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ティラノビルダーで遺書を書いたら、命を救われた話

 写真は作中で背景モデルとした我が家の鶏小屋。もう廃墟ですね。

 去年と今年で、ティラノフェス作品を160本余りプレイしました。これはもう去年もそうだったのですが、プレイする→めっちょ楽しい→力量差に落ち込む→プレイする→めっちょ楽しい→力量差に落ち込む、このスパイラルが起こるのがティラノゲームフェス!
 どれもこれも素晴らしい作品しかなく、いわば共通の開発ツールを使用した総お手本祭りであり、どの作品をプレイしても新たな発見、演出、見せ方の勉強になります。それは閃きにも繋がり、また目標にもなると思われる。私が陶芸家だったらひとさまの作品を一作プレイするごとに自分の焼いた皿を地面に叩き付けていたことだろう…

 お恥ずかしながら、ティラノフェス(ノベコレ)でゲームをやり始めるまで、読みゲー(ノベルゲームとかテキストアドベンチャーゲーム)がどんなものかアンマリ知りませんでした。そもそも乙女ゲーやギャルゲーもやったことがなければ、脱出ゲームやRPG、シミュレーションゲームなんかもほんどやったことがなかったのです(ソシャゲはたまにやってましたが)。つまりゲームの知識がほとんどなかったです。コイツ雑魚過ぎへん?
 それなので、余計にティラノフェスでの発見や学びは多く、そして「ゲームってどうやって作るの」の疑問がループしていく…!

01▼ ゲーム制作の切っ掛け

 当時、私はそのときに交際していた彼女と折り合いが悪く、yahoo!知恵袋やオープン2ちゃんねるのVIPに悪口を書きまくっていました。草生える
 もうその頃の私というものは荒れに荒れており…バイト先でレジを打っていても、歩いていても涙が止まらず、実に10ヶ月という長い間、一度も泣き止む日がありませんでした。

 曾祖母の葬式の際、親戚たちが母に「孫が楽しみだね」と話していたことがかなり心の枷になっていて(葬式とは別の意味でも泣いた)、当時の彼女と交際するのも非常に勇気が要り、しかしながら熱い告白を受けて数か月考えた末の交際でした。老後は同じ施設に入ろうだとか、同居する物件を探しているだとか、彼女は甘言を吐いておりましたが、あるときから別の人と恋人ごっこを始め私とは連絡を取らなくなりました。
 具体的に言えば、ゲームのギルドメンバーと恋人ごっこを始め、まわりの人間もふたりのカップル絵を描き、私とは音信不通のくせにその人とは毎日ボイチャしながらゲーム…みたいなね…交際し始めた頃は「信じて欲しい」なんて言ってたのに、二週間に一度「ごめんね」と「そんなことないよ」がbotのごとく交互に届くだけになっていました。
 毎晩眠れず枕を濡らして朝を迎え、気付くと一年近く。もしかしたら明日には死んでるかもなと毎日思っていました。マニ車を無心で回しながら、人間より神仏の方が優しいと思ったり。不眠だから体調も激悪いし、心身が摩耗し過ぎてました。
 まあ、あれですね、この人とはずっと一緒に居るんだろうなと思っていたので…それくらい始めは優しかったなぁ。私は自分の人生をクソだと思っていたけど、これでやっと幸せになれると本気で思ってました。今思えばなんか騙されてたのかな。

 死ぬのなら遺書が必要だろう。そう思って私はゲームを作ることにしたのです。
 ゲームで遺書作ったやつはおらんやろ、現代の三島由紀夫みてぇなインパクト残して死ぬで! とマジで思っていたため、バイト先のひとに「私三島由紀夫になりたいんですよ」と意味不明なことを言って「三島由紀夫に!? なんで!?」とガチめに困惑させてしまいました。すまない。

