蛆の王
1
祖父が死んだ。
どこで僕の住所を知ったのか……兎も角、投函された「仮通夜の御報せ」にそうあった。
正直、無視しようと思った。喧嘩と暴力が部屋の隅々まで行き渡り、人間関係図の全ての矢印に「敵意」と記される場所に、態々戻る理由は無い。
「よく生きてたな、糞弟」
それでも僕は、大学の夏休みに山奥の実家へ戻り、姉の罵声を浴びていた。
偏にあの「御報せ」の一文のお蔭だ。
遺産。
そう、金。
貧乏学生が独力で生き抜くには金が要る。僕は僅かな可能性に賭け、死人の脛を齧りに来た。
宛ら蛆だ、と自嘲し。
そして嘲笑する。
「何にせよ、遺産は息子の俺のなのに」
人を見下す嫌味な笑顔の父を。
「阿呆。私のに決まっとろうが」
散々人を陥れ私腹を肥した祖母を。
「ンだよ。老い先短ェのに、今更仲良しアピールかぁ?」
悪態をつく粗暴な姉を。
「は。50年伴侶だった私こそ、権利があるってだけサ」
「伴侶? 縛り付けた、の間違いだろ?」
そして三人の醜い論争を見詰める、僕にしか強く出れぬ母をも、嘲笑する。
慣れた地獄に懐かしさすら覚えながら――
「そろそろ宜しいか?」
鶴の一声に、皆黙る。
成程。死骸の横に胡座をかく彼が、遺言執行者。
蝉の音が支配し始めた和室で、改めて悟る。離散した金樹家が一堂に会したのは、単に金目当てだと。
「では早速、金樹蔵人の遺言だ」
封筒が開かれる。
そこに、遺産の行方が。
コレがドラマなら、ドロドロ殺人ミステリの導入にもなろう。
そのまま全員死ねば良いのに。
僕は今も本気でそう思っている。
遺言が読まれる。
『俺はお前らが嫌いだ。本当は遺産などやりたくない』
初っ端から言うなあクソ爺。予想通りだが――
『だから全員で殺し合え。生き残った奴になら全てくれてやる』
お前らに向ける言葉は以上だ。
そう締め括り、彼は指を鳴らす。
襖が開き、スーツ姿の女性がガタガタ鳴らしながら箱を台車で運んで来た。
【続く】
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