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天野太郎「美術を取り巻く環境が大きく変わってしまったことについて」

芦屋市立美術博物館アートスタディプログラム まなびはく2019
講座 美術を取り巻く環境が大きく変わってしまったことについて
講師:天野太郎(横浜市民ギャラリーあざみ野 主席学芸員、札幌国際芸術祭2020総括ディレクター)   ※↑芦屋出身だそうです
2019年6月15日(土)14:00~15:30

を聴講したときの記録です。録音とかではなくメモをもとにしたものですので、不確かな部分、私見が入っている部分もあるかもしれませんが、ご容赦ください。

【テーマに沿って】
・ 2000年以降、特にこの数年、ヨーロッパの美術館や美術をめぐる状況が激変している。日本の美術館は新しい方向に向かっていないように見える。
・ 背景には、美術だけではない、高齢化、少子、人口減。これによってパブリックサービスを支えている税収が下がっていること。豊かさが維持できなくなりつつある。
・ イギリスのテイトモダンは、年間600~700万人の入館者がある国立(日本で言えば独立行政法人)の話題の美術館だが、作品購入予算はほぼない。バベル展(国立国際美術館)で知れらたオランダのボイマンス美術館も同様。
・ 美術を支えてきたのは、19世紀以降は国家をはじめとした公的資金だったが、21世紀になって、個人コレクター等の個人資金になってきた。上記美術館をはじめ、多くの欧米の美術館が、個人や私企業のコレクターと提携して、作品の寄贈(gift)や寄託(loan)を求めるようになってきている。
・ 以前はアーティストにファーストコンタクトを取るのは公立美術館の学芸員だったが、今はコレクターになりつつある。
・ ヨーロッパでは、テロ対策に莫大な予算をかけていることと、美術作品の価格が高騰しすぎていることで、美術館が作品を買えなくなってきている。
・ NYのメトロポリタン美術館は、年間購入予算が7,000億円もあるが、たとえばZOZO TOWNの前澤社長が買ったバスキアが123億円といわれている。一部の富裕層によって、価格が吊りあがってしまっている。
・ 日本の現代美術もずいぶん世界で購入されていて、具体美術協会は一通り市場に出た。白髪一雄が5億円~という状態。今市場の目は「もの派」に移ってきている。
・ 日本の美術館で、購入予算があるのは、東京国立近代美術館5億7,000万、京都国立近代6億7,000万、国立国際9億3,000万など。他には東京都、金沢21世紀、豊田市(トヨタの業績次第)、大阪市は、まあ購入予算を持っている。30年以上(ほぼ開館以来)購入できていない公立美術館も多い。
・ ちなみに、六本木の国立新美術館は、英文名はArt Centerで、Museumではない。コレクションがないから。コレクションあっての美術館!
・ 海外の公立美術館の入場料が高騰している。メトロポリタン、ニューヨーク近代美術館(MOMA)が25ドル、テイトモダンが13ポンド(1,800円)。これから日本の美術館も上がっていくだろう。公立美術館として、いかがなものか。
・ 公立美術館も収益を様々な形で図っている。ルーヴル美術館はそもそも年間1,000万人の入館者があり、ほぼ政府からの補助なしで運営できている。広報スタッフが200人もいるということからも、その姿勢は明らか。そのルーヴルが、2017年、アラブ首長国連邦にアブダビ分館を開設した。ルーヴルの名義使用料が4億ユーロ(488億円)、作品借料が10年で約2億ユーロ。
・ ボイマンス美術館は2018年に収蔵庫を作ったのだが、それを公開している。コレクション(14万点以上)の本の一部しか公開できないことへの対策というが、保管の観点から本当に大丈夫かと不安に思う。しかも、収蔵庫の一部を個人コレクターに有料でレンタルし、希望があれば公開することもできる。コレクターにとって収蔵は大きな問題なので、それを解決し寄贈でも寄託でもなく、トランクルームの感覚で利用できる。「見える収蔵庫」は宮城県美術館も予定している。韓国国立現代美術館では既にオープンしている。
・ 公立美術館が経費不足で疲弊しつつある中、私立のギャラリーが目覚ましい。ニューヨークのガゴシアンGagosian Galleryが2015年に開いた”In the Studio:Paintings”展は、他館からも作品を借り受けて、保険だけでも8~10億円だったといわれているが、入場無料だった。出品作品を数点サザビーで売れば、お釣が出るからで、マーケティングの一環としての開催。このような「巨大画廊」は他にもスイスのHauser & Wirth、テキサスのSomerset Fine Art、2017年に東京にも進出したフランスのペロタンPerrotinなどがある。
・ 非営利の美術館が有料化、値上げをし、営利の巨大画廊が無料で充実した展覧会を開催という、逆転現象が起きつつある。
・ それに伴い、学芸員のキャリアとして、従来は私的なギャラリーから公立美術館のキュレーターへ、というのが普通だったが、今では公立美術館から私立の画廊へという道が増えている。実は天野もペロタンから誘いがあった。年俸だけでも聞いておけばよかったと後悔している(笑)。

