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たかが猫が死ぬくらいで。③

3/16

何も食べなくなって、水も飲んでいる気配がない。
今日で3日目になる。

元々鰻と獅子の盆は一緒で、同じものを食べさせていたが、2月中旬からはずっと別盆にしている。
鰻の盆は今まで通りの腎臓食で、獅子の盆には毎回10種類くらいの缶詰やパウチを乗せている。
何を食べるか分からないからだ。

鰻は獅子の盆が羨ましいので、自分の皿が空になったら横取りしに来ていたが、最近来なくなった。
近くで獅子が食べ出すのを待っていて、「ううちゃん」と私が呼ぶまで来ない。
呼ぶと一口だけ食べて、獅子を見る。
その後はじーっとしている。
獅子は鰻が食べるのを見ると、少しだけ口を動かすようになった。
舐めるような仕草はするけど、口に入っていない。
鰻はお手本を見せてるんだろうか。
そんなに賢い猫では無かった気がするけど、とにかくせっせと獅子の世話をしているように見える。
外から帰ると必ず寄り添っている。


3/17

そろそろこたつやらカーペットを片付けてしまいたいけど、たまに獅子が入っているのでもう暫く出しておこうと思う。
獅子の嫌いな掃除機やキャリーは別の部屋に仕舞って、毎日クイックルワイパーをかけている。
元気な時はよく掃除機と喧嘩をしていた。

獅子が欲しがったのにあげなかったもの。
ケンタッキー、ハーゲンダッツ、マクドナルド、釣りたての鯵。
他にも沢山ある。

味の濃い物は食べては駄目、生魚は寄生虫が付いてるかもしれないから駄目。
病気になったらいけないから、あれもこれも食べては駄目。

何も食べれなくなるなんて思わなかった。

こんな事になるなら、欲しがった時に何でもあげれば良かったと思う。
とりわけケンタッキーとハーゲンダッツに対する執着は凄かったな、と思い出して買ってきた。
袋に少し反応している。
肉を出して差し出すとギョッとしていた。
暫く匂いを嗅いだけど食べなかった。

夜、こたつに入っている獅子におやつを数種類、指に乗せて差し出した。
反応が無かったが、隣にいた鰻が食べ方を見せると、ちゅーるの鰹節味だけ数回舐めた。
ほんの少量だったけど、4日振りに「食べたい」という意思を見せてくれた事が嬉しかった。
「偉いね、偉いね」と言って撫でると首を伸ばして喜んだ。
少し危ない足取りで、お気に入りの椅子に飛び乗って、機嫌の良い顔をしていた。



3/18

昨日の鰹節味を指に乗せると舐める。
他の味は食べなかった。
1/2本で口が止まってしまうが、それでも食べる事を思い出してくれて嬉しい。

出先で、職場の同僚に会う。
この人は動物の保護活動をしていて、病識もあり、私とは違う視点を持っている。
感受性が豊かで、人に頼られすぎる傾向があり、「しんどくなるから、お客さんに優しくし過ぎないで」と言った事がある。

自分は極力淡白に仕事をしているつもりだが、本当は彼女に憧れている。
呆れる位優しいのに、死に対して冷静な価値観を彼女は持っている。

先日、歴代で1番懐いた甘えん坊の猫を亡くしたと聞いた。

獅子はもう治らない。
治療も辞めて、今はその時を待っている状態で、嫌で嫌で堪らないと話した。

「あがちゃんも、私も死ぬ。100%、絶対に生まれてきたら死ぬ。死ぬ事は生まれた時に皆が貰うだけの平等なもの」と彼女は言って、少し泣いた。
先日亡くなった甘えん坊を思い出したと言っていた。

「食べなくなったら、無理に食べさせないで。
猫は死ぬ時、体が空っぽの方が楽やから。
その時が来たら、寒い所に行きたがるから、行かせてあげて。
温めないで。
身体が冷たい方が楽に逝ける」
と教えてくれた。

夕方に家に帰ると鰻と獅子がくっついて眠っていた。
獅子がぬくぬくの場所に居ると安心した。


3/19

獅子、朝ごはんにおやつを少しだけ。
相変わらず鰹節味しか食べない。

鰻は今日も早食いして盛大に吐いた。
鰻とは一緒に暮らし始めてもうすぐ11年になる。
何故いつも早食いをするのか、私に上前をはねられると思っているのか。

当時通っていた動物病院で、鰻の早食いと吐き戻しを相談した事がある。
鰻はその時生後2ヶ月程だった。

若い獣医師が「この子は元野良だから、死ぬほどお腹を空かせた経験があるのだと思う。
飢えを知っている子はあったらあるだけ急いで食べてしまう」と言った。

レントゲンを見ると、鰻の背骨には1度折れてくっついた跡があった。
同じ獣医師に、猫は背中から落ちないので後天的に折れたのであれば、おそらく人間に蹴飛ばされたり、事故にあった跡だと教えられた。

