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ミハルコフ氏の公開書簡

以下に訳出したものは、2023年1月16日付の『ロシア新聞』(Российская Газета)に掲載された「映画監督ニキータ・ミハルコフからEU理事会メンバーへの公開書簡」である。
ミハルコフ氏は、昨年12月のEU理事会決議によって、EUの制裁対象者リストに加えられており、公開書簡はこのことに対する同氏の抗議声明として、ロシア連邦政府機関紙である『ロシア新聞』紙上に掲載されたものと思われる。

ロシア映画界の巨匠であり、輝かしい業績を誇るミハルコフ氏については、以前の投稿でも取り上げた。

上の投稿で触れているように、近年のミハルコフ氏は、プーチン政権寄りの愛国主義者として知られている。
そのような典型的な体制擁護派文化人が、自分の立場をどのように弁明しているのか、大いに興味をそそられ、訳出しようと思い立ったものである。

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https://rg.ru/2023/01/16/otkrytoe-pismo-chlenam-soveta-evropejskogo-soiuza-ot-narodnogo-artista-rossii-geroia-truda-rossii-kinorezhissera-nikity-mihalkova.html

ロシアの人民芸術家、労働英雄である映画監督ニキータ・ミハルコフからEU理事会メンバーへの公開書簡

ウクライナの領土的一体性、主権及び独立を損なう、又は脅かす行為に対する制限措置に関するEU決議No.269/2014の補足に関する2022年12月16日付EU理事会決議No.2022/2476によって、私はEUの制裁対象者リストに加えられた。

私がリストに入った根拠として、決議は次のように指摘している。

「ニキータ・ミハルコフ―ロシアの映画監督、俳優及び社会活動家―は、自らの公然たる声明によって、ロシアによる対ウクライナ侵略戦争を積極的に支持した。彼は、2014年以来、ウクライナに関するクレムリンのプロパガンダ的言論の拡散に積極的に努めた。彼は、クリミアの併合に対する支持、並びにいわゆるドネツク及びルガンスク共和国の独立の承認を表明した。彼は、ロシアの侵略戦争を、一般市民に対するウクライナの予期される犯罪からドンバスを防衛するという名目によって正当化した。彼は、ウクライナ人をいわゆる「ロシア嫌いルソフォビヤ」であると非難し、二国間の「衝突」は不可避であった主張した。彼は、ウクライナ語がロシアに対する憎悪を形成し、ロシア嫌いを広めているなどの理由で、同言語をロシアにとって「破局」である評した。ミハルコフは、ドンバスの学校におけるウクライナ語での講義を完全に排除することを要求した。彼は、ウクライナの生物兵器に関する、及びウクライナで戦い、英雄と称されたロシアの戦争捕虜に関するクレムリンの虚偽の声明を支持した。2022年に、彼は、重大な戦況下にあるクレムリンにおいて労働英雄の称号を授与され、ウクライナに対する侵略戦争を支持する演説を行った。」

映画監督であり、脚本家であり、プロデューサーであり、「オスカー」、ヴェネツィア映画祭の二つの金獅子賞、カンヌ映画祭のグラン・プリ及びその他の多くの賞の受賞者である私、ニキータ・セルゲーヴィチ・ミハルコフが、このことについて書くのは、もっぱら、私は政治家でも、役人でも、国家公務員でもないのだということを強調するためである。私は、ロシアの芸術家であり、古い世代のロシア人の代表であり、それゆえに、私がEUの制裁対象者リストに加えられたことについて、以下のように述べることが不可欠であると考える。

第一に、あなたがたにお願いしたいのは、この手紙を、私に対して宣言された制裁を逃れるための試みであると見なさないでほしいということだ、というのも、これらの制裁を私に宣言した者が、その言葉も行為もいずれも信頼できない者たちであるからだ。これについては、ドイツのメルケル前首相、ウクライナのポロシェンコ前大統領、そしてフランスのオランド前大統領を思い出せば十分であろう。彼らは、無為に時間を稼ぎ、すばらしいウクライナの土地に非人間的なロシア嫌いと最も残忍なナチズムを植え付けるために、ミンスク合意に伴う長年の全ての話し合いを厚顔無恥な虚偽と化すことを認めたのだ。あるいは、ウクライナのロシア系市民が自らの母語であるロシア語で話し、考えることを禁止したキエフ政権の決定を、文明世界が支持したことを思い出してほしい。さらに言えば、NATOの東方への不拡大をソビエト連邦指導部に保証した口約束を軽視し、東ヨーロッパからのわが軍の撤退、ベルリンの壁の破壊、自国の軍産複合体のほぼ完全な解体等々を含む、軍縮に関するすべての合意を履行したわが国を包囲し、NATOがわが国の国境の間近まで迫っていることを。

