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新型コロナウイルス感染症のワクチンはいつ完成するのか?

はじめに

 現在(2020年4月19日20:00現在)新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが世界中で発生しており、そのワクチンの開発が進んでいるニュースを耳にします。このワクチンについてWHOのマーガレット・ハリス報道官は「少なくとも12ヶ月程度で実現すると予想すべきではない」と述べています。

 国内外いくつものニュース記事で、ワクチンが普及するには短くとも12ヶ月〜18ヶ月はかかると繰り返し述べられております。例え今の感染の波が収束したからといって、ワクチンの普及なくしては完全に元の暮らしに戻ることは難しいのではないかといった話題を目にすることも多くなりました。

 一方で、その肝心のワクチン開発に関するニュースは私からすると断片的であり、開発が始まった、非臨床研究/臨床研究がはじまった、いつから始まるだのよくわかりません。

 果たして本当に1年〜1年半程度で元の暮らしに戻れるのかといった疑問と、網羅的に見た現状がどうなのかあまりによくわからない状況であったため重い腰をあげて調べてみました。

 免責:私は医療専門家や医学・薬学の研究者などではありません。したがって、いくつもの誤りや偏った情報が含まれる可能性があります。あくまでも参考程度にとどめていただけますと幸いです。記事に誤りがある可能性があります。お気付きの点があればご指摘下さい。修正します。

米 ClinicalTrials.govというサイト

 米国のNIHという国の機関が運営しているClinicalTrials.govというWebサイトをご存知の方はどのくらいいらっしゃいますでしょうか。一昨日、あるお医者様とお話しをしている中でもご存知なかったので、専門分野の関係者方でもない限り日本ではあまり知られていないのではないかと思います。

 一方で、このClinicalTrials.govは、アメリカ人の研究者からたまたま教えてもらったのですが、なかなかすごいサイトのようです。WebサイトのTopページで下記のように説明されています。翻訳すると次のような意味です。「世界中の公的/私的な資金で実施される医療研究のデータベースです。」

ClinicalTrials.gov is a database of privately and publicly funded clinical studies conducted around the world.

引用:ClinicalTrials.govより

 さて、このClinicalTrials.govに、誰もが気になっているワクチンの治験や研究に関する詳細な情報が登録されているでしょうか。

 2020年4月13日 16:17 (日本時間)にBloombergから配信されたニュースをによると3種が臨床試験段階であると記載されています。情報元は世界保健機関(WHO)との記載がありますが、ClinicalTrials.govへも全ての研究が登録されているでしょうか。

世界保健機関(WHO)によると、世界で開発中の新型コロナウイルスワクチンは70種類に上り、うち3つは既に臨床試験が行われている。

 一つが中国の康希諾生物と中国人民解放軍の軍事科学院軍事医学研究院生物工程研究所が共同開発したワクチンで、第2相試験の段階。残る2つは米モデルナとイノビオ・ファーマシューティカルズがそれぞれ開発したという。

 ワクチンの市場投入には通常10-15年程度かかるが、製薬業界は新型コロナ対応でこの期間を1年以内に圧縮させたいとしている。WHOの文書によると、ファイザーやサノフィなどの大手も臨床試験前の段階だがワクチン候補を抱える。

引用: 2020年4月13日 16:17 (日本時間)にBloombergから配信されたニュース

 例えば、この米モデルナ社の研究についてみてみましょう。早速調べてみると登録がありました。下記がClinicalTrials.govに登録されたモデルナ社の研究を紹介するページです。少々縦に長くなりますがページのスクリーンショットを添付します。

 見て頂くとわかりますが、研究の目的や時期、規模、実施者、実施場所、資金提供者を含めたかなり詳細な情報が記載されています。全て英語で記載されていますし、専門的な内容も含まれていますので、全てを理解するのは難しいのですが、少なくとも規模や時期などを知る上では有益と思いました。

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図:米モデルナ社の実施している治験の詳細(「clinicalTrials.gov」より)

