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読んでよかった1

久々につぼやき再開したら他にも書いておいてもいい(書きたいというほどでもないが)ことがたまっていたのかと気づいた。
短時間再任用になってから自分の時間はたっぷりあるので(しかしこれほどの薄給とは… まあ世間一般の役に立つ仕事ではないから)激務and/or管理職時代には読めなかった大物の本を少しは読めるようになった。が、もともと本を読む速度が遅いうえ(世の中には速読&記憶セットで本を読む才能のある人がいるが、私にはない)、加齢でさらに記憶力も推理力も衰えているので、量的にも質的にもそれほど満足しているわけではない。
大物の例ではユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫版)と、プラムディア・アナンタ・トゥール『人間の大地』に始まる4部作。そこまで長くないけどゾラの『ジェルミナール』
『レ・ミゼラブル』は入門書で予期はしていたが、それを上回る余談・蘊蓄の量(全体の25%とか)にあきれかえった。すでに忘れているけど、コゼットが入った修道院と、ジャン・バルジャンがさまようパリの地下道のことは、本筋とまったく関係ないことを思い付きで調べたことを全部書いたみたいだった。ナポレオンの戦闘場面を詳しく書くのならいいけど…それも本当は必要なかった。あとびっくりしたのは、善玉も悪玉も、主要人物がすべてあまりに単純で性格の深みも複雑さもないことだ。コゼットなんて成人してからもラストに盛り上がるところでも単なる能天気な妹タイプでしかなくて(日本のアイドル産業の商品のようだ)。つまり「背景はものすごく精密に描いて、人物は手抜きみたいにかんたん」――つまり水木しげるのマンガみたいなのであった。その結果、子どものときに読んだ、みなもと太郎のマンガほどの感動もおぼえなかった。ストーリーだけ抜き出せばこれほど簡単になってしまうとは…

で話をそらしてもいいことにするが、水木しげる以上に簡単な絵柄で劇的なストーリーと感動を盛り上げるみなもと太郎の手腕はすごかったわけだ、その能力があってこそ、あの『風雲児たち』(幕末篇含む)を描ききったわけだ。だからこそ高杉晋作のアメリカ公使焼き討ち直前で作者が亡くなってしまったのは本当に残念だった。現在進行中で唯一読めるマンガだったし、『風雲児』から得た知識は膨大でどこかに役に立っているのだ。
 特に、シーボルト事件、大黒屋光太夫のロシアは劇的きわまりなく、高野長英や橋本佐内のあまりに無念な死は涙をさそう。ディテールのすごさではなんといっても「桜田門外の変」が圧巻である。池田屋事件や生麦事件もすごい。よくもここまで記録を調べ、マンガ的なおもしろさ(アクションとキャラクター)を全開にできたものだ。「桜田門外の変」を見とどけた関鉄之助という水戸藩の侍は完全に鉄人28号になっているし。田沼意次はいかりや長介風でもちゃんと歴史的役割を評価しているし。みなもと亡き後に続編が出るという情報もあったが、原作小説や複雑膨大な歴史からキャラクター、ストーリー、アクションを生み出していく才能は引き継げるものではないだろう。
なお、あんな絵柄だからいまどきの高度な技術を駆使したマンガ(といえば『ゴールデンカムイ』しか読んでないが)に慣れた若者には読むに堪えないかもしれないが、みなもと太郎は実はマンガの革命児である。『少年マガジン』の『ホモホモ7(セブン)』は本当に衝撃的だった。手抜きみたいなギャグのキャラクターと、当時メジャーになっていたハードボイルドな「劇画」を転換させることでマンガというメディアの新境地を開いた。そしてもちろんギャグとしていくらでも笑えたし、今読んでみても、笑うことはなくても、パロディ満載(元ネタ知らなくてもいい、今ではもうオリジナルなきコピー=パスティッシュか)のマンガ表現としてのおもしろさは十分生きている(1970年前後は『ガロ』や『COM』でなくても実験的なマンガ作品は『少年マガジン』などにものっていたのです。大学生がマンガを読むようになった時代だからこそ、このような子どもと大人の混在が可能だったのかもしれない。)
短編ひとつのなかで子供向け絵柄から劇画までをストーリーの進行とともに変化させた手塚治虫の実験マンガ(『落盤』だったと思うが… まるで古代から現代までの英語文体史のようなジェームズ・ジョイス『ユリシーズ』第14挿話 「太陽神の牛」のような…)から、子供向けマンガに劇画スタイルで大人(親父)ネタを展開する山上たつひこ『がきデカ』まで、『ホモホモ7(セブン)』の革命はひとつの系譜のなかに位置づけられる。そしてギャグとシリアスを、歴史的事実をねじまげることなく融合させた『風雲児たち』こそ、この作家(あえてartistとよびたい)の完成作だったのだ。(だからその死はとてつもなく惜しい、さいとうたかおとか磯崎新とか坂本龍一とか小澤征爾とかは別世界の人だし。ゴルゴ続いているなら今の世界でターゲットにしてほしい人は何人もいますよね。あ、さらに話が…)

なんの話だっけ(笑)。……に近いギャグも『風雲児たち』にあったか?
あ『レ・ミゼラブル』でしたね。
歴史的名作とされるこの小説からひとつ感動的なジャン・バルジャンのセリフを紹介してごまかして締めます。
「死ぬことより、生きていないことがおそろしい。」
……と言っても、このあとすぐには死なないんですが。
(つづく ちゃんとマンガ以外の本のことも書きます)