だが、私はこんなことを議論したいのではない。こんなことは、私だけでなく、あなた方自身にもあまりに明白であり、従って、あなた方が行っているすべてのことは、徹頭徹尾全世界的な虚偽の延長であり、北大西洋拡張政策なのだ。いや、私が言いたいのは別のことだ。

自らを文明化した民主的な社会であると見なすあなた方は、自分の国で、すなわち自分が生まれた祖国で、自国民に向って、母国語で、自らの個人的な意見を表明している人間に対して制裁を宣言しているのだ。

11年の間、私は、チャンネル「ロシア24」で「ベソゴン」というテレビ番組(ベソゴンは東スラブ民族の伝説上の殉教者ニキータの呼称。以下、括弧内は訳者の補足)を運営しているが、この11年間を通じて、そこで取り上げた最重要課題のどれ一つに関して、自分自身の観点を一度たりとも変えたことがない。昨年だけでも、16本の番組を2億2,900万人が視聴したのだ。

果たして、あなたがたには理解できないのだろうか、この数字ひとつだけを取ってみても、われわれが番組で語る内容が、ロシアに住む圧倒的多数の人びとの心を確実に動かしているということを。

あなたがたは自分たちが何を言っているかも分からずに、私をクレムリンの宣伝者プロパガンディストなどと宣言する。だが、もし興味があるなら、ご参考までに言うが、私は、テレビ局からも国家からも、1カペイカたりとも受けとらず、自分の資金で番組を作っているのだ。のみならず、「純粋な試み」の証として、私の番組には広告がはさまれることがない。信じてほしいのだが、それらの広告は、視聴回数を考えれば、私にとって相当の収入源になり得たであろうに。私の番組は誰の検閲も受けていない。番組制作は、金曜午前の放送に向けて月曜に始動し、テレビ局が私たちの「ベソゴン」を受け取るのは木曜の夜遅くなので、彼らも番組についてはタイトル以外なにも知らない。従って、誰もその内容に影響を及ぼすことができないのだ。

さらに言えることとして、あなた方の私に対する見方は、まさに私の番組をご覧になった後でできあがったのであって、それというのも、まさにこれらの番組が、その真実性と独立性によって、人びとが真実を理解する助けとなるからなのだ。

正直に言えば、私はそのことを嬉しく思う。

だが、もしそうだとすれば、あなたがたは目も耳もふさぐことができなかったのだ、何故なら、私が、「ベソゴン」を通じて、何度となく、あなたがたの心に真実の感情を目覚めさせ、目をしっかりと開けて直視するよう促したからだ。キエフ政権によって殺されたドンバスの子どもたちを、オデッサの「労働組合の家」で焼却された者たちを、銃殺刑を受けている戦争捕虜たちを、平和的な市民に対する拷問や虐待を、あなた方の偽りに満ちた政策の結果として、そしてあなた方自身が署名したミンスク合意への裏切りの結果として生じたすべてのことを。

あなたがたが私に制裁を宣言する理由の一つとして、生物兵器に関するクレムリンの偽りの声明とやらを支持したことが含まれている。だが、そうであれば、何故あなたがたはヌーランド氏(ビクトリア・ヌーランド、アメリカ合衆国国務次官)に制裁を宣言しないのだ、彼女は、ウクライナに生物研究施設が存在することを公に認めたではないか。もっとも、その事実は、われわれが番組で示したとおり、文書担当職員及び関連文書によって証明済みなのであるが。

あなたがたは、ロシアによるクリミアの再統合を略奪と称し、仮に、ヤヌコーヴィチ大統領の暗殺をたくらむファシストたちのクーデーターが起きていたら、クリミアでは大量虐殺が準備され、実際に行われたであろうことを認めようとしない。そして、クリミアでは、90パーセントを超える住民が、一発の銃声も強制もなしに、ロシア連邦の一部として復帰することに賛成する投票を行ったことを信じようとも、認めようともしない。

あなたがたは、ウクライナで目を覚ましたナチズムについてのわれわれの主張を否定し、ドイツ帝国を撃破したソビエト兵たちを称える記念碑の撤去や、偉大なる作家たちを記念して名付けられた街路の改称をあっさりと容認した。しかも、代わりにつけられた名前が、バンデラだのシュヘーヴィチだのといったヒットラーの共犯者たち、ただ老人や女性や子供たちが殺害されたヴォルィーニの大虐殺だけをとっても永遠に呪われるべき連中の名前なのだ。