拾って2ヶ月の間、鰻は家の何処かに隠れていて出て来なかった。
私が仕事に行くとご飯を食べて、帰宅すると皿は空っぽになっていて、たまに吐いた跡があった。
私に全身を見せたのはかなり経った後で、知らない間に大きくなっていたので笑ってしまった。

野良とは過酷なもんなんだな、こういうもんなんだな、と思っていた。

その約1年後に獅子が来た時、同じ元野良なのにこうも違うものかと驚いた。
鰻に威嚇されても物怖じせず、よちよちの足取りであちこちを探検し、初日から私の首元で喉を鳴らして眠った。

お客さんが来ると「こんにちは」と言い、初対面でも膝に乗り、「キャバ嬢みたい」と言われていた。
人間の側に居たいようだった。 

離乳食の食べ方も綺麗で、吐く事は1度も無かった。
1週間ほどで鰻とも仲良くなり、暫くすると鰻の腹を前脚で揉んで乳首を吸っていた。

鰻は雄なので、何とも複雑な表情をしていたが、数ヶ月その要求に応えていた。
獅子の吸いたい欲はおさまらず、その後は私の小指、薬指、中指と徐々にサイズアップして、今でも前脚で柔らかい物を揉む癖がある。
今日は機嫌が良いのか、長い事こたつ布団を揉んでいる。
顔つきも悪くなかった。
少ししか食べれなくても、機嫌がそこそこ、っていう日はまあまあ有りなんだろう。


3/20

朝ごはんにやっぱり鰹節味を舐めた。
一本無くなったが、たった9kcalだった。
他の味は見向きもしないので、鰹節味だけ麻薬でも入ってるんじゃないかと思う。

鰻には早食い防止で2回に分けてご飯をあげたが、猛烈な早食いをした末に吐いた。

午前中に鰻だけ動物病院へ。
インターフェロンを打って貰い、早食いの事を相談すると、
「量を減らして、食事回数をもっと増やして」と言われる。
それすると、極悪人を見る目で私を見るんだよ、と思う。

ご主人先生に「獅子はどう?」と聞かれたので、「鰹節味しか食べない猫になりました」と答えた。
「自分で食べれるようになったの。偉いなぁ、やっぱり猫は家にいる方が頑張れるんかな」と感心してくれた。
「でもほんの少ししか食べない」と言うと、
「それでいい。ほんの少しでも、美味しいと思って食べてるなら、それだけで充分。獅子は偉い」と先生は言った。

帰ってから、鰻にわんこそば形式でご飯をあげてみた。
鰻はケチの極悪人を見る目つきで私を見上げた後、不満を言いながら何度もおかわりをした。
獅子に、「たまには違うもん、どうですか」と提案したが、すべて却下され、また鰹節味を一本分食べた。
午後にメーカー別の鰹節味を買い出しに行った。


3/21

明け方、獅子の喚き声で目が覚めた。
鰻に追いかけ回されて怒っている。

元気な時はよく明け方に運動会をしていたが、今や獅子は病床の身で、末期も末期なのでもうやめて欲しい。

「ううちゃん、ヤメテ」と言って見に行くと、鰻は獅子に殴られていた。
2発殴られた鰻は降参の格好で、腹を出して喜んでいた。

獅子の運動神経が良いのか、鰻が運動音痴なのか分からないが、今まで獅子が負けたのを見たことがない。
鰻が生後半年程でやっと登れた高い場所に、獅子は生後2ヶ月とちょっとで登った。
高い出窓には鰻は登ることが出来ず、出窓は獅子だけの場所だった。

今、獅子はそんなに動けないし、体重が1.5倍もある健康な鰻が負けるとは思えない。

獅子が勝つのは、私の知らない自然界の掟なんだろうか、と思っていると、獅子の背中が波打ち嘔吐した。
胃にほとんどものが入っていないので、黄色い胃液を一滴二滴吐き、また移動して少量ずつ嘔吐する。
撫でられるのも苦しいようで、見ている事しか出来なかった。

暫くすると嘔気が止み、頼むからもう運動会はせんでくれと2匹に頼んだが、私が二度寝に行くとまた一緒に走り回っていた。



3/22

獅子は今朝も鰹節味しか食べない。
鰻はわんこそば式の朝ごはんを完食し、「こんな事はもう辞めにしないか」「悪政だよ」と訴えている。

獅子の歩き方が少し変になっている。
方向を変える時によろついている。
日向に行き、鰻に毛繕いして貰っている。
猫は存在感がやかましくなく、風景に溶けるのが上手な生き物だと思う。
暫くすると2匹で窓際に寝転んで、お互いにいい塩梅のポーズで絡み合っている。
いつまでこんな幸せな風景が見れるんやろうと思う。

