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ノンストップな熱気と美しさ~ハロー! ダンシング(2007)

構成・演出=草野旦
 ダンスの得意な若手に見せ場を与えようという趣旨で企画された、いわばダンス版「エンカレッジ・コンサート」。75分休憩なし、ノンストップの公演で、まずは出演者の熱気と懸命さに心打たれ、宝塚のダンスのレベルというのはなかなか大したものだと再認識させられた。千秋楽に観に行ったことが多かったためでもあるだろうが、出演者の踊りきったという満足感がひしひしと伝わる、熱のこもった公演だったことは確かだ。エンカレッジ・コンサートと同様、ここで活躍した者が、大劇場やバウの公演でいい場面をもらっているのを見ると、この企画がいいステップになったのだなと思ってうれしくなる。そういう機能を果たせた公演だったわけだ。
 各公演が、一部分を除いて同じ演目となっているので、比べられ競わされる結果となったことは、当初から想定されており、興味深いとも残酷ともいえる。特に「ハロー!タンゴ」(振付=羽山紀代美)の「我が懐しのブエノスアイレス」「タンゲーラ」では、身体のキレや角度はもちろん、タンゴというものに対する理解、パートナーとの関係の取り方など、表現力や様々な点での長短、巧拙やキャリアの差が如実に明らかになってしまうことになったように思う。
 また、このシリーズは、結果的に宝塚のダンスがどのような要素から成っているかを腑分けしてみせるような構成となったとも言えるだろう。モダン、モダンバレエ、ラテン、タップ、タンゴ、ジャズと、基本的なショーの組成とほぼ同じで、その偉大なるマンネリズムについても改めて認識させられた。宝塚の柔軟性は、様々なジャンルの外部の振付家を取り入れてきたが、KAZUMI-BOYを除いてはなかなか成功し定着しているようには思えない。そんな中で、近年タップダンスに力を入れて取り組んでいるのは、そこに何らかの成算があってのことなのだろう。
 この公演の企画と、近年宝塚OGのダンスを前面に押し出した公演が増えていることは、おそらく遠く近くシンクロしていると考えていいだろう。ぼくたちが、踊る身体を目にして強い感動を受けるのは、よく錬磨された身体が汗を飛び散らせて、その瞬間に命を燃やしていることに居合わせることが、得がたく貴い体験だからだ。その感動は、理屈や言葉でなく、直接的に伝わるものだ。そのことを、宝塚でなら(OGも含めて)エンターテインメントとして味わうことができる。その稀少性と観客にとっての喜びを、宝塚はこれからも大切にしてほしい。「ハロー!ダンシング」の手拍子やカーテンコールの拍手は、出演者の汗の量に比例してか、他の公演より熱く激しいように思えた。またしても、出演者をエンカレッジする公演でもあったのかもしれない。
【星組】1月20日(土)~1月26日(金) この企画の第一弾ということで、手探りのようなスタートだったといえよう。冒頭では、振付けられた動きをなぞっているようなぎこちなさが見られた。身体の開き方が不ぞろいで、脚の運びにももう一段の粘りが足りないように思われ、星組伝統の濃厚さに欠けるように見えた。また、この公演の芯となることが期待された彩海早矢は、残念ながらタンゴの持つメランコリーや泣きを表現するには至っていなかったようで、健康的な若さが出過ぎたように思われた。そんな中で目立ったのは、夢乃聖夏。第一場からシャープな動きと表情で目立ってはいたのだが、「タップワゴンB」で次景を紹介するテンポの取り方が鮮やかで、ここからメンバー全体がやっと乗りをつかんだような気がする。鶴美舞夕と稀鳥まりやの「二人だけのダンス~心はいつも」も、バランスのいいデュエットで、鶴美に片リフトされたまま稀鳥が脚をスムーズに上げるタイミング、フォルム、バランスがすばらしかった。