私は、これらのすべての事実について、詳細に言及するつもりはない、何故なら、あなたがたはすべてを私の番組で見ているからだ。さもなければ、私に対して制裁を宣言することはなかっただろう。だが、まさに、これらのことに何も目を向けないということが、あなたがたの任務なのだ。なによりも重要なことは、未だあなたがたのプロパガンダによって目をくらまされておらず、ワシントンがあなたがたの前に差しだした任務を遂行していない他の者たちに、これを見せてはいけない、というわけなのだ。

まったくのところ、あなたがたは本当に恐ろしいのだ、というのも、今年の1月1日から8日までの間だけでも、5,300万人がわれわれの番組を視聴したのだから。ここには、私に制裁を宣言したEUの数か国の人びとも含まれている。

この手紙の締めくくるにあたり、私の活動への評価に対して、あなたがたに感謝を表明したい、何故なら、真実を前にしたあなたがたの恐れは、そのような評価の結果としか説明できないからだ。その真実は、今日、われわれの勝利の日を待ちながら、そのことを表立って表明する力も手段も持ち合わせない諸国や諸民族から国際法廷へと、遅かれ早かれ、現れ出てくるだろう。あなたがたは忘れているのだ、(世界地図には)北西部だけでなく、南東部も存在しており、アフリカや、ラテンアメリカもあるのだということを。

アメリカの核の傘の下での快適な生活に意識を曇らされ、かつてカダフィの言い分を聞かず、彼を殺害した文明ヨーロッパは、いずれ正気に戻った何億もの普通の人びとの視線を浴びて目ざめるだろう。彼らは、あなたがたに向って、声高に、はっきりと、「ニエット(ノー)」と告げるのだ。それこそが、まさに、今日、世界の指導者の中でただ一人、破壊的な津波のようなあなたがたの偽善に立ち向かうわれらの大統領が語る言葉である。しかし、大統領とともに、広大なわれらがロシアの大多数の人びともまた、あなたがたに対するこの「ニエット」を唱えているのだ。

私は、この私の手紙が、その宛先となった人たちにほとんど届かないであろうことをよく分かっているが、それでも私にとってこれを書くことの方がより重要であった。

あなたがたにまだ時間が残されている間に、われらの「ニエット」を聞き届けるがよい。

ニキータ・ミハルコフ

『ロシア新聞』2023.1.16(全文訳)

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いうまでもなく、私がこの手紙全文を試訳し、ここに掲げた理由は、ミハルコフ氏に共鳴し、その主張に支持を表明したいためではまったくない。

私がこの手紙から強く感じたことは、人間は、自分が見たいものだけを見ている限り、どんなことであっても、心から、信念をもって正当化することができるのだ、という想いだった。確かに、ミハルコフ氏の「真実」に対する信念は揺るがないように感じられる。
しかし、逆に言えば、ミハルコフ氏は、自分が見たくない真実の側面を完全に黙殺している。彼は、今回の侵略戦争におけるロシア側の理不尽さ、残忍さ、愚かさについては、みじんも気に留めていないかのようだ。

一方で、「真実に目を向けようとしない」という非難は、上の手紙で、まさしくミハルコフ自身が西側諸国に対して投げつけているものでもある。
実際のところ、彼が手紙で表明していることが、すべてまったくの虚偽であるとは言えないのかもしれない。むしろ、そこには幾分かの「真実」が含まれているのかもしれない。

もしそうだとすれば、「自分が見たい真実しか見ない」という態度は、戦争の当事者の双方に、さらに言えば双方の立場に支持や理解を表明する各国に、程度の差はあれ共通したものということになる。

現在の膠着化し、泥沼化した戦争を終わらせるために、ウクライナがロシア軍を完膚なきまで撃破して撤退させることができれば、もちろんそれに越したことはないのだろう。
それこそが正義なのだろう。

しかし、そのためにさらに膨大な戦費を費やし、双方が尊い犠牲を積み上げなければならないのであれば、むしろ、今は、一日も早い停戦合意に向けて、ロシアはもちろん、ウクライナも、そして西側諸国も、それぞれが「見たくない真実」にしっかりと目を据えながら、互いに妥協点をさぐっていく努力を始めるときではないだろうか。
そのほうがよほど賢明ではないだろうか。






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