昼に帰ると獅子はパソコンの上で昼寝をしていた。
まだある程度の高さまでは自力で登れている。
夜に食べたほんの少しのおやつを深夜に吐いてしまう。


3/23

夜中、どんどん歩き方がおぼつかなくなってきている。
耳や鼻に血色がない。

朝、自力でソファーに乗っている。
留守中に降りて怪我をしたらと思い、出勤前に床のクッションに移すと、嫌だと言って鳴く。
気に入りの場所に居させてやりたいけど、こんな状態の上に怪我でもしたら、と思うと怖くて仕方がない。

夕方に1度帰ると、今度は椅子の上に居た。
鰻は布団で寝てるのに、どんだけ高い所が好きなんだよと思う。

子供の頃、自力で降りれない所まで登って行って、よく大きな声で鳴いていた。

降ろしてもきっとまた乗るので、箱を下に置いて階段にした。
夜に帰ると鰻が箱に乗っていて、獅子は椅子の上のままだった。
段差の2匹に交互に鰹節味をあげた。


3/24

朝、フラフラ歩いている。
よろよろしながらあちこちに行こうとする。
どうにかこうにか椅子やソファーに飛び乗っている。

仕事に行き、心配だったので昼に一旦帰宅する。
鰻が玄関まで駆けてくる。
その後を鳴きながらついて来ようとした獅子が転けた。
すぐに立ちあがろうとするけど、フローリングに滑って後脚が開いてしまい、何度か踏ん張っても立てなかった。
「あれ?あれ?」っていう顔をしていた。

たった数時間で歩けなくなってしまった。

椅子に飛び乗ろうとしても、後脚が滑って開いてしまって、ぺしゃんこになる。

獅子は暫くの間、「変なんやけど」と私や鰻に訴えて鳴き続けた。

「大丈夫よ、乗せてあげる」と言って抱いてソファーに乗せたが、「めちゃくちゃ嫌だ」と言って自分で飛び降りて尻もちをついた。

その後も尻もちをつきながら歩き続けた。

システムトイレに登るのも大変そうだったので、昔使っていた旧式のトイレを用意した。
段差が低いのでこちらの方が使いやすいと思う。

夜に帰宅すると獅子はいつもの椅子の上で寝ていた。

椅子の前面の床におびただしい数の小さい爪の跡があり、何度も何度も失敗してやっと登ったんだと分かった。


3/25

朝、鰻と獅子のご飯の準備をしている隙に、獅子が洗濯機の裏に隠れてしまった。
呼んでも出てこない。
洗濯機の裏は完全なデッドスペースで、掃除機も手も入らないので埃が溜まっている。

覗くと、奥で尻もちをついてるのが見えた。
あんな汚い場所に獅子が居るのが嫌だ。

どうしても手が届かないので「ううちゃん」と呼ぶと、鰻はすでに横にいた。

「獅子が出てこーへん」と言うと、ぬるぬると洗濯機の奥へ入っていき、暫く獅子の身体を舐めたりしていたが、「あかんかった」と言って戻ってきた。

その後、壁と洗濯機の隙間から、細い目でジーっと獅子を見つめだした。

結構長い時間だった。

猫は目が合うと喧嘩になるというけど、獅子は視線を集めると機嫌が良くなる。
目の持ち主は人間でも動物でもいい。
至近距離であればある程喉を鳴らして喜ぶ。

細目の熱視線を全身に浴びた獅子は腹を出してぐねぐねし始めた。

鰻は更に細目になり、獅子は「気持ちいい」と目一杯身体を伸ばし、ゴロンゴロンしている。
散々見つめられて満足したのか、尻もちをつきながら自分で出てきた。

鰻は細目のまま、尻もちの獅子を従えて寝室に戻って行った。

あまりにダンディな手際に笑ってしまい、私も寝室について行き、獅子の身体を拭いた。
動物の方が人間よりもやり方が洗練されているな、と感心した。


3/26

鰻のみ通院。
ご主人先生に「獅子はどうしてる?」と聞かれる。
「尻もちつきながらなんとかやってます」と言うと、「偉いなあ、ほんとによく頑張ってる」とびっくりしていた。
「あと、吐いてしまう事が多い」と続けると、暫く考えた後、「吐き気止めを打って、少しでも楽に、と思ったけど、やっぱり辞めよう。ここに連れてくる方が可哀想だ」と先生は言った。
インターフェロンを打った帰り道、受け取りたい物があり実家に寄る。
先日ステント手術の為に入院していた父が居た。
術前検査で引っ掛かり、結局ステントは入れる事が出来ず来月開胸手術になるという。
「オトーサン、もう手術しなくてええような気がする。薬飲んでたら元気やし」
と呑気な事を言っている。