 ちなみに、冒頭に記載されている"Trial record 8 of 15 for: COVID-19 vaccine"というのは、"COVID-19 vaccine"と検索した結果の8番目に掲載されいたためです。

ご参考:" Sars-COV2"は"Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2"の略称であり新型コロナウイルス感染症のウイルス名です。つまり、新型コロナウイルスですね。また、" COVID-19"はCoronavirus disease 2019の略称であり新型コロナウイルス感染症です。つまり病気名です。病気なのかウイルス名なのかですね。Diseaseは疾病を意味する英単語です。

 下記は、"COVID-19 vaccine"で検索した結果です。縦に長いページのスクリーンショットを添付します。見て頂くとわかりますが、15件ヒットしていても全てが新しいワクチン開発のための研究ではない事もわかります。例えば、BCG Vaccine(ツベルクリン)のワクチンが新型コロナウイルス感染症の予防に寄与する可能性を検証するための研究も含まれています。

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図:検索結果(「clinicalTrials.gov」より)

現在開始されている新ワクチンの治験

 さて、検索結果をそれぞれ詳細に見ていきましょう。先ほどの検索条件を絞ります。アメリカ国内で実施される予定/実施されているCOVID-19 ワクチンの介入研究(Clinical Trial)に絞ってみます。すると、現在3件の研究がヒットします。

 うち1件はまだ被験者のリクルーティングが開始されていないBCGワクチンに関する研究になりますので除外すると、薬の認可を得るための臨床研究(Clinical Trial)まで進んでいる新しいワクチン開発は2件しかないことがわかります。米国の研究状況は、前述の2020年4月13日 16:17 (日本時間)にBloombergから配信されたニュースにある通りですね。

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図:米国で実施される予定/実施されているCOVID-19 ワクチンの介入研究(ClinicalTrials.govより)

 ちなみに中国に絞ってみてみますと4件の医療研究が登録されていることがわかります。うちRow 1(1行目)のPhase I のClinical Trialは、"Active, not recruiting"の状態なのでまだ登録されているのみで研究がはじまっていない状況かと思います。Row 2(2行目)のワクチンはPhase II のClinical Trialということです。

 そして、Row 3(3行目)とRow 4(4行目)の2件はページの詳細を見てもClinical Trialsという文言が見られないため、薬の許認可を取るために必要なステップである介入研究ではない可能性があります。

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図:中国で実施される予定/実施されているCOVID-19 ワクチンの介入研究(ClinicalTrials.govより)

 ちなみに、前述2020年4月13日 16:17 (日本時間)にBloombergから配信された記事では、「ワクチンの市場投入には通常10-15年程度かかるが、製薬業界は新型コロナ対応でこの期間を1年以内に圧縮させたいとしている」とありますが、なぜなのかがわからなかったため調べていたところ、米 著名論文誌 NEJM(The New England journal of medicine)に掲載された「Developing Covid-19 Vaccines at Pandemic Speed」に、この市場投入を圧縮させるためのコンセプトについて、わかりやすい図が掲載されていたので引用します。

 この記事は、オスロを拠点とする非営利の疫病対策イノベーション連合(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations, Oslo.。略称:Cepi)によって書かれた記事です。当該組織は、COVID-19ワクチン開発の資金調達と調整(?)を支援しているそうです。

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図:Difference between Traditional Vaccine Development and Development Using a Pandemic Paradigm.(「Developing Covid-19 Vaccines at Pandemic Speed」より)

 このパラダイムの重要なコンセプトは、安全性の確認、効果の確認を行う前に製造のための投資を行うことで、ライセンスを得るためのプロセスを大幅に短縮する事です。通常はワクチンの安全性の確認、および効果が見られてから薬の製造キャパシティを拡大させます。つまり、このパラダイムを採用した場合、開発者や製造業者が経済的リスクを伴う活動を行うことが前提となります。

