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【花】


 崩れたビル、行き交う煤けた人々。
 ここは戦火の傷跡が残る町。人の比較的行き交う通りで少女は花を配っている。

 小銃を肩に掛け疲れた表情の青年兵がひとり町を歩いている。
 目に映るのは闇市、怒鳴り合う店主と客、女に絡む数人の兵士、食べ物をせびる子供、戦争がそうさせたのかこの街はどこか狂っていた。

 そんな目の前に差し出される花。とても綺麗だがどこか儚げで奇妙なうす赤い花。
 きょとんとした青年兵が手の先を見ると、少女がにっこりと笑っている。
「あ、ありがとう」 
 青年兵は思わず笑みがこぼれ、礼を言ってその花を受け取った。
(なんかほっとするな…) 
 少女は青年兵の笑顔をすこしのあいだにこやかに見て、何も要求せずに立ち去って行く。
 青年兵は少女から手元の花に目を移し、嬉しそうに歩き始めた。

 飲食店。パンとスープだけの食事。青年兵はそれを食べながら花をしげしげと見ていた。
(見たことがないな…なんという花なんだろうか?)
 甘い香りに表情も和む。
(俺が花なんかに心癒されるなんて…)
 青年兵が店を出るとそろそろ夜の帳が下りてきていた。

 ふと視界の脇で動く騒がしい一団を認めそちらを向くと、昼間女に絡んでいた兵士たちがあの花の少女を追い立てながら廃ビルの方へ歩いていく。
(ああっ…あの女の子…)
 青年兵は目を背け、俯きながら廃ビルと反対方向へ歩き出す。さっきの和やかな表情はこわばり、すっかり硬くなってしまっていた。
(…でも俺には関係がないさ……)

 肩に衝撃が走る!や、いなや男が殴りつけてきた!青年兵は背中から倒れ込み殴った男は娼婦らしき女に止められてそれ以上は手を出さなかった。
「気をつけろ!」
 ぶつかって怒鳴られた時花を落としてしまったらしい、男と娼婦が立ち去ったあとに、落ちて踏みつけられた花を見てハッとした!

「ッッチィ!」

 立ち上がるとさっき来た道へ走り出した。
(俺は何をしてるんだ!)

 さっきの廃墟の方へたどり着くと奥から声が聞こえる。その方向へ気付かれないように向かいう。物陰から覗くと少女は 3 人の兵士にされるがままに陵辱されていた。
(遅かったか…)
 そうして少女を見ると目が合った…!
(俺は…こんな…!)
 青年兵は小銃を持って叫び、銃声をひとつ轟かせて躍り出していた。
 虚を突かれた3人の兵士たちは慌てふためき、咄嗟に逃げ出す。
 いちばん逃げ足の遅い兵士に引き金を引く、数発浴びた兵士が転げて倒れ、それを見た兵士のひとりが持っていた拳銃で応戦する。もうひとりは撃たれた兵士を引きずるように逃げていく。青年兵は追い散らすように何発も撃ち、相手も撃ちながら逃げ去っていった。

 耳の奥でキーンと音がする。火薬の臭い。視界が急速に広がるような感覚がして我に返る。
(女の子はど…!)
 焼けるような激痛が腹から全身に伝わる!
(あ…あれ…)
 青年兵は腹に被弾していた。
「っっっ!」
 ちらりと少女を見ると、少女はゆっくり起き上がりながらこちらを見ている。
 少女が無事なのを確認すると、微笑んで膝から崩れ落ち、目の前が暗くなっていく。

  ────

「ったく!冗談じゃねぇぜ!」 
 逃げのびたた3人の兵士は。悪態をつきながらどこかの廃墟で息を整えていた。撃たれたひとりはぐったりと崩れ落ちていて、うめき声も弱々しい。
「おいこいつもうだめだぜ?」
「仕方ねぇ、せめて楽にしてやるか」
 かん高い銃声がして、ひとりは沈黙した。
「クソッ!あいつただじゃおかねぇ」
「ああ、とっとと戻ってぶっ殺そうぜ!」
「当たり前だ」
 そう言いながらもよおした兵士がひとり立ち小便をはじめる。
「あークソ!マジでムカつくわ!」もうひとりは拳銃に弾を込めていく。

「うわあああああぁぁぁ!!」
 立ち小便していた兵士が叫び声を上げる。
「!?な、なんだ?!」

 
  ────

 気がつく青年兵、裸のままで寄り添う少女。
「…あ…」
 声が出ない。体も重く動かない。もう死ぬんだと直感した。
 寒気が襲う体を温めるように愛撫する少女。
「…は…や……にげ…」
 あいつらが戻ってくるかもしれない。が、どうすることも出来ない。

 そんな状況で少女は青年兵のベルトを緩め、ズボンからペニスを取り出すとそれはねっとりとした熱に包まれた。
「ああ…」
 顔を上げた少女は体重をかけないように青年兵にまたがり、ゆっくりと導びいていく。
「…ああ…そんな…きみは……」

