見出し画像

上品な下ネタに悶絶!映画「偶然と想像」【感想】

最近、映画館で映画を観る機会がめっきりと減ってしまったのですが、その中で2021年に観た映画の中で最も印象に残っているのが濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」でした。この作品がとにかく自分にとって衝撃的に素晴らし過ぎて、感想を書きたいんだけどどうしても書けないままでした。

ということで、期待して期待して観にいった「偶然と想像」。まずはじめに言うと、これはもう間違いなく傑作です。作品の質としては「ドライブ・マイ・カー」の方が高いように思えますが、個人的には同じくらい好きな作品です。2時間があっというまでした。

まずこの作品、何が良いのかと言うと、上品な下ネタ映画であるのが何より素晴らしいです。3話のオムニバス作品で、どれもが性に関する話なのですが、一切裸はでてきません。とにかく上品な言葉で下ネタの応酬が繰り広げられるのです。

会話のやり取りも殆どがリアルすぎる日常会話なのですが、気が付くととんでもない下ネタ話になっているのです。これには本当に脱帽です。とにかくセリフが上手すぎる!

セリフの一つ一つは全くもってエロくありません。それなのになぜエロいのか?ここにこの作品のセリフの妙があると思います。それぞれの作品の冒頭で交わされる会話は日常会話なのですが、ある時点でそれが奇妙すぎる偶然である事が判明します。作品を観る側としては、これはドラマの為の仕掛けなのだなと思うのですが、濱口監督はここからもう一段階上の仕掛けを施します。“この偶然は必然であり、全ては虚構なのだ”と。ここらドラマの質が変容します。しゃべり口はこれまでと変わらないのに、日常会話なら口にしないであろう言葉がさも日常の言葉であるかのように口に出されます。すると、登場人物がどこにでもいそうな人物像から、そんな人いないであろう虚構的な人物像にすり替わっていくのです。それまでの日常会話が裏返り、妄想的な変態会話が繰り広げられることになるのです。

そしてこれを体現するのが登場人物を演じる役者たちです。特に、第1話の古川琴音、第2話の森郁月は本当に素晴らしい演技でした。二人ともどちらかというと清楚なイメージのキャラクターなのですが、話が進んでいく中でどんどんエロくなるのです。画面は全くエロくならないのにも関わらずです。これが本当に面白い!

現代に生きる人は基本、非常に理性的です。理性的ではあるんだけど本能を失ったわけではなく、多くの人が理性の壁を一度は越えてみたいと妄想しているはずです。その妄想が、このドラマでは言葉の応酬となって描かれるのです。これがこのドラマの本質的な面白さだと思います。

それからもう一つ。音楽についてなのですが、この作品には殆ど音楽が使用されません。音楽のない中、唐突に使用されるのがシューマンの「子供の情景」です。その中の第1曲「見知らぬ国と人々について」と第7曲「トロイメライ」。これがもう本当に効果的に使われるのです。シューマンといえば二重人格的性格であったり、最後は精神病で狂ってしまうなどちょっと変わった人というイメージがあります(私は好きですが)。その人が作った最も穏やかな曲が「子供の情景」なのではないでしょうか。何故か、映画でこの曲が流れるたび、登場人物は皆シューマンではないのだろうかという錯覚に囚われました。

濱口監督はこの理性と本能の間にある壁を、言葉によって壁自体を曖昧にし、現実とも虚構ともとれない独自の世界観を描くのが本当に上手いと思いました。次回作にも期待したいです。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?