 現時点で本パラダイムをどの企業が実践するのか、そのまま実行するのか、どの国/エリアで実行されるのかについてはよくわかりません。しかし、米国のモデルナ社のケースや中国の事例について上述のNEJMの記事で言及がありますので、この2社に関して一部or全部を実践する可能性が考えられます。

"ModernaのmRNAベースのSARS-CoV-2候補は、最初の遺伝子配列がリリースされてから10週間未満の3月16日に第1相臨床試験に参加しました。"

引用:「Developing Covid-19 Vaccines at Pandemic Speed」より

 さて、前置きが長くなりましたが現在開始されている治験についてです。

 2020年4月13日 16:17 (日本時間)にBloombergから配信された記事では、中国1件、米国2件とのことでしたが、ClinicalTrials.govを見ているとUniversity of Oxfordの1件も治験開始されているようですので合計4件をリストアップしました。

A Randomized, Double-blind, Placebo-controlled Phase II Clinical Trial to Evaluate the Safety and Immunogenicity of the Recombinant Novel Coronavirus Vaccine (Adenovirus Vector) in Healthy Adults Aged Above 18 Years(中国 Phase II 終了予定:January 31, 2021)

A Phase I/II Study to Determine Efficacy, Safety and Immunogenicity of the Candidate Coronavirus Disease (COVID-19) Vaccine ChAdOx1 nCoV-19 in UK Healthy Adult Volunteers(英国 Phase I/II 終了予定:May 2021)

Phase 1 Open-label Study to Evaluate the Safety, Tolerability and Immunogenicity of INO-4800, a Prophylactic Vaccine Against SARS-CoV-2, Administered Intradermally Followed by Electroporation in Healthy Volunteers(米国 Phase I 終了予定:November 2020)

Phase I, Open-Label, Dose-Ranging Study of the Safety and Immunogenicity of 2019-nCoV Vaccine (mRNA-1273) in Healthy Adults(米国 Phase I 終了予定:June 1, 2021)

また、4月中にカナダでもこれからPhase Iが開始される予定のワクチンが見受けられましたので一応貼っておきます。

This is an observer-blinded study. Both participants and the study center staff performing outcome measurement are blinded; oral vaccines will be prepared by qualified unblinded study personnel who have no other role in the study. Testing laboratory personnel will also be blinded.(カナダ Phase I 終了予定:2021年12月31日)

 通常、ワクチンの治験はPhase I -> Phase II -> Phase III(日本語では第I相試験 -> 第II相試験 -> 第III相試験)と進み、薬事申請〜認可へと至りますからパンデミックであっても通常通りのステップを踏むのであれば、中国で進行中のワクチンが最短でPhase IIIのClinical Trialへ進む可能性があります。

 当該治験のPhase II 終了予定は、2021年1月31日ですので、上記前提の通りでは認可がおりるまでしばらくの時間を要することが予測されます。もしくは、緊急時ということでPhase IIまでの試験で安全性・効果が認められた場合はPhase IIIをSKIPして認可に至るのかもしれません。(この辺りはよくわかっておりませんので、詳しい方がおられましたらご指摘いただけましたら助かります)

 英国で進行しているワクチンの治験はPhase IとIIを同時に進行させるようです。終了予定は2021年5月です。その後Phase IIIへ進むのであれば上記同様です。

 INO-4800は、米イノビオ・ファーマシューティカルズのワクチンです。Phase Iは2020年11月に終了予定です。

 mRNA-1273は米モルデナ社のワクチンです。現在、Clinical TrialのPhase Iですが、evaluate.comの情報が正しければ数カ月以内にPhase IIの製造は数か月で始まり、最終的には数百万回の投与が可能になる可能性があります。また、mRNAワクチンは自然感染の模倣に優れており、製造システムの「機敏性」を強調しているとのことです。* Phase Iの終了時期は2021年6月1日です。

 また、ClinicalTrials.govへの登録はありませんでしたが、Johnson & Johnson社もワクチンの開発を進めており、Phase Iの治験を2020年9月に開始し、安全性の確認を済ませた後、来年の早い段階で緊急時にワクチンを投与できるようにするといった発表をしています。同様にClinicalTrials.govへの登録はありませんでしたが、ファイザー社もPhase Iの治験を2020年4月末までに開始すると発表しています