  ────

 立ち小便をしていた兵士は自分のペニスが小便とともにボロボロとちぎれて落ちていくのを恐怖の表情で見ている。
 その光景を目の当たりにした兵士も言葉を失った。
「お…おい!どうなっうぶっ…ぐぽ…」
 異常はペニスだけではなく、体が急速にどす黒く変色して、喉の奥や目から蔦の先のようなものが突き出していき、ズボンの裾からは根が生えてくる。
「うわああああああ!」
 残った兵士は目の前で起こったことを飲み込めないまま恐怖で変わり果てていく兵士に何度も引き金を引いた。
「や、やべぇよ!なんなん…!」
 視界の脇では最初にとどめを刺した兵士も蔦と根まみれになっていた。
「うわあああ!!」
 そのまま見捨てて走り去ろうとしたがバランスを崩して転倒する。自分の足からも根が生えようとしていた。
「!!!!」
 恐怖で声も出ない。やがて自分からも蔦が生え出して意識が消えていく。

 ほんの数分の出来事だっただろうか。蔦と根の繭のようになった兵士たちだったものの上に、あの綺麗で奇妙な花が一輪ずつ咲いていく。しかしその花びらはどす黒かった。

  ────

 されるがままに少女と一つになる青年兵。
(…ありがとう……)
 恍惚の中青年兵は真っ白にほどけてゆく。

 眠るように死んでいる青年兵。少女が青年兵に口づけると、青年兵の体の中から芽が出て、数輪の花が咲いた。綺麗で奇妙な花だが、ほんのり赤い花ともあの兵士たちに咲いたどす黒い花とも違い、とても清らかな真っ白い花だった。

 少女は大事そうに花を摘むと、青年兵はさらさらと砂のように崩れていった。

 白い花の株をかごに入れて廃墟を進む少女。通り道に奇妙などす黒い花が咲いていたが目もくれない。

  ────

 扉が開く。帰ってきたのは少女だった。
「おや、今日はいい花だねぇ」
 家に居たばあさんが少女に近づく。少女はばあさんに花を差し出す。
 花を受け取るばあさん。
 優しい瞳のおばあさんは少女の目をじっと見つめてうなずいた。
「ご苦労だったね、お休み」
 頭をぽんと叩くと少女の目からスッと光が消え、手をだらりと垂らし立ったままの人形になってしまう。
 おばあさんはその花をきれいな鉢に植え替えると窓際の日の当たるところに置いた。
 ふと人形を見るとその頬に涙を流していた。
「優しい子だね…」
 そう言って目を細め、その花を一輪摘むと人形の髪に飾り涙を拭ってあげた。

 部屋を出ていくおばあさん。
 人形の表情は変わらなかったが、どこか幸せそうな微笑みに感じられた。

 真っ白な世界で青年兵と笑顔で抱きあう夢を見ながら。

  ──── おわり



 読んでいただきありがとうございます。

 この本文と後述は十年前に書いたものに少々修正して再掲したものです。

 戦場で散るいのちを花に変えて慰める…みたいな読み切り用短編で、漫画にするなら絵柄は『伊藤まさや』先生か『あびゅうきょ』先生にやってほしいなぁと思ってた。
 背景イメージは二次対戦中の…、ヨーロッパとかロシアとか…ちょっとレンガとかで作られた街並み。でももう戦火の中で廃墟ばかりの崩れた街並み。
 そこに女のケツばかり追う、まるで自分たちが戦ってやってるんだ的な偉そうな気になってるクソ兵士が地元の子を物色みたいなシチュエーション。

 なーんてもっともみたいなこと書いてますが、『魔夜峰央』先生の影響大きいなとか。

 魔夜峰央先生の作品『恐怖生花店』に出てきた「純白の花」の印象が離れない(笑)
 ミロールという美少年が経営する生花店には、透き通るような白い花が売られているのですが、その綺麗な花の製法の秘密を探ろうとする男がミロールに近づくが行方不明になる。
 丁度そのころ花屋は新作の花を出す…。
 これが実は…ってあああ!すみませんネタバレに!
 ちなみにミロールは後に『パタリロ!』にもゲスト登場しますが、その時のサブタイトルが『めずらしい純白の花が咲く』でした。
 H・G・ウェルズさんの短編小説『珍しい蘭の花が咲く』のパロディなのかな、H・G・ウェルズさんの純白の花は冬虫夏草ですね。
 あとは梶井基次郎さんの『檸檬』という短編集の「桜の樹の下には」ですね。あるものがあるから綺麗に咲くってアレです。
「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」
 なんて、西行 山家集も掛けていると無理矢理云ってしまえばちょっと言い過ぎ?
 まぁこの【花】場合、花の下ではなくて腹の下で死ぬんですが…って風流もへったくれもないな(笑)
 花(桜)の下で死にたいという風流は日本古来からの粋DEATH★(ちがうぞ)。

                                  SIVA 拝

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