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散りゆくものたち。

 プリセールス職をやっていたこともあって人間の栄枯盛衰は一通り見てきた。「成功するぞ」と言いながら人は事業を立ち上げ、最後に「まだ大丈夫」と言いながら散っていく。なんとも無常だ。中小企業の倒産率を見るといかに企業を存続させることが厳しいのか理解してもらえると思う。
 事業が軌道にのって儲かっている時、人は他人に「いますげぇ儲かっているんだ」とあまり言わない(昭和成金みたいに言いまくる人もいるけど)
 これは妬みのタゲ集を数ターンに渡って受けるからじゃないかな。たぶん。あとは儲かるとかつての僕のような人間がぞろぞろやって来て「設備投資しましょうよ」と何度もしつこく言うからかもしれない。悲しいことだけど儲かる話は勝手にやって来ない。勝手に来る儲け話はもれなくクソ。場末の人間から経済学の偉い先生まで「美味しい話は市場に出る前にすぐ消える」と珍しく意見が一致していたのでほぼ間違いと思う。
 話が脱線したけれどどんな金持ちも貧乏人にも共通するのは一日の時間が二四時間しかないということだ。お金を稼いでいない人はともかく、お金をめちゃくちゃ稼いでいる人はとにかく秒単位に判断しなきゃいけないこと、話し合わなければいけないことがたくさんある。
 比較的、相手にとっても有益な話を持っていったつもりだけど、残念ながらセールス職の中には本当に誉れの概念というものが欠落している詐欺師みたいな人もいる。そうした人はコンプライアンスの見直しがあったさいに大勢クビになった。いまどうしているのはわからない。
 だから経営者の口調が厳しめになってしまうのは致し方ないというか、プレゼンの評価点が100点の下は0点で即落第みたいなジャッジになってしまうのも仕方ないのかもしれない。それを僕が耐えられるのかはまた別問題ではあるけれど。
 とにかくまぐれでも100点が取れると取引が始まり色々な商材を売ることができるようになる。慎重に譲歩できる部分は譲歩して卸値を下げて(手間があまりかからない部分は下げる)、何度も呼び出されそうな部分は利益を確保する。そうこうしていくうちに会社はシヴィライゼーションをプレイする感覚で一定の規模までは順調に発展していく。そのフェイズを見るのはとても楽しい。事業が拡大していくというのは熱量満ちているし、自分が売った物が使われ売上が伸びていくのは思いのほか心に充足感を与えてくれる。
 ただし形あるものが永遠でないように会社もいつか無くなる。生き物が死んでいくように。それが予定されたものか、予定されていないものかのどちらかだ。
 会社が潰れる予兆というのは多々あるけれど、定期的に発注があった消耗品の発注が入らなくなったり、保守部品の交換を渋るようになったりするとだいたい潰れる。でも人間というものは「潰れそうだよ」と中々言えないもので、大部分の人が張子の虎のように強がってみせる。
 そうしないと強面の債権者の人たち資産を略奪されてしまうからなのかもしれないが、本当にまずい時ほど人間強がって「まあぼちぼち」的な発言をする。いまさら潰れるなんて言えないもんな。わかるよ。
 本当に末期の末期になってジャンプという単語が頻繁に飛び交うようになると倒産も秒読みだなと思うし、経営者も出しちゃいけないような汗を出したりするし、仕立ての良いスーツを来ている人たちが頻繁にやって来るけど、だいたいはそうなる前に弁護士先生に頼んで事業を畳んでしまう。
 倒産で一番僕が覚えているのは寒い冬の日、プレゼンの予定があって会社へと訪問すると極道車がずらっと路上に泊まっていたことだろう。事務所の方を見るとドアを蹴りながら極道が「ザッケンナコラ!」と絶叫していた。人間は熱くなりすぎるとドアを蹴ってしてしまうのかもしれない。どーんどーんと革靴でドアを蹴る音が住宅地に響く。すごい音がしているのに誰もやって来ないのは、やっぱり極道車がたくさん並んでいるなのかもしれない。
 一応、状況だけは確認して報告する必要があるので、事務所へと近寄ると極道から「抵当権何番?」と聞かれた。金は貸してないし、物を売ってただけ。約束をブッチされて悲しい。そんなことを説明した気がする。同情的な言葉を受けたと思う。極道が全力でキックし続けているドアの向こうにはうちが納品した機械があって「ごめんなさい」という紙が貼り付けられていた。これまでの人生であれほどシュールな光景は見たことがない。ごめんなさいという張り紙をするならちゃんとリース会社に返却してくれや……と思った記憶がある。もちろん事務所は施錠済みなので中に立ち入って、うちが納品した機械をどうにかすることはできないで、上司とリース会社に会社が倒産したことを連絡した。
 いや社長大丈夫大丈夫って言ってたじゃん。ちゃんと倒産するって弁護士先生から出してくれ……。自社へと戻ってから上司からは「お前見込みが無くなったけど予算できるの?課の数字達成できるの?」と詰められるしめちゃくちゃだった。おまけにリース会社の資産である機械は何者かによって略奪されてリース会社は激怒。怒りは当然だと思う。でも、機械は極道が奪っていったんだと思う。俺に怒りをぶつけられても困る。力の前に人は勝てないんや。つらいな。
 会社が倒産してから社長こうなる前に言ってくれよと何度も思った。リース会社に物件返却してもらう必要あるじゃん。無理だって時には誰かに相談してほしい。そしてできるならソフトランディングを選んでほしい。僕も中々できていないので反省をするけど。

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