保健室の主-Every man's neighbour is his looking-glass.-

あるところに不満げな少女がいました。少女はSNSで行われている交流企画で自分のキャラと関係を持っていた人にブロックをされたのだ。

交流企画というのは、主催者が用意した世界観に合ったキャラクターを作成して世界を楽しみ、気になった他のキャラクターがいればキャラクター同士で交流することが出来るものである。

少女が作ったキャラと交流をしていたのは絵がとても上手な人だった。お昼と朝は一切更新せず、夜に呟きを一つ二つする人だった。おそらく社会人だろう。少女は物書きだった。そして、とても書くのが早い人だった。

少女は最初こそ「凄い人と交流出来ちゃった」とドキドキが止まりませんでした。興奮のあまり、一日二回投稿することもありました。しかし、相手はなかなか更新してくれません。最初こそは「お仕事忙しいのかな」と思っていた少女でしたが、その人が交流以外のイラストを上げているのを見て「私との交流がまだなのにどうして」という感情が沸々と湧き上がるようになってしまいました。そしてある日、少女の溜まりに溜まった不満は爆発してしまい、自分の気持ちを相手の記事に書き込んでしまったのです。

「私はこんなに書いているのにどうして何も描いてくれないの。こんなことなら関係なんて持って欲しくなかった」

その呟きに対し、相手はご丁寧に謝罪を述べ、関係が解除されました。その人が描いたキャラは消え、アカウントにも鍵がかけられ、少女のアカウントからは見えなくなってしまいました。少女は「ざまあみろ」の気持ちと、「こんなはずじゃなかったのに」の気持ちでぐちゃぐちゃでした。

少女はふらりと保険室に入りました。そこには黒い白衣を着た保健室の主がいました。この学校には保健室の先生が二人います。なので、此処の生徒は陰で白い白衣を着た優しそうな淑女の保健室の先生を「先生」と呼び、たまに現れる白い肌に黒い白衣を羽織る魔女のような保健室の先生を「主」と呼んでいました。

保健室の主は少女を見て、こう言いました。

「出たな、サボりの常習犯」

「なんのことですか」

「とぼけても無駄だぞ。そのポケットに入ってるはスマホだろう」

戸棚から取り出したのは透明な円柱型のお菓子缶である。上の蓋は白く、ボタンやデジタルな文字などが見られる。

「これはタイムロック出来るコンテナだ。このタイマーがゼロになるまでは開かないようになっている。勿論力づくで開けようとすれば二度と開けられない。まあ時間が経てば自然と開くからそんなことする必要はないのだが」

保健室の主はにやりと笑う。

「この中にスマホを入れてもいいのならば保健室に入っていいぞ」

少女は内心舌打ちをしながら、スマホを渋々コンテナの中に入れる。

「じゃあそこのベット使っていいよ」

少女がシャッとカーテンを閉めると、少女はベットにもぞもぞと入る。いつもならスマホで交流企画の作品を書き上げるのだが、「スマホもないし交流企画の相手がいなくなった今では意味ないか」と目をつむった。

学校のチャイムが鳴る。今頃みんなは先生の話を聞いているのか。カーテンの向こう側でカリカリとペンの音がしたり、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。時々溜息のような声も聞こえる。そうか、私が好きなことをしている間、みんなは退屈な授業や嫌な仕事を我慢してやっているのか。きっと、私と交流していたあの人も。

「私ってなんかずるいなぁ」

その言葉は口に出すと、今までモヤモヤしていた感情がすっと軽くなった気がした。気持ちが落ち着くと睡魔が降りてきて、私はそのまま目を閉じた。

私が目を覚ましたのは、コンテナのタイマーの音ではなく授業終了のチャイムの音だった。

カーテンを開けると、珈琲を飲んでいる保健室の主と目が合った。保健室の主は入口前の椅子を指差す。その椅子には蓋が開いたコンテナが置いてあった。

「スマホ置いていかないようにね、サボリ魔さん」

保健室の主の挑発に少女は少しムッとしたが、「その通りだな」と思い、わざとらしくにっこり笑った。

「先生こそ、パソコンが止まったからって左クリックで八つ当たりしちゃダメですよ」

保健室の主はバツ悪そうに「お大事に」と少女の背に手を振った。


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