あかねの(ための)一首評 26


月面に無数の地名 ごめんなさい あなたはずっとあなただからね

展翅零(毎日歌壇より)

 解釈のポイントはふたつある。ひとつめ。あなたは誰か? あなた=月としてもこの歌は解釈できるし、その場合はわりと素直に読み下せそうな感じがする。しかし、この歌のあなたは月ではない、だれか人に語りかけてると読んだほうがぼくにはしっくりくる。

 ふたつめ。なぜ「ごめんなさい」なのか。ぼくの感覚なんだけど、この歌だけでは情報が不足していて歌意を特定できない、感じがする。

 たぶんだけど、この歌はあえて捉えきれないようにされている。この歌は理解されることを拒んでいる。この拒絶は歌の内容にもリンクしていて、この主体はなぜごめんなさいと言ったのか理解してもらう必要がないと思っているし、許してもらう必要もないと思っている。

 理解できない歌に惹かれるのはぼくの性癖みたいなものだ。しかし、おなじ理解できないにもいろいろあって、この歌は、発話が一方通行だから理解できないタイプの理解できなさだ。あるいは、このごめんなさいを言われている人にはこれで十分伝わるのかもしれない。でも、ぼくにはわからない。

 推測してみよう。

 月の地名。言われてみれば、たくさん地名があってもぜんぜんおかしくない。ぼくは静かの海と既知の海しか知らないけど、他にもあって然るべきだ。Wikipediaで調べれば、コペルニクス(クレーター)、ケプラー(クレーター)、卓越の湖、腐敗の沼、愛の入江、メルカトル断崖、などそれこそ無数にあるようだ。

 推測その1。月面に無数の地名があるのを知ったように、わたしは月(の研究とか?)に夢中になった。そうではあるけれども、「あなたはずっとあなただから」、わたしからあなたへの気持ちは変わってませんよ。

 推測その2。月面に無数の地名があるように、あなたという人間を記号にわけてしまった。(例えば、「次女」で「栃木出身」の「デザイナー」みたいな)。そのようにあなたを理解しようとすべきではありませんでした。

 他にもあるかも。

 でもやっぱり、こうした推測は無粋だし、この歌は理解できなさを味わえればそれでいいような気がする。やはりこの歌の魅力は、「ごめんさない」「あなたはずっとあなただからね」といった表層的な譲歩の裏側にある、どうしようもない拒絶感である。

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