【雪組】2月3日(土)~2月9日(金) 冒頭から全体に腕を大きく使い、粘りのある動きを意識しているようだった。タメのある、いい意味でアクの強い動きができているのがよかった。身体の軸がぶれず、鋭さとスピードがよく出ていた。大湖せしるは腰の沈め方や背の反りに、身体のバネを意識的に使ってダイナミックさを出そうとしているようだったし、麻樹ゆめみとのアイコンタクトや身体の軸の絡み、吐息の使い方が美しかった。祐輝千寿と沙月愛奈のデュエット「二人だけのダンス~コーイヌール」(振付=名倉加代子)は激しさを全面に押し出して情感あふれるもので、沙月の美しさが強く印象に残った。祐輝はどのジャンルのダンスもうまくこなし、美しさや愛らしさなど様々な魅力の引き出しをたくさん持っているようだ。
【宙組】3月17日(土)~3月23日(金) 珠洲春希が音楽のつかみ方のセンスのよさ、脚を上げる時の二段ロケットのような微妙なタイミングの取り方、腰の入れ方や回し方の美しさなどの動きのキレはもちろん、歌でも力強さを見せた。タンゴの場面では珠洲や鳳翔大をはじめとして、タンゴのスピリットを心得た、いい翳りが出せていた。鳳翔の鮮やかなステップの後、群舞からソロに移って一人ステージに残った珠洲の表情のドラマティックな変化は、観る者が様々な思いや場面をそこに仮託することができるような、凝縮された時間だったといえよう。花音舞が「パッショネイト・ダンス」でいきいきといい動きを見せたり、朋夏朱里がスタイリッシュなナイスガイぶりを披露したり、見どころ満点。長身の娘役、天咲千華が、タップでタメを作る間合いの取り方のよさや、何もない時の表情のつけ方に驚くような輝きがあり、客席へのアピールのしかたにも華があった。「二人だけのダンス~奇蹟」(振付=名倉)では、綾瀬あきなが豊かな表情と愛らしい容姿で、ドラマの盛り上がりを増幅させた。
【月組】5月6日(日)~5月12日(土) 冒頭の「BENNY RIDES AGAIN」(原振付=リンダ・ヘーバーマン、振付アドバイザー=大浦みずき)で印象に残る動きを見せていたのが、麻月れんか。他のダンサーとは異なる速度と広がりを持っている。一見、鷹揚にゆったりと動いているように見え、動きが遅いのかと思うと、リズム感も的確で、遅れているわけではない。身体の軸はしっかりしていて、ブレなく足を上げることもできている。決して悪目立ちしているのではなく、タメやブレーキが人一倍強く、余裕を持って動いているようだ。こういう特徴あるダンサーを発見できるのが、この公演の醍醐味である。また、タンゴの場面で柄の大きさを出せた流輝一斗、みごとな歌声を聞かせた涼城まりな、羽咲まな、「パタパタ」でいきいきとした表情と動きを見せた舞乃ゆかが目立った。「WEST SIDE STORY」を思わせる第十一場「Over The Rainbow」(振付=伊賀裕子)は、全体にシャープさとスピード感にあふれていて、皆の懸命な走り方が強い気持ちをよく表わしていた。特に夏月都が吹っ切れたようないい表情をしていた。「二人だけのダンス~タランテラ-悲哀」(振付=羽山)は、激しさを追求したようなデュエットダンス。麗百愛は、最初はバレエテクニックに秀でたダンサーと思われたが、徐々に感情の乱れや揺れを身体に直接的に表現する大胆さが見え、鬼気迫るようなシーンとなった。宇月颯とのコンタクトもぶつかりあうように激しく、羽咲のカゲソロも激しさを増幅させ、熱い舞台だった。
【花組】7月28日(土)~8月3日(金) 宝塚屈指のダンサー舞城のどかが、一歩引いて若手に場面を譲りながら、歌の魅力も堂々と発揮しつつ、さすがに艶と粘りのある動き、的確なタイミングで客席を魅了した。多くの場面をもらった野々すみ花が抜擢に応えて実力を開花させた。手首の動きや腕の返しが美しく、丁寧に身体の外側を意識して押すことができていた。おそらくそのためだろうが、独特の浮遊感がある。『舞姫』から悲劇のヒロインが続いているが、陽性の華やかさも見たい。貴怜良がよかったのは、まず踊ること、歌うことの喜びがダイレクトに伝わってきたこと。動きに広がりがあり、懸命さは涙ぐましいほどだった。華月由舞の動きもダイナミックで、歌も強く前に出せていたのがいい。タンゴで白鳥かすがのステップが非常に美しかった。日向燦が、コメディセンスのすばらしさだけでなく、大ぶりな動きのシャープさを存分に見せていたのがよかった。
(「宝塚プラス」(株)小学館クリエイティブ)

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