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子供の問題(に見えるもの)はやはり自分の問題


最近、ふと浮かんできたのが

「我が子が、他の子供の輪に入れてないのを見ると、なんか不安だなー」

という気持ちでした。
そこでこの気持ちについて向き合ってみました。

子供は3歳。自宅保育でこれといった友達もおらず、私と二人で毎日遊んでいます。支援センターに行くと、他の子供と遊ぶよりもセンターの職員さんと遊ぶのが大好きです。

そんな我が子に対して私はいつも、「ほらお友達と遊んでおいで」と促したり、私が他の子供と話してから我が子に「おいでおいで」と誘ったりしてなんとか輪に入れようとしていました。

あまり他の子達と遊ばず、怖がっている(ように見える)我が子を見て、無意識に不安になっていたんですね。だから子供の行動を変えよう変えようとしていました。そして、変わらない我が子を見てまたヤキモキしていました。

でも、自分の不安と向き合ったら、「子供が、他の子供の輪に入れてないのを見ると、なんか不安だなー」というその不安を感じてるのは、私なんだと気づきました。

当たり前みたいですが、それまでずーっと自分の不安の原因は子供だと思ってたんです。ただ自分が不安を感じているだけなんだとは気づけなかったんです。これはすごく大事なことでした。

自分は何故不安なんだろうと考えました。
子供が輪に入れなくて寂しい思いをすると思うと、それが自分のことのようにすごくつらいんだなと思いました。

さらによく考えたら、私自身が、人の輪(特に同年代の)に入るのが苦手なことを思い出しました。寂しい思いは過去の自分の思いだったんですね。

自分の行動を振り返ると、我が子に同年代の子供と遊べと言いながら、私だって自分と同年代のママ達とは全然話せていないよな、と気づきました。私だって、ママ達の輪に入るのめちゃくちゃ怖いし、避けてる。自分が話しやすい小さい子供にだけ話しかけてる。33になってもまだ怖くてたまらない。大人なのに。

自分に言いました。友達の輪に入れなかったの、寂しかったね。でも、それでも大人になってる。別に輪に入れなくても生きているよ。そのままで大丈夫だよ。

子供を変えようという気持ちがすーっと消えました。

自分が変われば、私がママ達の輪に入るようになれば子供も変わるかもしれない。でも、別にできなくても大人になれる。だから無理する必要もない。私は、私の不安(輪に入れないこと)に向き合えばいい。確かに怖い。けど、もし優しそうな人がいたら話してみたい気持ちもあるなぁ。

そんなふうに、自分のことだけ考えるようにしたら、とっても楽になりました。

子供を変えなければ!でもなく、子供のために自分が変わらなければ!でもなく、輪に入っても入らなくてもどっちでも大丈夫なんだと思えたんです。

現状はなにも変わっていませんが、心が軽くて、行くのも嫌だった支援センターも、嫌なものではなくなりました。

悩みの原因を外に求めるのが外道
悩みの原因を内に求めるのが内道

内に求めるというのは、自分のせいだと責めることではなく、ただ気づけばいいだけで、そのまま受け止めればいいことなんだ、と思った今日でした。

いつも同じような結末です。本当に、何回同じことに気づけば気が済むのかと思いますが、それも自分なので仕方ないですね。