見出し画像

「作りました、使います」は言っちゃダメ!質問票活用前に必須の妥当性研究

人がどんなものを食べているのかを「はかる測定する)」ことを専門的には「食事調査」と言います。これが、意外にとっても難しいことなんですよ、とこれまでのnoteでも述べてきました。自己申告の場合は「申告誤差」が生じるため、調べた値は真の値ではない可能性が大きいし、毎日違うものを食べるという「日間変動」のため、1日や数日の食事を調べただけでは、健康状態に影響を与える「習慣的な食事摂取量」を調べることはできないわけですね。食事を評価するアプリを使っても、その精度がどの程度が分からず、またその使い方も難しいものだということは以前のnote記事でも説明しました。

こういうわけで、栄養疫学の研究で、多くの人の習慣的な食事を調べたいときによく使われる食事調査法は、質問票を使う方法です。では、この質問票を作って使おうとすると、これがまた簡単にはいかないわけです。その理由、説明します。



●どうやって作るの?

質問票を使るだけでも大変です。その質問票で食事の状況をどのレベルで聞くのか(食べた料理のことを聞くのか、それとももっと細かい食品や食材のことを聞くのか)?どんな種類の料理または食品のことを聞くのか?食べた量はどうやって聞くのか?どのくらいの期間の内容を聞けばよいのか(1か月か、1年か)?…。決めるべきことはたくさんあります。それぞれの悩むポイントに対してひとつずつ方針を決めていかねばなりませんし、その決めた理由にはそれぞれにエビデンス(根拠となる論文情報)が必要です。今後、この部分に関しては機会があったら詳しく説明していきたいなと思います。

●本当に使えるの?

試行錯誤して質問票が完成すれば、それで使えるのか、といったら、違います。まだすることがあります。それが、食事アプリを使うときにも重要ですよ!とこちらで説明した「精度の確認」です。この質問票を使うことで、習慣的な食事摂取量を測定できそうだ、ということを研究として示していなければ安心して使うことができません。こういった開発したツールの精度の確認をする研究のことを、専門的には「妥当性研究」と言います。

●どうやる?妥当性研究

質問票に回答して得られた食事摂取量がその人が本当に習慣的に食べている食事を測定できていそうであるかどうか、を調べる妥当性研究はいったいどうやって実施するのでしょうか。

一般的なその方法を説明すると、まず、その人の習慣的に食べている食事を、この質問票ではない別の調査法で調べておき、そちらを基準比較基準;Gold Standard)とします。食事調査の場合には、基準を、複数日の食事記録法や食事思い出し法にすることが多いです。これらの方法はこちらで説明したように、「ある日実際に食べたものを記録する方法」でした。実際に食べたものを測定するために、質問票法よりは「正確さは高い」とみなされているのです。ただし、1日の調査では習慣はわからないため、複数日実施するんですね。できれば長いほうがよいのですが、実施可能性もありますから、3~4日くらいで実施されることが多い印象があります。私が実施した研究では16日間の食事記録法を使ったこともありますよ。そして、この方法で調べた食事摂取量を「その人が真に食べた習慣的摂取量である」基準値とみなすわけです。そして、この基準に比べて、開発した質問票で調べられた値がどの程度基準値に近いかどうかを比べて、精度を調べます(文献1)。

●「絶対的」ではない弱さ

ここで、これまでの食事調査法のnoteをしっかり読み込んでくださったみなさんは「食事記録法や食事思い出し法でも申告誤差は生じるのに、なぜその摂取量を『真に食べた習慣的摂取量』にできるのか」と思われるかもしれません。そのとおり!食事記録法や食事思い出し法で調べた食事摂取量も、実際には「真に食べた食事摂取量」ではありません。とはいえ、それではどうやって「真に食べた食事摂取量」を測定しましょう?そういった方法はまだ世の中には存在していないのです。なので仕方がないわけです。そのために、食事記録法や食事思い出し法で、できる限り「真に食べた食事摂取量」に近い摂取量を調べられることが、妥当性研究のになります。そのために、私の経験では、食事記録法を比較基準に使った妥当性研究を実施したときには、対象者の人の記録をそのまま受け取るのではなくて、調査員が確認し、不足がないか、誤りがないかを確認することをかなり丁寧に実施しました。食事調査の確認の様子は、以前FOOCOMコラムでも紹介しています。

