論文作法 命


 「だからさ、それまでずっと居てよ、フラフラとさ。」樹木希林が9月1日に向けてこんなことを言っていた。私の「9月1日」は過ぎたし、そこから遠ざかれるように一緒にカレンダーをめくってくれたのは舞台だった。命の恩人なんて鮮烈な言葉を使うほど大仰なものではないが、私を負の深淵から引き上げてくれたのは舞台上のキャラクターや歌や、台詞だった。おかげで私はいま、フラフラできている。
 窓から月すら見えなくなった深い夜が、カーテンが徐々に明度を上げていく明け方が、たまらなく嫌いだった。夜と朝の隙間に取り残されてしまった私は、スマートフォンの中に安らぎを求めたが「9月1日」にいる人間に映画や本を楽しめる余裕はない。どういう経緯で出会ったかは覚えておらず「たまたま」としか言いようのない出会いだった。役者の汗がこぼれ、つばが飛び、靴がリノリウムに擦れる音すら響く。観客が叫べばいとも簡単に崩れてしまう、心地よく緊張が張り詰める空間。「なまもの」のみずみずしさが私の乾いた感性を解きほぐし、今日と明日をつないでくれる存在になっていった。
 去年も、約20000人が「9月1日」を越せなかった。そしてきっと今もどこかに9月1日から抜け出せずにいる人がいる。その人たちを救えるのは「死ぬくらいなら」「無理しないで」というきれいごとではない。人は簡単に死んでしまうのだ。
 死にたいなら、死んでもいいのではないか。確かにそうだが、私は祈ることをやめられない。私が舞台に出逢ったように、今、9月1日にいる人のカレンダーを進めてくれる何かと早く出会えたらいいのに、と。それが小説なのか、映画なのか、絵なのか、舞台なのか、音楽なのかわからないが、どうしようもなく死にたい夜中に何か縋れるものと出会ってほしいのだ。そして、出会ったそれに教えてもらってほしいのだ。「世界ってそこまで悪くないよ」と。
 私は、拙いが文字を書く。世界をかく。それは、うつむくどこかのだれかと一緒に下を向くための世界だ。彼らが目の前の景色を見ることができないなら、私は彼らの足元にとっておきの世界を描こうと決めた。体育の時間に先生の話そっちのけで、お気に入りのシュンソクのスニーカーの真横に指で描いたあのころのような気持ちで、今度は私が、9月1日にいる人のカレンダーをめくる一助になりたいのだ。
 9月1日に生まれた私は、9月1日につまずいた。そして、いまフラフラと生きてる。将来は9月1日を超えられない誰かを助けてフラフラしていたい。
 
 

その100円で私が何買うかな、って想像するだけで入眠効率良くなると思うのでオススメです。