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ただやりたいことをやるための脳の使い方(後日談)

先日、できる、できないではなく、やりたいことをただやる。ゴールを決断することで、自分が変わっていく、ということをトライアスロン出場を決めた私の実体験をもとにご紹介しました。

前回は、トライアスロン直前までを書きましたので、今回は実際どうだったのか?ということを後日談的に書いてみたいと思います。

コーチングでも認知科学でもなく、ほんとに後日談で、もはやトライアスロンについての記事かもしれません。笑

ただ、現状の外のチャレンジのその後、どんな感情になったのか、といった意味で心象風景を少し感じて頂けたらと思います。(なので、ほぼ日記です笑)

いよいよトライアスロン前日

今回は通称はるトラという群馬県榛名湖のトライアスロンに参加しました。

榛名湖と榛名山


トライアスロンは朝がはやく5時台には準備を開始する必要があるため、前日は榛名湖に近い伊香保温泉に前泊しました。

ホテルニュー伊香保、という37年前にニューだったホテルで、おじいちゃんおばあちゃんが経営されているホテルだったのですが、施設は古くても、とてもきれいにされていて、なんともあったかみのあるホテルでした。

何より、朝早く出る自分のために、受付にパンを置いておいてくれたり、早朝から温泉を開放してくれたり、と全力で応援してくれて、とても励まされ、穏やかな気持ちで前日を過ごすことができました。

ホスピタリティーがあるホテル、といえばそれまでなのですが、不安いっぱいの自分にはこの温かさが沁みて、挑戦すると知らない人すら味方になってくれるんだな〜としみじみと感じました。

そして当日

もっとも慌てたのは、

スイムの時、でもバイクの時、でもランの時でもありません。

朝出発着後です。

車に向かいました、そしたら、

レンタカーの鍵がない、、!

部屋に戻ってみても、リュックをひっくり返してみても、

レンタカーの鍵がない!

終わった、、、と思いました。

ただものをなくした話、なのですが、書かずにはいられません。

鍵がなくてリタイア。

ここでこのnoteが終わるところでした。


この日一番しんどかった瞬間です。

ただホテルで見つかりました。笑
夜勤のおじいちゃんがヒーローに見えました。仲良くなりました。

さてもう怖いものはない。
なぜなら会場に行けるのだから。
出場出来るだけ有難い。

もはや何か見えないものへの感謝いっぱいで会場に着きました。


会場の雰囲気は、もはやフェス!って感じでした。

リレーででるトライアスロンチームもあれば、仲間内で来てる人もいれば、玄人っぽいソロもいれば、という感じですが、早朝から何だか盛り上がっており、皆でこれから挑戦する!という良い緊張感が会場近辺に流れており、何だかこの時点で来て良かったと思いました。

その後、ゼッケンの付け方も試泳の仕方も分からい私はその辺の人を捕まえては聞きまくり、なんと準備を整えました。(トライアスロンは本当に準備が多いのです)

そして思っていたよりも説明会とかはなく個々人準備して、気づいたらもうスタート!という感じでバタバタとスイムパートがスタートしました

スイム 溺れる、死ぬ!!


スイムパートがスタートしました。人生初のプール以外でのクロール、人生初のウエットスーツ、開始恐らく100mくらい。

溺れました。

ウエットスーツが重く手があがらない(着方が間違っていたのかも、、)、周りの人にすごいぶつかられる、すぐ横にそれる、湖でしたが波だっており、呼吸をしようとすると水を飲んでしまう。

慣れてる人にとっては何ら大したことでは無いと思うのですが、緊張していて身体もかたく、パニックになっている私の気持ちは、溺れる、死ぬ!!でした。

周りを見ると、お仲間なのか、スタッフの人のボートに捕まって休息する人がちらほら(つかまるはokだが助けを求めるとリタイア)。もうダメかもしれない、助けを呼びたい、呼んでも間に合うか??という気持ちでした。

その時、、思い出したのはトライアスロン出場経験のある先輩からのアドバイスです。

トライアスロンはスイム以外基本死なない。スイムも死にそうになったら、これを思い出せ。

ウエットスーツは、力抜けば浮く。

浮こう!と思い、背中を下にして浮きました。

するとしっかり浮いて、何とか呼吸ができました。30秒ほど浮いたら、パニックがおさまってきて、やりたいからやっている、ということを思い出してきました。

最悪またこうやって浮けばいい、いったんあのブイまで頑張ろう、とまた100mほど泳ぎました。

練習したフォーム通りには全く泳げません。何泳ぎなのか、みたいな状態です。

でも少しずつ落ち着いてきたら、だんだんと真っ直ぐ進むコツが分かってきて、少しずついつものフォームで泳げるようになってきました。

すると他の人のクロールがすごい綺麗であること、何より榛名山がとても雄大なことなど視界が広がってきて、だんだんと気持ちよく泳げるようになってきました。

しかし、、750m×2周で、途中一瞬陸にあがるというコースだったのですが、750mを泳いだ時点でスイムの制限時間が迫っており、残り1周泳ぐと、時間制限でリタイアになるタイムでした。