 ある日2ちゃんねるのひとに「クズに執着する奴はメンヘラ」と言われ、急に「なんか嬉しい」と思いました。いや暴言は暴言なのですが、「もしかしたらこんなことを許せない私がおかしいのか?」と思っていたので、相手をクズと言ってもらえたことが非常に嬉しく、何だかもういいやと思って連絡先を全部消しました。
 この頃には、「ちゃんと別れ話をしてくれるだけでもいいのに」とか言ってましたが、その匿名の方いわく「マトモな奴なら別れ話は出来るだろうけど、そいつはマトモじゃないんだから忘れてはよ次行け」とのことで、なんだか言い方は乱暴だったけど背中押してくれてるんだなあって思ったね…きみはいま幸せか? 私は幸せだぞ。きみのおかげでな。
 別の人が、同性愛者は否定される人生だから自己肯定感が低いだろうから、つらいならカウンセリング行った方がいいみたいなことも言ってましたね。それが関係あるのかどうかは判んないけど、匿名でも優しい人いるんだね。貴様らありがとよぉ!

02▼ 遺書としての「ヘクソカズラ」

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 とにかく私は一日でも長く生きるため、プロットのみでほとんどシナリオの書けていない状態から立ち絵を発注しました。(まじで申し訳ない)
 当時の私のアタマを解説すると「返事せなあかんから明日も生きなあかん」という状況を作りたかったらしい。もうわけがわからんまま突っ走ってます。
 そして人生の集大成や! と思っていたため、
・閉鎖病棟の奥にある保護室の中まで取材にいく
・塀に隠れて人間観察をする
・「赤い鳥」を研究する(持ち出し禁止図書だったため、これが一年くらい掛かった)
・ひと周り年上の女と寝る
・幼い頃過ごした場所の背景ロケ
・ついでに目から血膿流れた(古書を触った手で目を掻いたため)
などなどヤバそうなレベルのあれこれまでやりました。もう時効じゃろ。
 また、どんな細かなエピソードも思い出や取材から出ていることがほとんどです。二人乗りしてLPのガスボンベに衝突したのもそうですし、まあそういう細かなエピソードたちです。
 つまり私の人生をハリウッドザコシショウが誇張したものが「ヘクソカズラ」であるとも言える…?
 前述のことがあったため、初稿のヘクソカズラにはほとんど恋愛描写がありませんでした。イチャついとるカップルを見るとオンドリャ殺されてぇんかと思ってしまうような心の狭い時期だったのです。怖。今の私はゆきこまはいいぞと思っている。

03▼ ティラノビルダーに命を救われた話

 遺書作るで!! と言って始めたゲーム制作。開発ツールをティラノビルダーに決め、制作を始めて三ヶ月くらいが経った頃、心境の変化が現れました。

「ゲーム作るのたのし〜〜! もっといっぱい作りたいからいま死ぬとかアホやわ」

とマジで思えるようになったのです。なにかに取り組むようになった結果、私のアタマの中から元彼女の存在がどんどん小さくなっていって。
 次も次も作りたいからもうこれ死ねないわ! と、それまでの生活から一転しました。パソコンの前に座るのが楽しくて楽しくて仕方ない。泣いてる時間が勿体ない! ティラノビルダーというものは非常に画期的なツールでした。
 シケモクさん有難う御座います!!(こんなところで言うな)
 もうね今の私ってやつは、誰よりも長く生きたいと思うごうつくばりですよ。それくらい人間や他人というものがどうでもよくなったとも言える。まさかシケモクさんもノベルゲーム制作ツール作って人命を救助するとは思っていなかっただろう。

 しかしこう、数年の多大な労力を掛けて「遺書」を作ったはいいものの、やはり作品としては未熟なものになったと思います。
 ゲームをほとんどやらなかったので、ゲーム的な演出がよくわかっていなかったこと、漢字が多くて読みづらいという意見があったこと、盛り込みすぎて話がまとまってないことが顕著でした。ツールの使い方も初心者でよく判らずやってたことが多かった。
 けど、「遺書」としてはそれで良かったのです。私が、誰にも惜しまれぬ人生最後の日に、プレイしようと思って作ったので…
 でもやっぱり世に出す以上、「それで良い」なんてことは言ってはいけないのだと思いました。正直、これほど多大な労力を使うのであれば、処女作にせず技量を積んでから作ればよかったのにと今でも思います。でもヘクソカズラを作り始めたとき、これを作ってから死ぬという想いが強すぎて、「練習」をやる心の余裕がどこにもありませんでした。

