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食べているのに食べていない?の秘密を解く

人が食べているものと健康状態の関係を明らかにする「栄養疫学」という分野は、たくさんの人の食事摂取量を調べることが必須!という説明をしました。そして、その方法には大きく分けると3種類に分けられ、それぞれに特徴があることをお伝えしたところです。

では、食事調査で栄養素や食品の摂取量が得られたら、すぐにその値を使えばいいと思いますよね。けれども、食事調査を実施したときに起こる注意すべき「現象」を知っておかないと、せっかく得られた食事データをうまく活用することができないんです。このnoteでは、知っておきたい2つの現象のうちのひとつである「申告誤差」を解説していきます!



●よく使われる調査法

「申告誤差」の説明の前に、食事調査法には大きくわけて3つの方法があるという図(図1)をもう一度示しておきますね。

図1. 食事調査法の種類と特徴

このうち、一番右の方法は化学分析を使う方法で、費用がとてもかかることや、一部の栄養素・化学物質にしか活用できないことから、大人数の様々な栄養素・食品摂取量と健康状態を調べたい研究や調査のときにはあまり使われません。そういうときには、一番左の「実際に食べたものを記録する方法」や中央の「質問票により長期の食習慣を回答する方法」を使うんです。このふたつの方法はどちらも「自己申告による方法」なんです。

●測定しても正しくない?

ただし、こういった自己申告による食事調査法で得られた食事の摂取量には誤差が含まれていて、実際の摂取量を測定できていないんです。質問票を使ってたずねた場合では、正確さが「少しあいまい」になることは前回のnoteで説明して理解ができたかなと思うのですが、たとえ秤で量って記録した食事記録法の場合でも起こります。食べたことを忘れたり、記録をし忘れたり、食べたと思っていた量が実際とは異なっていたり、というようなことが原因のようです。

専門的には、この誤差を「申告誤差」といい、多めに申告することを「過大申告」、少なめに申告することを「過小申告」といいます。

●記録しても生じる誤差

たとえば厚生労働省は、毎年秋に1日間の食事記録調査を行い、日本人の食事摂取量を調べています(国民健康・栄養調査)。その調査で得られたエネルギー摂取量と、ヒトが生きていくとき1日当たりに必要なエネルギー量であると考えられている推定エネルギー必要量を比較した図が食事摂取基準(文献1)に掲載されています(図2)。

図2. 食事調査で推定したエネルギー摂取量と推定エネルギー必要量の比較(文献1 総論図8)

図2の男性と女性の図から、食事記録で得られたエネルギー摂取量の推定値が、推定エネルギー必要量とは一致していないこと、そして右の過小・過大申告率の図から、6歳未満くらいまでは過大申告が、6歳くらいの小児期以降から成人期では過小申告が起こりやすいことが分かります。

●どの調査法でも誤差は生じる

他の食事調査法ではどうか、ということは図3で分かります。

図3. 様々な食事調査で見られる申告誤差

この図の中の白い丸印(○)は食事記録法、四角印(□)は食物摂取頻度法、というように、様々な食事調査法で調べたエネルギー摂取量が、実際の摂取量とどのくらい差があるのかを示した結果です。

この図の縦軸は、食事調査法で調べたエネルギー摂取量が、実際のエネルギー摂取量に比べて、どの程度差が生じているかを示しています。もし対象者がエネルギー摂取量を食事調査で正確に申告できていたとしたら、縦軸で示したエネルギー摂取量/総エネルギー消費量の値が100%になるはずなんです。つまり、赤い線上にすべての印が示されるはずなんですね。けれども、多くの印は赤い線の下に示されています。つまり、食事調査で調べた、対象者が申告したエネルギー量は、実際の値よりも少なくなることのほうが多い、ということが分かります。

●太っている人は「食べていない」?

この図3からは、さらに2つの面白いことが見えてきます。ひとつは横軸に注目です。BMIとなっています。これは肥満の度合いを示すもので、大きいほど肥満の度合いが大きくなります。そして、BMIが大きいほど縦軸の値が小さくなっていて、全体的に右下がりの青い線のような傾向が見えるのがわかるでしょうか。つまり、肥満の人ほど、申告したエネルギー量は実際に食べたエネルギー量よりもどんどん少なくなっていることを示しています。肥満の人ほど、食べたはずのものを食べなかったことにしたいと思うのか、食べたことに無意識で忘れてしまうのか…。明らかなことはわかりませんが、これは肥満の人の特徴でもあり、本人が「食べていないけれど太る」と言っていたとしても、それは本人が悪いわけではないのかもしれませんね。

逆に、痩せている人は、実際に食べたよりも多く申告してしまう傾向がある、という研究結果もあるんですよ(文献2)。

●他人には厳しい?

もうひとつは、100%のところに示した赤い線の近くにどんな印があるかを見てください。左から右へ進んでも、黒い丸印(●)は常に100%の赤い線の近くに示されていますよね。この印が示している調査法を見てみると「第三者が観察」とあります。対象者の自己申告ではなく、他人が記録をつけて調査している方法なんですね。その場合はわりと正確ということです。つまり、自分で申告すると少なめになるのに、人は他人の食べているものを記録する場合にはとっても厳しいようです。

ダイエットしたいときにはほかの人に食事記録をとってもらって、食べすぎている傾向が見えてきたところでストップをかけてもらうと食事量が抑えられるのかも…なんて思います。

●まとめ

大規模に食事と健康の関係を調べたいと思ったら、「実際に食べたものを記録する方法」か「質問票により長期の食習慣を回答する方法」の、自己申告による食事調査法をとることが多いです。けれども「自己申告」というのはやっかいなもので「申告誤差」という誤差を生じさせます。特に、太っていると「食べていない」という過小申告になりやすいですし、一般的な成人の場合も過小申告は起こりやすいです。食事調査を実施して、非常に少ない食事摂取量であるとの結果が出たときに「こんなに食べていない!」と発表するのは申告誤差のことを考慮できていない、栄養学の基礎が分かっていない人がすること。調査結果を適切に解釈するために「申告誤差」の存在を知っておきましょう!

食事調査で得られた食事摂取量をどう活用するべきか、たとえば報告書ではどのように記載すべきかは、こちらのnoteが参考になります。



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【参考文献】
1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
2. Murakami K, et al. Eur J Clin Nutr 2008; 62: 111-8.


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