渡されたキンブレ

 突然だが、私は2.5次元舞台が好きだ。好きになったのは、自粛期間にユーチューブで見たミュージカル『刀剣乱舞』のPVがきっかけだ。(以下、刀剣乱舞はとうらぶ、ミュージカル『刀剣乱舞』は刀ミュとする)

 申し訳ないが、最初は2.5次元に偏見を持っていた。「見た目を似せても声は似せられないし、どうしても本物にはなれないでしょ」なんて思っていた。ある日、とうらぶにはまっていた私は自室にこもりきりの日々に暇を持て余し、何気なくPVを再生した。そのPVが、私の考えを一気に変えることになる。

 声は確かに違う。だが、それ以上にしぐさや表情がキャラクターそのものなのだ。「本物だ」と冗談抜きで思った。自分の推しが歌って踊って、生きている。それがたまらなく嬉しく、素晴らしいことだと思った。

 それから2.5次元の世界に足を踏み入れた私は、とうとうチケットを買い、「ミュージカル『刀剣乱舞』~幕末天狼傳~」千秋楽のライビュを見に行った。私の席より前の列には人がいなかった。コロナ対策で空けていたのだと思う。

 割と早い時間に席に着き、開演をひたすら待っていた私だが、あることに気付く。私の列にいる人が、本気度の高い人ばかりだったのだ。彼女たちは推しのグッズを身にまとっていた。ここで、「彼女たちはキンブレを持ってきているのではないか?」という考えに行きついた時、内心焦った。

 とうらぶも2.5次元舞台も好きだから来た。だが、まだまだ彼女たちに比べてオタク歴もまだ浅く、人によってはにわかと思うかもしれない。今回私はキンブレを持ってきていなかった。とうらぶのキンブレを持っていない、ライビュにキンブレを持っていく感覚に慣れていないなどの理由からだ。キンブレのない私と、(おそらく)キンブレ装備の彼女たち。これはまずいかもしれないな、と思った。そしてその勘は的中する。

 刀ミュは二部構成になっていて、二部がライブのように、歌やダンスがメインとなる。私の列にいる彼女たちが取り出したのは、やはりキンブレ。列を見渡すと、ほとんどの人がキンブレを持っていて、私は囲まれていた。正直肩身が狭く、ちゃんと用意するべきだったなと後悔しながら、画面の向こうの刀剣男士たちの歌を聞いていた。迫力と華があり、大変すばらしかったが、視界にちらつくキンブレの光が気になって仕方がなかった。

 そんな時だ。隣にいた眼鏡の女性が、何本か持っていたうちの一本をスッとこちらに差し出してきた。

 なんて言われたかは覚えていないが、貸してくれるということだった。肩身が狭かったのでその厚意がとても嬉しく、ありがたく拝借することに。

 それからは、景色が変わったようだった。今まで視界にちらついていたキンブレの光が一切気にならなくなり、曲にこれまで以上に入り込めるようになった。目の前にいる刀剣男士がさっきよりもますます輝いて見える。キンブレを持ってこなかった不安や罪悪感から解放された。映画館にいても此処まで公演に入り込めるんだなと素直に感動した。どれも、隣の女性の行動がなければ成り立たなかったものだ。

 公演終了後、隣の女性にキンブレを返して、何度もお礼を言った。これを渡されてからますます楽しくなった、次はキンブレ持参で行く、なんて感想も交えて。テンションが高い私に、女性は「良かったです」「キンブレのあるなしで全然楽しさが変わってきますよね」と穏やかに優しく対応してくれた。

 私だったら見ず知らずの人にここまで優しくできるだろうか。人に声をかけることでさえ緊張するのに、こちらから助けを求めたわけじゃないのに自ら誰かのために動けるだろうか。

 彼女の優しさと、助けてくれた勇気に感謝と敬意を表して、この記事を書く。


 こしあんです。UFOキャッチャーで取ったでかいぬいぐるみを抱きしめて帰るのが夢です。ちなみにUFOキャッチャーはうまくありません。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

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