 ティラノフェスの作品をプレイするようになって、本当に凹みまくりました。
 あれだけ時間と人生をかけて作った集大成がこれなのかと…書きたいこと伝えたいことがまったく書けてないし…私は授業を聞かず本ばっか読んでたので、多少人よりは文章が書けるのではないかと思っていたのです。蓋を開けたらド底辺もド底辺だよ
 
こんなめんどくさい考えを持ったやつにはなりたくなかったものですが、ティラノフェス作品をやればやるほど卑屈になってしまいますね。もしかすると、やらなければ卑屈にならなかったかもしれません。

でもめっちょ楽しいんだからやってまうんや! 麻薬かな!?!? たすけて

 なんか私がゲーム作るっていうのは、子どもが絵を描いて「おかあさんみて〜!」って言ってるような気分で作ってたんですよね。で、気が向いたおかあさんがたに「あら〜」くらいの気持ちで見てもらえたらいいかな、なんて。
 でも実際は違うんだなーって思いました。世に出す以上、不出来な自分に凹むんだよなって。気付くのが遅かったかもしれません。

04▼ 短編としての点鬼簿行路

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 なんでこんなクソゴツタイトルにしたのか? それが未だに全然思い出せない。読み方はてんきぼこうろだよ。
 私はとにかく「ティラノまだよくわからんから、短いのを一個作ってみよ〜!」と思い短編を作ることにしました。
 前回くそなが漫談を作った私でも30分そこらで終われる話が書けたのでそこそこ満足しています。ただDL数の99%が演者さんや夏目先生への愛だと思っているので、DL数が前作より増えたからといってそれを自分の成長と思うことはまっっっっったくありませんが…
 むしろ各都道府県の高級特産品を3歳児がおままごとに使ったみたいな、そんなことになってる気すらして…ティラノフェス出すか悩んでますって公開時言ってたけど、「これを自分の作品と言っていいのか、自分はこの作品に何をしてやれたのか」ということを思い悩んでた記憶があります。
 これくらいのときから、自分はライターというよりプロデューサーであって審美眼が評価されている、と思うようになりました。それはそれでうれしい!!
 「どや? ええやろ?」と作ってもらったもの(絵やお声など)を見せびらかすような気持ちでゲーム作ってます。それもまた一種の形さ。

05▼ スクリプト練習としてのフィルム・ラプンツェル

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 実は点鬼簿作ってるときから、ks直開けで手打ちする場面が多く、「そんなことするくらいならスクリプトで作ればいーじゃん」と思い、練習作として「フィルム・ラプンツェル」を作ることにしました。
 フィルムのあとがきにも書きましたが、これは元小説があって大部分の構想があったため(またこの作品を匿名掲示板で探してくれているひとがいた思い出が色濃かったため)、選びました。正直点鬼簿くらいであれだけ引かれるのだから、これはもうヤバいやろなと思ってたんですが、意外にも不快だとかそういうタイプの感想は見掛けませんでした。私が見えてないだけかもしれませんが…
 この世で祭里が好きなの私と小絢だけではないか? と思ったりもする。私が好きならそれでいいだろうよ! ね、ハム太郎

06▼ 終わりに

 な~~んかやる気が起きねぇ毎日がつまらねぇとお嘆きのアナタ!! ティラノビルダー(とスクリプト)はいいぞ!
 とにかく「入力したものが動く」という体験は、自分の意識を少なからず変えてくれると思います。もし落ち込んでるなら、落ち込んでいる気持ちをお話にしてみるといいです。きっと誰かは共感してくれるはずだし、まあ共感してもらえなくても気持ちの整理にはなります。むしろ共感されない作品を強引に作っていくタフさが培われるかもしれん。インディーゲームってそこが楽しい。
 三途の川から引っ張り戻してくれたティラノビルダー、これからもどうか人々に愛されるツールとして大きくなって欲しいなと思います。いえ、もうすでに巨大なんですけどね!

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