし、テーブルにモバイルPCを開いて操作する。
「金は高いぞ。2万ドルなら1オンスを1ダース買うのが精一杯だ」
「2万ドル出して1ポンドの金にもならないのか……正に掛け値なしだね」
ジョエルはPCを押し退け、ジョッシュと正対して紅茶を啜る。
「よもや、ギャングの資金洗浄ではなかろうな。警察沙汰は願い下げだ」
ジョッシュは予想外の言葉に両目を見開き、堪え切れずに笑い出した。
「ハハハ、悪い冗談だね。僕がギャングの手下だとでも言うのかい?」
「私は真剣だぞ、ジョシュア。古物商免許を取り消されたくはないからな」
「正真正銘、僕のお金だよ。銀行の帯封付きでも信用できない?」
「お前が預金を引き出した銀行に、電話して確かめてみるさ」
「それが良いね。ついでに偽札かどうか確かめてみれば?」
ジョエルは嫌味に顔を顰めると、20ドル札の束を手繰り寄せた。

――――――――――

日曜日、午前11時過ぎ。セオドアの家の、薄汚れたガレージ。
リロード台の卓上に、純金で鋳造された50口径弾頭が1ダース。
無造作に置かれるポリ袋。中には、成形された小さなプラスチック筒。
「こいつは、サボだ。大きな薬莢に、小さな弾を詰めるための道具さ」
セオドアが、袋からプラ筒の1つを取り出して見せた。
金の弾頭を手に取り、筒の籠状の先端に開く、4叉の刻み目に押し込んだ。
「こいつで挟めば、直径およそ12ゲージ。散弾銃の銃身から撃てる」
次に取り出したのは、箱。未使用の薬莢が、ジャラジャラと音を立てた。
普通のショットシェルはプラ筒だが、それは2・1/2インチの総真鍮製。
「ブラスケースだ。これならどんな状況でも特別な弾だってわかるだろ?」
「金の弾だから、薬莢まで金色か。フール・プルーフだね」
雷管の入った紙箱、無煙火薬の入ったボトル……道具が続々と揃っていく。

「いいか、ジョッシュ。弾を作る時は、雷管を付けてから、火薬を入れる」
薬莢の底部、中央の穴に雷管を装填。火薬を慎重に計量して注ぎ入れる。
「雷管が先で、火薬が後だ。順番を絶対に間違えるなよ。事故の元だぞ」
ジョッシュが傍らで見守る中、弾頭を包んだサボが薬莢に押し込まれた。
「プラ薬莢なら、先端を折り畳んで終わりだがな。真鍮薬莢は蓋が必要だ」
丸い厚紙を先端に押し込み、溶かしたロウで外周をなぞり、弾を密封する。
「これじゃまるでワイルド・ウェストだな……ともかく、出来上がりだ」
1ダースの12ゲージ真鍮薬莢、金のサボ・スラグ弾が、金色に煌めいた。
セオドアが自分の散弾銃を手に取り、装填されていた弾を全て抜き取る。
作り立ての弾をチューブマガジンに詰めると、ボルトを動かして排莢。
セオドアは12個の弾全てを、念入りに2回ずつ銃に通して頷いた。
「装填不良もナシ、完璧だ。試し撃ちができないことだけが残念だがな!」
彼はジョッシュにスラグ弾を手渡し、朗らかに笑って肩を叩いた。
「12発きりの切り札だ。ありがとう、セオドアさん。大事に使うよ」
「工賃は酒代でチャラだ。金の弾、吸血鬼どもに味わわせてやりな!」


【断片:$20,000のサボ・スラグ おわり】
【次回へ……つづく?】

From: slaughtercult
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