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断片:ジョッシュと金の弾

アメリカ合衆国、イリノイ州シカゴ。日曜日の午前10時。
古ぼけた隣家の前に、ユダヤ人の青年が立っていた。
青年は気弱そうな顔で、気遅れ気味にドアを叩く。
「おじさん、いるかい?」
反応は無い。青年は胸に手を当てて深呼吸し、再びドアを叩いた。
「セオドアさん!」
家の中で、物が散らばるような音がして、足音がドアに近づいた。
「……誰だ?」
「僕だ、ジョッシュだよ」
僅かな静寂。錠前の音が鳴り、ドアが僅かに開かれた。

肩幅の広い長髪の中年男・セオドアが、散弾銃を片手に隙間から覗く。
「1人か?」
酒焼けした声と共に、アルコールが臭った。
「うん」
青年・ジョッシュが男に頷く。
セオドアは双眸を細め、酒臭い溜め息と共にドアを開いて彼を迎え入た。
「よく来たなジョッシュ。お前が撃たれたと聞いた時は、肝を冷やしたぞ」
「平気だよ。肋骨が2、3本折れてたけどね」
「男らしく言いやがって。ついこの間まで甘ちゃん坊やだったのにな」
セオドアはドアを施錠すると、ジョッシュの肩を叩いてリビングに誘う。

部屋の中はウィスキーの空き瓶が転がり、散らかるに任せていた。
セオドアは薄汚れた金髪をかくと、破れかけたソファに腰を下ろした。
木製ストック、8連発マガジンのオート5散弾銃を、傍らに立てかける。
「ところで、酒はあるか?」
ジョッシュは手にしたポリ袋を、散らかったテーブルに無造作に置いた。
「あぁ、ありがてぇ」
セオドアが袋を手掴み、エヴァン・ウィリアムス12年の瓶を取り出す。
「自分から来るとは、見上げた心がけだ。それで、用事は?」
「お願いがあるんだ」
「ハッハハ、改まってどうした。この酔っ払いにお願いか」
「僕に弾の作り方を教えてほしいんだ」

セオドアはグラスにウィスキーを注ぎかけ、手を止めて顔を上げた。
ジョッシュは今や、意を決した精悍な顔つきだった。
「ジョッシュ。最近、ますます親父さんに顔が似てきたぞ」
セオドアは酒瓶に栓をしてテーブルに戻すと、キッチンに向かった。
コーヒーメーカーに入れっ放しのコーヒーを、汚れたマグカップに注ぐ。
彼は気合を入れるように、冷めて煮詰まったコーヒーを一息で飲み干した。
「あぁ、待たせたな。それで、何の話だって?」
セオドアが真剣な顔でソファに座り直すと、ジョッシュは何か取り出した。
「弾の作り方だよ」

テーブルに置かれた数枚の1トロイオンス金貨を、男が訝しげに見る。
「本物か? おいまさか、こいつで弾を作れと?」
「うん。金の弾頭を作りたいんだ」
「おいおい、どういう風の吹き回しだ。吸血鬼でも殺すつもりか?」
男は1枚の金貨を抓み上げ、嘲笑気味にジョッシュを見た。
「Yes……No。正確には違うけど、似たようなものだよ」
ジョッシュの顔は真剣そのものだった。
「やれやれ……こいつは妙な方向に話が転がり出したな」
男は困り顔でタバコを咥えると、ライターを探した。
ジョッシュが鉄のジッポーに火を点し、男に火を差し出す。

「できるかな?」
「物理的に不可能ではないが……勿体ない話だ。金でなきゃダメなのか?」セオドアが紫煙を吐くと、ジョッシュもタバコを咥えつつ、肩を竦めた。
「不可能じゃないけど、象撃ち銃(エレファント・ガン)が要るって」
「ハッハハ、そりゃお前さんには荷が重いな」
ジョッシュは紫煙を吐き、壁際のショウケースに歩み寄る。
曇ったガラスの中には、旧式の水平二連ダブルライフルが収められていた。
「黒色火薬の4ボア銃さ。25セント硬貨(クォーター)が銃口に収まる」
「正に象撃ち銃だね。こんな大砲なら、確かにヤツらを殺せるかも」
「撃つのは止めておけ、凄まじい反動だ。俺はもう二度と撃ちたくない」
「一度は撃ったんだね、敬服するよ。僕は一度だって御免だ」
そう言うと、二人は紫煙を吐いて痛快に笑い合った。