【その他】
・画家の身分の変化
19世紀以前には画家の身分にも大きな変化があった。それまで画家は画家組合(ギルド)に所属して特許状を得ないと活動できなかったが、印象派以後は、組合やサロンの裏づけ(保証)がなくても芸術家になることができるようになった。以前は注文があって初めて制作したが、以後は個人の表現としての制作となった。
・作品にタイトルがつくようになった
  19世紀以前は、パトロンの注文によって制作し、公開するものでもなかったので、作品にタイトルはなかった。今のようなタイトル、作家名、制作年、素材などの情報をつけるようになったのは、ルーヴル美術館(1793年開館)からだといわれている。展覧会、公募展等に出すためにタイトルをつけるようにもなった。
・前提となる共通した教養がなくなった
  貴族の中でだけ鑑賞される時代であれば、鑑賞者すべてがほぼ同程度の前提となる知識・教養をもっていた。19世紀以後、美術館が各国で開設され、絵画を読み解くために知識を与える必要が出てきた。
・現代美術のわからなさ
  誰の要請で、誰に向かって描く、ということがなくなった。強い一つのメッセージがあるわけではなく、どう受け取ってもらってもいいですよ、という態度になっている。17世紀までの宗教がであれば、題材は聖書で、描かれている草花は何を象徴していて、という共通したコードがあったが、概ね印象派以後、そのようなコードがなくなっている。
・オリジナル問題
  概ね印象派以後のモダンアートにおいては、オリジナリティが重要になっている。それ以前は、前時代の踏襲が当たり前だった。真似、模倣が近代では悪徳になった。
  美術の世界にもデジタルが浸透してくると、オリジナルという概念が崩れている。仮想と現実、オリジナルとコピーの区別が定めにくくなっている。
・メディア作品の保管問題
  現代美術で、メディアアート、デジタルアート、レディメイド作品の保管の問題が難しくなっている。特にデジタルデータは、劣化すると全く再現できない。
  Dan Flavinダン・フレイヴィンは、蛍光管を使った作品で知られているが、蛍光管がなくなってきている。彼の作品を所蔵している美術館は、世界中のオークションサイトから蛍光管を買いあさっていて、収蔵庫に山積みされている。LEDにしてもいいかどうか、本人の許諾が必要であり、本人没後は、著作権継承の個人か団体に問い合わせるが、難しいことが多い。

  Nam June Paik白南準 ナムジュン・パイクはテレビのブラウン管を多用した作品で知られているが、ブラウン管が故障すると、作品を展示できないあるいは「故障中」と掲示するという事態が相次いでいる。
  ビデオ作品、ビデオを使ったインスタレーション作品は、定期的に映像のバックアップ、新しいメディア、デバイスへの移行が必要になってくるが、複製には著作権の問題があり、一筋縄では行かない。

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