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「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は、いいまつがい的なシズった映画

 ジム・ジャームッシュ監督のストレンジャー・ザン・パラダイスは公開前から話題になっていた映画でした。86年に日本公開されてポパイとかホッドドッグプレスのようなカルチャー誌や流行通信などのファッション誌、フールズメイトやドールなんかのエッジな音楽誌の映画コーナーでも紹介されていて、モノクロで、大したことは何も起こらない映画なんだけどそれでもなんだか新しい、そんな映画評だったと思います。観たかったし観ようと思っていたのですがなぜかタイミングが合わなくてリアルタイムでは観られませんでした。
 当時、事前情報に触れる機会に比例して捏造された記憶が蓄積されていく特技とも病気ともいえる体質だったので、すっかり実際に観た記憶がつくられてしまい、良かった映画としてファイリングされてしまいました。あれ良かったよね程度であれば友人と語れてしますし何より本人が観たつもりでいるのです。

 当時は札幌の高校の寮に入っていた時期なのでTVを全く観ず、映画は雑誌や書籍で情報を得るか映画館で見る映画だけでした。休暇期間で実家に帰っていたある日、ミッドナイト・アート・シアターという深夜のミニシアター系映画枠でジャームッシュ監督のデビュー作「パーマネント・バケーション」をたまたま観たのです。この感じが妙に好きになって、いいなぁ、こういうのもっと観たいなと思っていると同時に、あれ、ストパラ観てないんじゃないかな?と急に現実の記憶が立ち上がってきたのです。そう思ってもすぐに観る手段がないのが80年代末なので、そこからまたしても長い時間がたってしまいました。

しばらくして東京で一人暮らしを始めました。札幌から東京へ来て、東京といえば新宿のイメージしかなかったのでこの辺に部屋を借りたいと新宿駅近くの不動産を訪れると、予算的にここかなと笹塚を進められました。笹塚という街は札幌人から見て接点がゼロです。私鉄沿線という概念すらいまひとつ理解ができない状況のままチャーリー浜似の不動産屋さんと内見に電車で行ってみると、こんな相米慎二の映画でしか観たことのないような街があるんだと驚きました。地理的にはどう考えても新宿なのですが街の雰囲気は戦前のようで、「プロジェクトA」や「ポリス・ストーリー」みたいなごちゃごちゃした駅ビルとも雑居ビルともいえない建造物を縫うように移動して、こんなところに住んでも家に帰れないじゃないと思いながら新宿の高層ビルがかなり近くに見える不思議な感じが新鮮でした。あ、この感じストレンジャー・ザン・パラダイスのニューヨークみたいだなぁと思ったものの、ん、観てないんだっけと思い直し。ニューヨーカーしか撮れない普通のニューヨークという誰かの的確なコメントと、それが言い出て妙な”確実に観たはずの映画の場面”が頭に浮かぶのは何故だろう、映像迄生成しはじめたのかと不安になりましたが程なくしてそれはよりによって「バッスケットケース」という映画の場面だった事を思い出しました。
 この遠く隔たりのある2つの映画は評論家から同じコメントが寄せられていたんです。片方は端的に片方はもしかしたらそれくらいしか褒める要素が無かったからかも知れませんが。

 結局笹塚に住むことになりました。笹塚は区画整理され、半分の地下にあるような札幌とは大違いです。生活感というのはこういう事をいうのだなぁと感じながら、せんべいをグラムで買ってみたり蕎麦に入ったコロッケを溶かしてみたりしていました。
そんなある日ようやく「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を観る機会を得ました。残念ながらどんなに思い出そうとしてもレンタルしたのか放送されていたのかリバイバル上映を観たのか思い出せません。手段はともかく公開から3年以上経過していたと思います。
 状況の様々な変化があの映画のなかにある空気が妙な具合に収まって心地いい感じになりました。映画がおさまるというか映画の中にお収まった感覚に近かったように思います。観ようと思っていてもその機会がなかなか訪れない間(観たつもりでいた期間も含めて)に、劇中の状況にたまたま自分が接近していました。
 なんのことはないただのミューヨークと、なんのことはないただの新宿みたいな笹塚に親近感のようなものが出来上がっていたんだと思います。さまざまな意味の距離感は違うんですけどね。
 持っている掃除機、画面から伝わる気温、使命感とは無縁な人間性、借りていた部屋の雰囲気、そんな映画にでてくる一つの極みがTVディナーでした。ワンプレートのイージーな冷凍ミールでメインディッシュと副菜やらが区分けされたトレイに収まってる代物です。構造としては日本の弁当と何ら変わらないのですがあの機内食感というか、大人の食事としてダメな感じが本当にソソったのです。そうでもないのがわかっているのに食べたくてたまらない、というかあのシチュエーションでTV観ながら食べたいと思わせるピンポンダッシュ的な小魔力がありました(魔力ではない)。
 売ってないのかなと思いつつしばらく過ごしていましたが笹塚駅のライフストアに「TVディナー」という名称のアレがさり気なく売られていました。商品名なのかただのコピーだったのか記憶にありませんがメイドインUSAの冷凍食品です。いそいそと買って帰り、真っ黒い電子レンジで温めて試してみましたが、事前の予感と全く同じ感想でした。
そうでもない。
でもね、そうでもないものの心地よさってあるんです。

シズル。そうなんだ、それはシズってたってことなんだ。そのときそう思っていました。

この感覚を表す言葉がなくって。自分の脳内ジャンルでシズル映画のラベルを張っていたんです。ジャック・リベット監督の作品なんか全部シズっていると思っていました。
 その後しばらくたって知ったんです。これってオフビートってことだって。

それでも「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は更新したり書き換えたりせず特別枠でシズるラベルは貼ったままにしています。そうでもないTVディナーと一体型掃除機で掃除する行為と、ちょっとした勢いで遠出した末にある、まああこんなもんだよねという感覚=シズル映画な「ストレンジャー・ザン・パラダイス」
ジェイホーキンスのだみ声とともに。

セラーノ
 

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