そこで、残り1周を泳がずスキップするという選択をしました(ここのタイミングのスキップだけはリタイアにならないというルールでした)。


なので、ここで結論なのですが、50.5Kmのトライアスロン(オリンピックディスタンス)は完走していません。


今振り返ると、もう一周泳いだら、慣れていてぐっとタイムが伸びていたかもしれません。
堂々と完走と言いたかったし、悔しいです。

しかし、その時はこのままリタイアになると、バイクもランもできない、それが嫌だという気持ちで、その時、やりたいと思ったことをやったという気持ちでもあります。

バイク 激坂アタック×5


スイム後はバイクです。

トランジションエリアで、ウエットスーツを脱いで、バイクに跨りスタートしました。

1周8kmの湖外出および山道を5周。

スタート後約2km、順調にすすみ、思っていたよりも暑くもなく気持ちよく走っていました。

しかし、、

現れたのは約1.5kmの激坂(急な上り坂)。

天へと続くメロディーライン

1周目にして、これは無理かもしれない、、と思いました。玄人っぽい方々もかなりしんどそうで、あれ、バイクは行けるって思ったけども、、と思いながら、何とか登り切りましたが、脚はパンパン、なぜか腰も痛いという感じです。

ロードバイクを借りて2週間の私は、たぶんフォームなども綺麗じゃなく、変な身体の使い方をしていたんだと思います。

このタイミングから身体の痛さと闘う40km強が始まりました。

(どうでも良いですが、この激坂の名前はメロディーライン。車が通ると凹凸によって音が鳴るやつです。車が走るたびに静かな湖畔が流れるのどかさと、自分のギャップに笑ってしまいました)

激しい上り坂のあとは、激しい下り坂。
みなさん嬉々として弾丸のように落ちていきます、もうほんと落ちていってる感じでした。

しかし私は、怖すぎて、ブレーキ握りしめて、何とか転ばないようにという感じでした。

そこからは、比較的走りやすいコースを腰の痛みと闘いながら走りました。

コース外には一定間隔でスタッフの方もたくさんおり、なぞのプライベート応援係みたいな人たちもちらほらおり、毎周声をかけてくれます。

とにかくこの温かさが嬉しくて、挑戦を応援される、ということがいかに有り難く喜びか、ということを感じました

2周目以降は要領を掴み始め、登りも何とかこぎ、下りも少しずつブレーキをはなしてこげるようになりました。

1km1km成長していく感覚もとても楽しく、予想より良いペースでバイクパートを終えました。

ラン フルもがき

バイクパートを終えたときは達成感ありまくりで、あと10km走るのが信じられないという感じでしたが、あれよあれよとランパートに誘導されていきます。

しかし私には秘策がありました。


この40kmのバイクのパートの中で、先行してランに突入している方とすれ違いました。


その中になんと、ペットボトルを握りしめて走ってる人がいました。

ありなのか!!

と希望を見出し、バイクパートを乗り切りました。

そして希望(ボトル)を握りしめて、いざラスト10km。


と思って200m走ったら、まさかの登山道。
このタイミングでここ走らせる??というレベルの長く急な坂が待ち受けていました。

もうシンプルにショックでしたし、何考えてるんだろう??という気持ちでした。

ほぼ先行している方々は歩いてます。

私も走ってるのか、歩いてるのか、といったペースで何とか上り坂パートを超え、湖の周りを走りました。

バイクの時はスピードがあり、あまり見えていなかったですが、榛名山や榛名湖がとても綺麗で、身体は痛いし苦しいけど、何だか清々しく走ることができました。

もう走るの嫌だな、と思うたびにやりたくてやっているんだった、ということを思い出し、脳内でスガシカオのprogressが無限ループをし、何とか足を出す、という感じで走り続けました。

残り2kmほど、もうゴールできるな、と思ったとき、浮かんできた気持ちは、またやりたい、ということでした。

スイムで溺れてたときは、本当に何かを間違えてしまった、と思いましたが、最終的には、やって良かったし、またやりたい。

トライアスロンに限らず、やりたいことをやり続けたい、そう思いながら、無事ゴールをすることができました。

ゴールまでの500m、走り終えた人たちやスタッフの人たちが絶え間なく声をかけ続けてくれて、本当に良い場だったなーーと感じました。

また、終了後、車がとなりだった兄ちゃんに、おつかれどうだった?と声をかけてもらい、初めてなんで大変でした〜と話してたら、はるトラ結構キツイ方だから次は余裕だよ!また来年も会おう!何だったらヒルクライムとかトレイルランニングもやろう、と声をかけてもらい、チャレンジをすると、「またやろう」兄ちゃんが現れるんだなというのが最後の発見でした。

(追記)
またやろう兄ちゃんおすすめのトレイルランも、トライアスロンから2か月後に出場し、無事完走しました!多分そう遠くない未来に、テント張りながら、連日荒野を駆け抜けるレースとかに出てそうな気がします。
自分がとめられません笑。やりたいことを、これからもただただやっていきます!

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