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バイバイ

相棒と最後のお別れして、早くも3週間が経とうとしている。
新しい相棒ともようやく慣れてきたかな。

意味深なこと言ってますが、愛車の話です。


テリオスキッド、という名前を知っていますか?
ダイハツから出ていた軽自動車です。
今はもう生産されていませんが、たまーに街中で見かけるかな?
背中にスペアタイヤがくっついていて、見た目クールでちょい厳つい。
生前、父が好んで乗っていた車で、亡くなった5年前に譲り受ける形で、つい先月まで私が乗っていました。

四輪駆動でターボがついていて、軽でもかなり馬力があって坂が多い近所では頼りになっていました。
でも、結構古い車で傷んでいたので、故障することもありました。
ボンネット辺りから噴煙が上がった時はビビった。
すぐに整備店の方に駆けつてもらいました。その時はエンジンルームにオイルが漏れていたんだったかな。
一番酷かったのは、走っている最中に突然加速しなくなった時。いくらペダルを踏んでもちょっとずつしか進まず、それでもどうにか家まで帰還。
イグニッションコイルの一つが故障していたのが原因でした。その名前すらも知らんかった…。

車のことはほとんど父任せにしていたので、何もかも分からず、周りに詳しい人もいなかったので、正直途方に暮れていました。
親戚もいるけど、なんとなく疎遠で。

色々あってすぐに乗り換えはできず、直し直しやってきたテリキさん。
頑張ってくれました!
きっと老体にムチ打ちながらだったことだろう。

思えば、父が入院した日。父は具合が悪いにもかかわらず自分が運転して病院に行きました。母と私も同乗していましたが。
その日が父が最後にテリキを運転した日で、人生最後の運転でした。
虫の知らせだったんでしょうか。
まさか、最後の運転になるんて、本人はきっと想像もしていなかっただろうけど。私もそうでした。
車好きで仕事よりも、車いじり優先していた気がする。
普段から釣り道具や自転車載せて、色々出かけていました。
購入してから1年も待たずに父は去ってしまい、ほとんど運転できないまま。

脳梗塞らしきものを起こしたその日、父の会社の社長から電話が入った。
「かなり具合が悪く、早く帰らせた」と。
そんなこと言われ、無事に帰ってこられるか、気が気じゃなかった。
しばらくして、いつもの車の音がして、いくらかほっとはしたけど、ただ事ではない予感はしていました。


それからテリキは、入院した父のお見舞いに行くために何度も走らせてくれました。
片道40分程の遠い病院も。
病院も4回転院したので、その度に毎回道も覚え直し。ナビがあるくせに、迷うので厄介。

父が最期の日は、私一人で乗って帰りました。
なんでこういう時に限って一人なんだろうと、あんなに心細かったことはなかった。
できるなら誰か代わりに運転してくれないかなって。

泣いていたら運転できないので、ちゃんと帰らないと、ちゃんと走らせないと、その一心だった。
もしかしたら、隣で父が乗っていたかもしれないけど。

あの日、無事に帰れたこと、本当に感謝しています。

車人生で後半はきっと大変な場面ばかり見てきたであろう、テリキさん。
車検がもう通らないと受けた時は、ショックではあったけど労いの気持ちが強かったです。

今まで無頓着であった車。なんとなく父が遺した車という意識があったせいか、どこか見守ってくれているような感じがありました。
心配されているというか。

新しい相棒をどう思っているんだろう。
車にうるさいから、難癖言うんだろうな。

廃車が決まりあまり時間かけていられず、即決で決めたので、これも御縁。
お店の方に希望価格と軽で!とだけ提示して、ご用意してくださった中に相棒がいました!
そんな相棒はデイズルークスくんです。
ずっと回すタイプのエンジンだったので、そこから慣れていかないと。
ボタン一つで開くドア、快適すぎる!
後部座席にもエアコンある!
バックモニターもあるけど
目視に慣れ過ぎて使えないよ😂笑
いかにアナログだったんだろう。

これからよろしく頼んますよ!


テリキさん、本当に本当に長い間お疲れ様でした。
最後まで走らせてくれてありがとうございました。



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