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私には未来はあるのか?

母親の病名によって、診断された私…未来ってあるの?

主治医3人目が(母の元主治医)となり…ようやく主治医固定化した。18歳の夏休みに自主退学する旨担任に伝えた。

私は、当時主治医を信頼出来なかった。

私はこういう目で病棟で会う度に見ていた

私を助けてくれなかった人。親の病気について教えてくれなくて、ハチャメチャな家族なのに余計ハチャメチャにしてくれた人と。

未成年の子どもには、親の精神疾患について説明されないことがあります。私の場合は最初の主治医の偏見で「統合失調症の子どもは統合失調症だ」という元での薬物療法や入院ばかりでした。
主治医は、「娘さん(私)がこんな状態だから告知なんて難しいよなって当時思った」とのこと。
実は、徹底的に調べていた
統合失調症について調べていたら「この症状母親じゃん」と思い、レポートを書き主治医に問いただしたところ、そこで告知されました。私はその頃成人していました。
主治医にビックリされてしまい…謝られつつ私が20歳の頃に母親の病名の告知を初めて受けました。当時、母は病識はありませんでした。

子どもの立場としては、何かしら年齢に合わせて親の病気について教えて欲しかったです。

日本でも、精神障害を抱える親と暮らす子どもの立場の方々が声を上げ始め、どうしようか当事者や支援者が自助グループや学習会などを立ち上げている。(夫婦の立場などのニーズもあるそうです)

しかし、日本では先駆者はいるものの、支援者などの認知度は未だ薄い。

福祉系大学の実習の打合せで、目的を書いたら指導者さんからトンチンカンな回答が来て困ったので、私が削除した。←チキンハートですね

今回のタイトルから脱線していきますが、のちに関わってきます。


話を戻して…

突然、主治医から統合失調症じゃないと思う発言
「なんか違うんだよね」と言われ…やっと問診らしい問診が現主治医にかわって7年目にしてされました。そして心理検査等を経て…
統合失調症の診断名はカルテから消える
抗精神病薬もゼロにして症状がなかったので、カルテ上からは消えましたが、その時は医療過誤疑惑まではでてきませんでした。
長い長い時間を要して、異様だった子ども時代の話をしたら(これには書けない事件にも遭ってます)

養育する母親が精神的に不安定かつ、周りにサポート出来る大人も居なく育ち、ストレスが身体的に出やすく…色々な嫌な事件にも遭っているが、大人から適切な対応がなく、PTSDになった。(ICD-11だとC-PTSD領域かと)

そこで、医療が適切に問診とか検査をしなければならないんだけど…(まだ、その当時は初診時カルテを出してなかったので言い切らなかったが)医療でもトラウマにとなった。医療過誤と言い切るまでにはまだまだ時間がかかるのであった。
私…高校辞めたし、僻地でなにも仕事なんてないんですが
仕事はあるはあるが、僻地でも高卒以上は当たり前で…高校1年生を3回やって退学していて、単位がないので、在籍してたけど居ないことになっていた。

こんな私に未来なんて、あるのでしょうか?私は、15歳で私は人間じゃないって思ってやってきていた…。


看護師から、頭が悪すぎると言われ凹んだ。

確かに進学したのは、偏差値メチャメチャ低い地元高校だけど、点数は悪かったけど、学年で真ん中だったし…薬の影響で頭の回転は悪くなってきていた。

私は…23歳の時に通信制の高校に入学することを決める。


#精神科 #高校中退 #通信制高校 #誤診疑惑  



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