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ミジカムジカ2「レオ=レオニを聴く~『おんがくねずみ ジェラルディン』」プログラム原稿(2019年3月)

吹く人(フルート) 前田智佳
ひく人(ピ ア ノ) 齊藤明日香
読む人(朗  読) 羽彩 兎
2019年3月17日
西宮市フレンテホール スタジオf

第1部 『おんがくねずみ ジェラルディン~はじめて おんがくを きいた ねずみの はなし』
ショパン (?)  ロッシーニのオペラ「シンデレラ」の主題によるフルートのための変奏曲
グリーグ 朝(組曲ペール・ギュントより)
タファネル ミニヨンの主題によるグランドファンタジー
チャイコフスキー 葦笛の踊り(くるみ割り人形より)
ドビュッシー 前奏曲(ベルガマスク組曲より)
ラヴェル ボロディン風に
フォーレ 子守唄
シュテックメスト 歌の翼による幻想曲
ドビュッシー 風変わりなラヴィーヌ将軍
吉松 隆 タピオラ幻景~鳥たちのコンマ
ルナール Les Temps des cerises(さくらんぼの実る頃)
タファネル ミニヨンの主題によるグランドファンタジー
  (曲はほとんど部分演奏です)

第2部 フルートとピアノの名曲集     (p)は、ピアノ・ソロ
フォーレ シシリエンヌ(1898) 
プッチーニ 私のお父さん 歌劇「ジャンニ・スキッキ」(1918)
モリコーネ 海の上のピアニスト~愛を奏でて(1998) (p)
ドビュッシー 風変わりなラヴィーヌ将軍 前奏曲集第2集より(1913) (p)
久石譲 ジブリ名曲メドレー
マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(1890)
サティ ジムノペディ第1番(1888) (p)
バートン ソナチネ 第1楽章(1948)
シューマン=リスト 春の宵(1872) (p)

【おんがくねずみ ジェラルディンについて】 レオニに注目したのは、伊丹市立美術館で昨年夏の終わりに開催された「みんなのレオ=レオーニ展」がきっかけでした(今春から広島、東京、鹿児島、那覇に巡回します)。
 ユダヤ人として裕福な家庭に生まれ、イタリア移住後、ファシスト政権の誕生によって29歳でアメリカ合衆国に亡命、デザイナーとして活躍し、49歳で孫のために描いた『あおくんときいろちゃん』で絵本作家デビューしたという、波瀾万丈の人生を送った人です。
 彼の絵本作品の魅力は、様々な技法を駆使した基本的には愛らしい絵、ちょっと変わった物語。そしてその背後にある、芸術の意義を重んじる反骨思想の3点にあると思います。
 絵と物語については、ご覧になればおわかりいただけるでしょう。反面、思想について、万人に理解や共感ができるものかと言われると、少々疑問があります。今回のジェラルディンについても、「もう音楽は私のものになったんですもの」というくだりが少々わかりにくいこと、そもそもジェラルディンが他のネズミに対してリーダーシップを執ることの根拠が不明であること、そしてその後のネズミたちの食糧事情は解決されるのかどうかというような、少々夢のない疑問はやはり残ります。
 おそらくレオニさんは、これらについて正解がないことをわかっていて、だから読む人一人ひとりに考え続けてほしいとメッセージを送っているのではないでしょうか。
 私のような世代の元文学青年は、サルトルの「飢えて死ぬ子供の前で文学は何ができるか?」という問いかけ(1964)を思い出します。大方は「何もできない」ことを前提に、しかし子供の側に立つことの大切さ、言葉で告発することで多くの人に事実を知らせ、再発を阻止できるかもしれないといった回答であったようです。ジェラルディンに「もしこれが音楽というものなら、ジェラルディン、お前の言うとおりだ。あのチーズを食べるわけにはいかない」と言ったグレゴリーは、絶望していたのでしょうか?
 この本は、1冊の絵本が一生考え続けてもおそらく答えが出ない問いを与えてくれるという、好例だといっていいでしょう。もちろんそのような本は他にもたくさんあるはずです。答えが出ないことに耐えることの難しさと大切さを、やさしく味わうことができる、貴重な作家の一人だと思います。どうぞ『スイミー』を読み返したり、他の著作も読んでみたり、なさってくださいね。
 絵を投影しながら鑑賞していただこうかとも考えたのですが、耳からふくらむ想像力で楽しんでいただこうということに落ち着きました。会場に、出演者が使った本を置いておきますので、ご自由にご覧ください。

 レオニがイタリアで没したということから、イタリアに関係した曲をいくつかお聴きいただきます。

【シシリエンヌ】 フォーレがフランス人ということで、タイトルは、シチリア風という意味のフランス語です。8分の6または8分の12拍子の舞曲を指します。シチリアは、イタリア半島の西南に位置する、地中海最大の島。フォーレ中期の作品らしく、流麗なメロディが印象的です。

【子守唄】 同じくフォーレの曲で、作品番号16。フォーレでは組曲「ドリー」(作品番号56)の子守唄も有名ですが、こちらはバイオリンのために1879年に書かれたもの。おしゃれな小品です。

