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A:re:A -アリア-

 ――ようやく、辿り着く。

 白いワンピースを着た長い黒髪の少女、衆雲おおぐも亜美あみは、6両編成の電車に揺られ、車内の電光掲示を見ながらそう言った。
 不協和音のチャイムの後、車掌のアナウンスが鳴り響く。声は落ち着いた低い声でベテランを感じさせるが、何語かが分からない。
 ややあって電車が駅に到着する。アナウンスの声とは裏腹に、初心者の運転の如く急停止する。が、亜美は驚かない。周りに乗っている人も。
 電車の扉が重々しく開く。その瞬間、外の空気が入り込む。それは新天地へ降り立つ際に感じる独特の爽やかな匂いではなく、排気ガスに侵された、何かが腐り落ちたような臭いだった。
 あまりの激臭に亜美は鼻をつまむが、それでも電車を降りる。彼女は、この駅で降りなければならない。たとえどんなに酷いことがこの先待ち受けていようとも。

 ――を、果たさなきゃ。

 決意と共に、白い靴で駅舎を踏み鳴らす。
 駅の外に広がる光景は荒れていた。
 砕け散った街灯、焼け落ちた鉄塔。名前も知らない雑草が乱雑に生え、灰色の雲が街全体に暗い影を落とす様が見える。
 ――絶望街ダウンタウン
 それが、この街の名前。

 ――噂に違わないわね。

 心の中で言いながら『邨カ譛幄。』と表示された駅名を一瞥し、亜美は他の人と同じく改札へ向かう。使い慣れたICカードをピッと通す。引き落とし金額は『-427円』と表示された。
 駅の外へ繋がる階段を降りる。通り過ぎる横には、気力と光を失った目の女老人や、口角を上げながら譫言うわごとを呟く男性が座っている。ひたすら刃物を手首に押し当てる女性もいれば、罵詈雑言をひたすら吐き散らす太った男も。
 だが、亜美はそんな人らを気にする余裕も、その気もない。

 ――待っていて、明希あき。必ず終わらせるから。
 たとえ、道を踏み外しても。たとえそれで、怪物になるとしても。

【続く】

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