医療DX入門2 GAPS Framework概説
1. GAPS Frameworkとは
GAPS Frameworkでは医療DXを行うための課題を、Governance、 Architecture、People and Program management、Standard and interoperability の4つに分けて取り組みます。GAPS Frameworkはアジア地域のデジタルヘルス推進のためにAsia eHealth Information Network (AeHIN) で開発されました[1](図1)。
Governance
組織管理、統制、経営
Architecture
技術構成
People and program management
人材及びプログラム運営
Standards and interoperability
標準と相互運用性
GAPSのそれぞれについては稿を改めて掘り下げますので、以下にその概要を説明します。
2. Governance (組織統制)
DXにおいてGovernanceが重視される理由は、これまでのDX失敗事例の多くがGovernanceに起因するからです。Governanceとは日本語で適切な訳語がありませんが、組織統制などがあてられています。
ガバナンスについてはさまざまな定義がありますが、ここでは「組織内外の利害関係を調整し、組織の価値を高めるように方針を定めること」とします。何を目指すのか方針が定まらないことにはDXは推進できません。
すでに医療の多くの場面で情報システムが関わるようになり、病院の機能に大きく関わっていますし、その維持コストも決して安くはありません。多額の投資をするのにも関わらず、「よくわからないから」「苦手だから」という理由で関心を持とうとせず、情報部門に方針を委ねる「はだかの王様」タイプの経営者も多いのが医療DXの問題点です。情報漏えいやランサムウェア被害などの事故が起きれば病院が機能停止して経営問題となります。DXによって便利になる部署もあれば、不便になる部署もありますが、そうした部門間の調整を行い全体最適化を進めるのは経営陣でないとできません。
情報部門が素案を作るにしても、最終的にその方針を決定して組織内外の調整を行うのは病院長はじめ経営陣の役割であり、それこそがgovernanceです。情報、情報技術ガバナンスについては、経済産業省のデジタルガバナンスコード2.0[2]やCOBIT-2019[3]などのフレームワークもあり、それで学ばれるのもいいでしょう。
3. Architecture (技術構成)
医療情報システムは多くの技術的コンポーネントから成り立っています。それらのシステムは資産でもありますが、構成技術は経年劣化し維持コストなどの負債となります。
採用する技術がどのように機能するのか、誰にとって役に立つのかを示すような設計図(あるいは工程表、計画)を示すことはDXを推進する上で重要です。それらの設計図や工程表はガバナンス体制より承認を得た上で、業務に関係のあるステークホルダーと共有して誰が何を構築しようとしているのか、どれくらいの費用がかかるのかをわかるようにしておかないといけません。
技術上の問題点はともすれば特定の技術を採用しているかいないかという問題にすり替えられることがあります。手元にサーバを置くオンプレミス構成から、ネットワーク上に仮想化技術で構成されたクラウドに移行することは現代の大きな流れの一つです。しかし、クラウドを利用するだけでDXが進むわけではありません。医療でもクラウド利用が普及しつつありますが、災害時の通信途絶時でも利用できるようにオンプレミス構成を残して多くというのも別に間違った選択ではありません。
アブラハム・マズローが「ハンマーしか持っていなければ、全てが釘のように見える」(If all you have is a hammer, Everything looks like a nail; 図1)といったように、一つの技術にこだわると、それで全てが解決できるように思えてくるものですが、現実の課題は釘だけではありません。様々な技術とその特性を知った上で全体を構成していく必要があります。
DXが目指す業務改善の本質は技術以外であることも多くその見極めも大切です。Governanceの問題やmanagementの問題を技術だけで解決するのは不可能です。一方で技術的な解決は圧倒的な生産性向上にも繋がります。新しい技術を学び、検討していくことは情報部門では当然のつとめの一つです。
4. People and program management (組織および計画運営)
Architectureでは技術構成とともに、工程表を示しますが、People and program managementでは、DXの過程で誰にどのように業務が割り振られるのかを計画して、それを受け入れてもらうように運営することを担います。 誰しも見たことも経験したこともない医療情報システムの導入や運用について事前に理解することはなかなか難しいものです。Managementを担当する情報部門が主体となって導入から運用、そして業務定着までの全ての段階で継続的に説明して臨機応変に対応していく必要があります。
このような場合に問題となりうるのが
ITプロジェクトの管理についてはPMBOK[4]やPRINCE2[5]などの標準化された手法がありますので、それを参考にしていくのも良いかと思います。AeHINでは以下の2つの方式を進めていました。以下の2つはそれぞれ単独で実施されることもあれば、併用されることもあります。
小さく始める(Small start)
PRINCE2でも推奨されていますが、最初は小規模の試験導入からはじめて、改良を進めるごとに規模を大きくしていく方式
外部のマネジメント組織に委託する
組織外のITプロジェクト管理会社に委託してDX業務の運営管理を実施してもらう。単に助言を求めるコンサルタント形式から、運用全般まで委託するなどの形態がある。
5. Standard and interoperability (標準と相互運用性)
病院情報システムは電子カルテを中心に各部門システムなどから成り立っています。システム間でデータを連携するためにはデータ形式や通信手順をその都度定めるのは効率が悪いため、標準化された手順が求められています。
多様な医療情報を扱うためにこれまで数多くの標準規格が採用されてきました。厚生労働省が認めたものだけでも26ありますが[6]、150以上の標準規格があるとされています。医療情報システムを構成するためにはこれらの規格を複数組み合わせて用いる必要があります。一つの標準ですべての標準課題が解決されるかのような意見も散見されますが、技術構成でとりあげたマズローの金言のように、それは「一つの標準しか知らないか、その標準の内容すら知らない」という意味でしかありません。
医療情報規格は医学、医療の進歩に合わせて発展していくものですので、これもまたアップデートしていく必要があります。そのコストは決して安いものではありません。医療データは場合によっては何十年も記録を残していく必要があります。人間の寿命が100年近いことや、新しい医学の発展や保険行政のためにはデータが必要だからです。データの標準化は長いスパンを前提として考えていく必要もあります。
6. まとめ
GAPSフレームワークは保健医療行政DXのために開発されましたが、DX全般にも適応可能だと思います。
医療DXを進めていくためには重層化した課題をGAPSのそれぞれの視点で切り分けて、一つづつ解決しないといけません。医療DXを実現するという製品も提供されてはいますが、一つの製品を導入して定着させるためにはガバナンスやマネジメントでの課題も多く、場合によってはデジタル化をしないことも選択する必要もあります。
次回から、GAPSのそれぞれについて以前に講義した内容をもとにまとめていきます。
参考文献
Asia eHealth Information Network, GAPS Framework, 2013, https://www.asiaehealthinformationnetwork.org/mind_the_gaps/
経済産業省、デジタルガバナンスコード2.0、2020年11月発行、2022年9月改訂、 https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf
ISACA. 2019. COBIT 2019 Framework: Governance and Management Objectives. (ISACA東京支部のCOBIT-19ページ https://www.isaca.gr.jp/standard/ )
一般社団法人 PMI日本支部、プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(PMBOKガイド)第7版+プロジェクトマネジメント標準、2023年、https://www.pmi-japan.shop/shopdetail/000000000028/
APM Group, PRINCE 2 official web site. https://www.prince2.org.uk/
一般社団法人 医療情報標準化推進協議会(HELICS協議会)、厚生労働省「医療情報標準化指針」提案・採択状況、http://helics.umin.ac.jp/helicsStdList.html