その子はこの手によく馴染むカメラ
って感覚ありませんか?
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2019年にそのカメラは発売された。
僕は自他共に認める、根っからの形から入る人間で趣味も手加減がなかなかできない(キャンプギアも可能な限り例えばスノーピークでとか、困った性格でなおしたい)。
当時、本腰を入れて写真を学ぼうと、とにかく写真を沢山撮らなきゃ病だったぼくだが、もっと色々撮りたいなぁと思いつつ、メインカメラだった一眼レフカメラが重いのを言い訳になかなか持ち出さなくて、足取りが止まっていた。
スマホでも撮れるじゃんって思うけど、自分の場合スマホだと撮る意欲が湧かず(湧くスマホがあれば貸して欲しい)、なかなか撮れず。
そんな時にコンパクトデジタルカメラのこの子を知り、cp+を知り、広島から片道4時間をかけて会場のパシフィコへ会いに行った。
まぁ、当時の僕は写真仲間や友達はいないし、そもそも1人行動も大好きなので、周りが賑やかであろうとお構いなしに色んなカメラを見て、触って、そして目的の子に挨拶へ。
その時の動画。
当時YouTubeに動画投稿とか興味も何もなかったし、何なら見ることもなかったのに動画をupしてるということは、よほど感動したんだろうな自分って思う。
(別の話になっちゃうけど、そういう自分の記録として写真にしても動画にしても記録しておくことっていいよね)
そして、即決で予約した。
多少はスペックとか他のカメラも比較したけど、迷いはなくて、一目惚れだったんだろうなぁ。
そして、4年目をそろそろ迎える今も僕の右ポケットにその子はいる。
随分と手に馴染んだ。
不思議なことだけど、他の人の同じカメラを触ると、同じモノなのに初めて扱うカメラのような違和感を感じて使い下手になることがある。
あれ?どうやっていじるんだっけ?なんてことになったりもする。
モノに魂は宿る、は科学的根拠もないし、実際あるわけないと思う反面、そう思うことがあるほど、勝手に自分とカメラの距離感の遠い、近いを感じることがあって。
だからってわけでもないけど、大切にする。
傷つけたら、口に出してもいいくらい謝ったりする。
それほど、愛着を持って接しているつもりだ。
きっとそういう姿勢は撮影はもとより、普段の人との接し方とかにも通じてくる気がしている。
使い始めて、5年目を迎えるその子の名前はGRⅢ。
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