「なぁ、ジョッシュ。お前も、その……見たのか? 吸血鬼とやらを」
「見たよ、沢山。殺されそうにもなった」
「どこで?」
「悪いけど、おじさん。これ以上は話せないんだ。契約が色々あってね」
セオドアは溜め息がちに紫煙を吐き、金貨を手に取った。
「おい、ジョッシュ。お前は、どんな銃でこいつをぶっ放すつもりだ?」
「見当もつかないよ。生半可な銃じゃヤツらは殺せないって言ってた」
「大口径のライフルが打ってつけだが、お前は持て余すだろうな」
「象撃ち銃は無理だよ。おじさん、何か名案はあるかな?」
セオドアは訳知り顔で勿体ぶって笑いつつ、灰皿でタバコを揉み消した。
「1オンスの弾を撃つのに適した銃が、丁度ここにあるぜ」
傍らに恋人めいて寄り添う散弾銃を、セオドアの手が叩いた。

ガレージに明かりが灯る。
埃を被ったリローディング・ベンチに、セオドアは腰を下ろした。
「いいかジョッシュ。弾を作るには、弾頭と薬莢と、火薬と雷管が必要だ」
彼は複雑構造のリロード機械を叩き、ジョッシュに教師めいて講釈する。
「弾頭は、鋳型を使って鋳造する。だが、金と鉛では勝手が違うぞ」
セオドアが、木製ハンドルのついた鉄塊……鋳型を卓上に放った。
「金は鉛より重い。同じ重量だと、金の弾頭は鉛の弾頭よりも小さくなる」
「"比重"だね、学校で習ったよ」
「弾の体積が減れば、その分火薬が多く詰められて……弾の初速が上がる」
「より強力になるってこと?」
「原則的にはな。だが火薬を詰め過ぎると銃が破裂する。調整が重要だ」

セオドアは電気炉に坩堝を乗せると、不安な顔でジョッシュを振り返った。
「おい、ジョッシュ。金貨って高いんだろう、本当にいいんだな」
「いいよ。僕にはやるしかないんだ」
「はぁ……やれやれ、まさか俺の人生で金の弾頭を作る日が来るなんて」
セオドアは金貨を受け取ると、溜め息がちに電気炉のスイッチを入れた。
「金の融点は1948℉。鉛は621.5℉だから、3倍の加熱が必要だ」
金貨が坩堝に投げ込まれ、その上にフラックス(浄化剤)粉末が注がれる。
「ジョッシュ、ガロン缶に水を入れて来い。そしたら、後は待つだけだ」

防護面と耐熱手袋を装着したセオドアが、坩堝の不純物を慎重に取り去る。
「近寄るなよ、ジョッシュ。飛沫を浴びたら、火傷じゃ済まないぞ」
塗料缶の蓋裏に掬った不純物を打ちつけ、セオドアが声を張った。
彼は緊張した顔でトングを握ると、坩堝を掴んで持ち上げ、鋳型に傾けた。
危うい赤白色に発光した溶金が、鋳型の窪みの7割ほどに収まる。
セオドアは防護面の下で冷や汗を流し、鋳型を握って暫く時間を置いた。
鋳型の固定具を外して2つに割ると、成形された弾頭が姿を現す。
水を張った缶に、純金の鋳造弾頭を叩き落とすと、激しい沸騰音が上がる。
「ハァ、一仕事終了だ。ジョッシュ、弾が完全に冷めるまでは触るなよ」
「ありがとう、セオドアさん」
「ハッ。酔っ払いの俺がお前さんにしてやれるのは、これくらいだからな」


【断片:ジョッシュと金の弾 おわり】
【次回へ……つづく?】

From: slaughtercult
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