【私のお父さん】 作曲家プッチーニはイタリアを代表するオペラ作曲家。『ジャンニ・スキッキ』は相続争いと若者の恋をテーマにした50分程度のコンパクトなドタバタ喜歌劇です。「ねえお父さん、私、好きな人がいるの、とっても素敵な人よ。ポルタ・ロッサまで指輪を買いにいきたいの。もしこの愛が叶わないなら、ヴェッキオ橋からアルノ河に身を投げるわ。切なくて、苦しくて、死にたいくらいなの。お願いだから、あの人と結婚させて!」と歌われます。フィレンツェの観光案内の要素もある、如才ない歌詞です。映画『眺めのいい部屋』『僕の美しい人だから』『終の信託』などに使われています。

【海の上のピアニスト】 モリコーネは、映画音楽で知られるイタリアの作曲家です。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『ニュー・シネマ・パラダイス』など多数の名作を担当しています。豪華客船の中で生まれ、生涯船を下りることのなかったピアニストの物語で印象的に使われている美しい曲です。

【カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲】 マスカーニもイタリアの作曲家で、プッチーニの友人・ライバルだったと言われています。この曲は、後に歌詞が付けられ、『マスカーニのアヴェマリア』としても知られています。歌劇では、ドラマが複雑かつシリアスに煮詰まったところで、静めるように流れて、いっそうドラマの緊張感を高めます。映画『ゴッドファーザー Part III』で使われています。

【ペール・ギュント】 ノルウェー民話の伝説的人物で落ちぶれた豪農の息子であるペールの、逃亡、放浪、恋愛遍歴を描いたイプセンの戯曲のための劇付随音楽。「朝」は第4幕への前奏曲で、組曲に収められて有名になっています。

【ミニヨン】 素朴な横笛だったフルートが近代的な機能を持った楽器に進化した19世紀半ば以降に活躍し、近代フルートの礎を築いたタファネルが、「君よ知るや南の国」などで知られるオペラ『ミニヨン』(アンブロワーズ・トマ作、1866年)の主題を用いて作った曲です。オペラはゲーテの小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を脚色したもので、ヴィルヘルムとミニヨンの恋物語です。

【ジムノペディ】 第1部で、ほんの数小節使われたこと、お気づきでしたか?  穏やかな曲調で、ドラマのBGMやヒーリング音楽としてもよく使われますが、作曲家は「ゆっくりと苦しみをもって」と指示しています。ギュムノパイディアという青年達が裸で乱舞する古代ギリシャの祭典を描いた壺を見て曲想を得たといわれています。

【ボロディン風に】 サティより9歳年下のラヴェルは他に『シャブリエ風に』という曲もあります。ボロディンはロシアの作曲家、化学者でオペラ『イーゴリ公』の「ポロヴェツ人(韃靼人)の踊り」が有名。

【歌の翼による幻想曲】 「歌の翼」は、メンデルスゾーンの『6つの歌曲』の2番目の曲。シュテックメストについては、あまりよくわかっていないようですが、この曲は1875年ごろの作曲だといわれています。

【風変わりなラヴィーヌ将軍】 サティより4歳年長のドビュッシーは、ジムノペディを管弦楽に編曲して、サティを世に出そうと働きかけたそうです。ラヴィーヌ将軍は、アメリカのミュージックホールのショーに出演していた有名な道化師の名。ピエロがわざと音を外しているような、大げさな滑稽さが特徴です。1911~13年ごろの作曲で、ストラヴィンスキーからの影響も指摘されています。

【タピオラ幻景】 2002年に脳溢血で倒れ、右半身が不自由になったピアニスト舘野泉の委嘱によって2004年に書かれた、左手のためのピアノ曲。〈タピオラ〉とは、フィンランド神話の森の神タピオが棲むところ。「北欧の森や風、光や水を感じさせるような音楽を…」という舘野の注文に触発されて作曲されました。

【さくらんぼの実る頃】 フランスの作曲家の作品を多く取り上げていますが、この曲は、いわゆるシャンソンです。銅工職人でパリ・コミューンの一員であったクレマンが1866年に作詞しました。サクランボの実る頃に芽ばえたはかない恋、そして失恋の悲しみを歌った曲ですが、パリ・コミューン崩壊後の1875年頃から、犠牲者を悼む思いを込めて、パリ市民の間で歌われたことから有名になったといいます。ジブリ映画『紅の豚』で加藤登紀子の歌が使われました。

【ソナチネ】 エルディン・バートンはフランス音楽の影響を受けた20世紀アメリカの作曲家・ピアニストですが、フルートのための曲で知られているようです。これは1948年にニューヨーク・フルートクラブ・コンテストで賞を得た作品で、軽やかで美しい旋律が特徴です。

【春の宵】 1810年生まれのシューマンの歌曲集「リーダークライス」を、1811年生まれのリストがピアノに編曲したものです。春の訪れを奇跡のようだと喜び、恋の感情の芽ばえを歌う、ロマンティックな曲です。恋多く波乱の生涯をおくったリストは、大きな手を活かした技巧派のピアニストとして知られ、ヨーロッパのほとんどの地域を演奏旅行で訪ねました。ピアノの超絶技巧を駆使した曲を多く残しています。


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