御供平佶『河岸段丘』 いまはもうない職業の職業詠
御供平佶という歌人の名前を、私は富山県の友人・奥武義から聞いて知ったものと思い込んでいた。
だが別件で、ずっと前から持っている本、『第一歌集の世界 青春歌のかがやき』という詞華集をめくっていて、目次に御供平佶の名があることに気付いた。友人から聞いたころにようやく御供平佶の短歌を読める感覚が養われたということかもしれない。
『第一歌集の世界』はながらみ書房から出版された詞華集のひとつである。さまざまな歌人の第一歌集から、主に作者自選により集めている。ほかにも『私の第一歌集(上・下)』『現代の第一歌集』などがある。
『第一歌集の世界』は1936年~1945年8月15日まで、つまり太平洋戦争の終戦日までに生まれた歌人を対象としている。その第一歌集は戦後の政治運動にまつわるものもあり、学生運動に参加しつつ短歌を詠んだ岸上大作・清原日出男なども掲載されている。
わざわざ前置きを長く書いたのは、御供平佶という人の短歌を読む上では、彼の職業の情報・時代背景が欠かせないからである。
御供は国鉄で連結手という職を得るが、その後鉄道公安官と呼ばれる仕事に就く。鉄道の治安を守る職であるが、時代の性質上労働運動の鎮圧という側面を持つ。運動側から憎まれる仕事であった。
学生運動の時期に警察官であった歌人・筑波杏明にも似て、その短歌は緊張感と葛藤に満ちている。『第一歌集の世界』から引用するので当然であるが、第一歌集『河岸段丘』から紹介する。
自分たち鉄道公安官に悪罵を浴びせるたくさんの声がある。そのうちには、運動に参加する自分の兄もいるであろうというのである。憎まれるのは他人からだけではなかった。
攻撃されても後退することはできない。ただ前に立つのみである。ほかにできることがあったのかというと、次のような短歌がある。
逮捕はするなと言われているのである。したがって前の短歌のようにただ立ちはだかり、憎悪と攻撃を受け止める状況にもなる。
『河岸段丘』はすべてが職業詠で占められてはおらず、恋や家族の短歌もある。
背丈が自分より低い恋人から、ちょうど髪の匂いがするのだ。この一首では、顔を押し付けていて息が聞こえるという部分に、暑苦しくも生きている肉体の感じがあり、「あはく髪の臭ひす」という言葉を引き立たせている。
神前結婚での一場面であろう。儀式として新郎新婦が同じ盃でお神酒を飲むのであるが、そこには相手が飲んだ際の口紅がまじっているはずだ。
そして生活と職業は結局別々であることはできない。
人を捕らえる仕事について七年の御供は、子供二人を背中に乗せて遊んでやっている。畳の上を這うというのは「おうまさんごっこ」であろう。
「背に畳這ふわれたたみはふ」のリフレインは、のどかな情景のはずなのに痛切である。
鉄道公安官という職業は、1987年の国鉄民営化の際に廃止されたそうである。御供平佶『河岸段丘』は今は存在しない職業の職業詠である。
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