 と、ここまで見てきてCOVID-19のワクチンが普及するには12ヶ月〜18ヶ月はかかるとの報道は「短くても12ヶ月〜18ヶ月」と言うことなので、Phase IIIの治験が必要の有りの場合や、一般へ流通するための期間を考慮して悲観的に見たら、18ヶ月よりも長いタイムラインとなる可能性は十分にあるのではないかと考えられます。

 一方で、前述Johnson & Johnsonの「来年の早い段階で緊急時にワクチンを投与できるようにする」と言う発表が意味するものについて、何らかの条件下ではPhase IIIまでクリアしなくても限定的な認可がおりると言うことなのかもしれません。やはりこの辺の詳細はよく理解することができませんでした。詳しい方がおられましたらご教授いただけましたら助かります。

日本でワクチンが利用できるのはいつになるのか?

 さて、本調査を行う過程で気づきましたが、日本での治験はまだ1つも始まっておりません。最初にCOVID-19が流行した中国が先行しており、それを英米が追っているという状況です。ワクチンの認可は国が行うものという理解ですから、日本国内で治験を行わない限り、日本国内でワクチンを摂取することはできないと思われます。

 また、私の理解が正しければ、日本では中国、米国、英国等よりも遅れてワクチンの利用が開始される状況になると言うことですから、海外への渡航、海外からのインバウンドも日本は遅れて許可されると言う結果になる可能性があります。つまり感染の波が収まらない場合や、例え収まったとしても次の波が到来した場合、来年の東京オリンピック開催可能性が低下してしまうやもしれない事を含みます。

 では、今後開始される予定の日本国内の治験はどうでしょうか。ニュースサイトを確認する限り近く開始されるものは1件のみ確認することができました。日本国内では、大阪大発のバイオ企業「アンジェス」が7月から治験を開始すると発表しております。

 「アンジェス」社が開発するワクチンが一般へ流通するまでのタイムラインについて、日本経済新聞の記事では"吉村洋文知事は「(ワクチンは)9月に実用化を図りたい」と述べ、年内に10万~20万人への投与を目指す考えを明らかにした。"とありますが、このような短期間で安全性・効果の検証ができるのかについては、私には判断がつきませんが、米国のタイムラインを見ている限りでは少々リップサービスしすぎのように感じました。

 田辺三菱製薬株式会社の子会社、メディカゴ社(本社:カナダ ケベック市)でも、ヒトでの臨床試験を2020年8月までに開始するために当局機関と協議とのことです。

 アイロムグループのアイディ・ファーマも、中国・復旦大付属上海公衆衛生臨床センターとワクチンの共同開発で合意。両者はセンダイウイルスベクターを使った結核ワクチンを共同開発しており、その経験を生かして新型コロナウイルスに対するワクチンの開発を目指すとのこと。開発スケジュールは下記とのことです。

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図:アイロムグループ発表のニュースより引用

 しかし、田辺三菱製薬株式会社、アイロムグループの双方とも、日本国内で治験が行われるのかは不明です。 

 ここからは私の推測となりますが、大阪大発のバイオ企業「アンジェス」の治験が有効であった場合、同社のワクチンが日本中へ流通するようになるのかもしれませんが、米国・英国・中国等で認可が取れた薬の治験を日本で実施し、認可を取ると言うのが大方の目論見なのやもしれません。

 従って、アンジェス社に期待を寄せつつ、一方で現実的なラインは他国の12ヶ月〜18ヶ月後に認可〜流通するワクチンを使った治験を経てから日本へも流通すると言う感じでしょうか。

 早期に実現して欲しいという思いは強くありますが、やはり日本に住む私個人としては米中英よりも更に長丁場を覚悟して置くのが無難なのかな、と言う調査結果でした。


 

 


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