こうして、「真に食べた食事摂取量」ではないけれど、それに近い値をできるだけ得て妥当性を調べます。そのために、こういった方法で妥当性を調べることは専門的には「相対的妥当性」といいます。「絶対的妥当性」ではないので、どこまでいっても真に食べた習慣的食事摂取量をどのくらいの精度で調べられるか、は分からないという弱さがあります。けれどもそれ以外に方法はないので、仕方ないのです。

●量はわからなくても十分使える

実際のところ、栄養疫学の研究者たちは、質問票で習慣的な食事の「量」を正確に調べることは求めていません。そこには誤差が存在し、ずれるのは当たり前だと思っているんですよね。私たちの開発した質問票でも、たとえば16日間の食事記録を基準にした場合、女性の対象者の場合、果物の摂取量は28 g(20%)くらい多めに(文献2)、たんぱく質の摂取量は2.3 g(3%)くらい少なめに(文献3)評価していました。もし30%くらいのずれがある食品や栄養素があっても、その質問票で調べた食事摂取量を使って研究をしていることは多いように思います。というのも、研究者たちは「正確な量」そのものではなくて、その得られた摂取量をもとに、対象者の人たちを「少なめに食べている人と多く食べている人に群分けできるか」ということを重視します。食事記録で調べた食事摂取量で少ない人から多い人まで並べたときの順番と、質問票で調べた食事摂取量で同じように並べたときの順番が、だいたい同じかな、ということを「精度のよさ」のひとつの要素として確認し、その順位付けの能力がまあまあの高さであれば、妥当性はある、とみなして、質問票を使えるとするのです。この、2つの方法で順番を調べて似た状態であるときを「相関がある」といいます。相関があるかどうかは「相関係数」という数値で示すことができます。

相関があることを図で示すとこんな感じ。あるの人の、食事記録で調べたたんぱく質量をx軸の値、質問票で調べたたんぱく質量をy軸の値にして、ひとりひとりの値の点を打っていきます。このふたつの方法の値が同じであれば、点はy=x上の青い斜めの線の上に存在することになります。

たんぱく質摂取量の相関図(文献3で使用したデータを用いて作成(男女含む))

相関係数は-1.0~1.0の間の値をとり、0だと相関はない、1.0に近づくにつれて右上がりの強い正の相関、-1.0に近づくにつれて右下がりの強い負の相関、と判断します。
こうして相関係数がある程度高いときには、質問票で調べた食事摂取量は基準の方法と同じように、摂取量が少ない人を少ない、多い人を多い、と分類できて、少ない人に比べて多い人で健康状態がよいかどうかを調べるとき(つまり栄養疫学研究)には使える、という結論にいたるわけです。

●まとめ

食事質問票を開発する、というだけでも大変な作業なのですが、物は完成しても使えるまでには「妥当性研究」という研究がさらに必要です。しかも、妥当性を検討するために「真の習慣的な摂取量」を評価できる「基準」となる方法は世の中に存在しないため、「食事記録法などで真の習慣的な食事摂取量を得られている」と仮定をおいて、この値を基準とみなした「相対的妥当性」で、質問票で調べた栄養素や食品の摂取量の妥当性を評価します。このときに「量」の正確さを求めることは無理なので、質問票では「摂取量が少ない人から多い人までを並べられる」かどうか(相関)を精度として調べるのです。この精度がそこそこ高ければ、質問票を使うことは妥当である、と判断でき、研究で使えるようになります。

本来なら、研究で使う質問票だけでなく、食事を測定するツールのすべて、こういった妥当性の検討が必要になります。ぜひ知っておいてください!

【メールマガジン】
信頼できる食情報かを見きわめるための10のポイント
をお伝えしています。ぜひご登録ください!
  https://hers-m-and-s.com/p/r/sPWrxMBU

【参考文献】
1. Willett W. Nutritional Epidemiology, 3rd edition. Oxford University Press. 2013.
2. Kobayashi S, et al. Public Health Nutr 2011; 14: 1200-11.
3. Kobayashi S, et al. J Epidemiol 2012; 22: 151-159


すべての100歳が自分で食事を選び食べられる社会へ。

一生で味わう10万回の食事をよりよい食習慣作りの時間にするための
お手伝いをしていきます。

また読みにきてください。
記事がよかったら「スキ」リアクションをお願いします!
励みになります!


【食情報・健康栄養情報を見きわめるためのコツ】

この5つのステップで、信頼できる食情報・健康情報の候補を簡単に抽出できます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?