治療してもらえるありがたみを分かりなさい、と言うと、「分かりました、ヤリマス、ヤリマスケドモ」と棒のような返事をしていた。

駐車場で帰り支度をしていると、父が出てきて「鰻を撫でるから窓を開けて」と言っている。
窓越しに鰻を撫でながら、
「お前は、獅子を自分の膝の上で逝かせたいの」と聞く。
「そうよ」と答えると
「猫は最後、1人になりたがるからそっとしておいてあげなよ」と言った。

亡くなった父方の祖母は猫好きだったので、父も私も猫に囲まれて育った。
父は幼い頃に丸々とした大根を猫の背中に括り付けて歩かせるなど、悪事を働いていたという。

つきまとう獅子に困った様子を見せていたが、毎晩獅子の呼び出しに応じて階段で逢瀬していたので、父も猫が好きなんだと思う。

祖母宅の歴代の猫は皆外が好きで、庭の木や岩に登ったり、虫や鳥を捕まえてその本領を発揮していた。
鰻や獅子よりもずっとすばしっこい猫たちだった。
野良がご飯を食べに来て、そのままいつく事もあった。
当時は多かった半外飼いだったので、死に目に帰って来ない者も多かった。
行方不明のままの猫や、近所の冷たい倉庫で見つかったり、外で犬に噛まれて庭で力尽きていた猫も居た。
祖母は猫が行方不明になると、何通も市の情報誌にハガキを送り、「目撃しました」と連絡があるとどんなに遠くても自転車で探しにいった。

毎度悲しんだり不安な日を過ごしても、祖母は毎日窓を開け、猫を庭に出して自由に遊ばせる事を辞めなかった。

最後の猫が居なくなった時、祖母はもう猫は飼わないと言った。
おばあちゃんが先に死んじゃったら可哀想やから、と言い、その後は独りで暮らした。

祖母が亡くなる前、鰻と獅子を連れて何度か泊まりに行った。
長年猫と暮らした祖母が持つ魅力は不思議なものだった。
旅行で実家に預かって貰った時、給湯器の裏で2週間過ごした臆病な鰻が、祖母の後を付いて回り、祖母の布団で眠った。
トイレの中まで覗きにくるので「この子、エッチな猫」と言って祖母は笑った。
後にも先にも鰻が人間を追いかけ回したのはこの時だけだった。
まだ小さかった獅子は祖母の肩に乗っていて、その姿が面白くて写真を撮ったりしたが、祖母は特に何をするでもなく、お茶を飲んだりTVを観たり、普通に過ごしていた。

帰り際に「窓を開けっ放しにしないでね」と言われた。
「鰻ちゃんと獅子ちゃん、ベランダから落ちたら死んでしまうから」と。
私は当時、囲いのあるベランダまでは猫を出していた。

祖母宅の猫が2階の屋根から庭に、見事に着地していたのを思い出し、自分もマンションの2階に住んでいたので、「おばあちゃんの猫は上手に飛び降りてたで」と話した。
祖母は、「この子たちは爪を切られてるから、襲われても木に登れない」と言った。
祖母も後悔していたのだろうか。

生きていたら、父と同じ事を言うかな。
父に、「嫌や」と言って帰った。



3/27
朝から獅子はよく眠っていて、ご飯やおやつを出してもまた眼を閉じてしまう。
最近はカロリーの殆ど無いような出汁かおやつしか受け付けないのに、それすら食べなかった。
鼻や耳、肉球はほぼ白色になっていて、鰻のピンク色とはあまりにも違う。
体重を測ると3kgになっていた。

エイズが発覚してから1ヶ月半、医療系のホームページを毎日毎日読み漁っている。
大抵は発症させない事が大事大事と書いてあり、発症した後はこのような経緯があり、死に至ると記載されてあるばかりで、発症した後どうすれば良いかは詳しく書かれていない。

どこにも書いていないと言うことはそういう事なんだろう。

貧血は末期の症状だそうで、末期になるまで見抜けなかった自分に嫌悪感しかなく、見れば見るほど落ち込んだ。

発症した猫を飼っている人のブログは心理的に大変励みになったが、その後長く生きている猫は居なかった。

翻弄されるから見ないでおこうと決めていたのに、某掲示板の猫エイズ板を覗いてしまった。
何千とレスがあり、獅子の隣で寝転びながらその全てを読んだ。

獅子よりずっと体重が落ちていても、強制給餌や投薬や治療を諦めずに続けている人や、アロマやサプリメントを沢山試す人、ドクタージプシーになって転院を繰り返す人、中には病気そのものや薬の研究をしている人まで居た。
皆が皆、食べなくなったら駄目だよ、何としても食べさせて、と励まし合っている。

こういうのを見るといけない。
私は影響されやすい。
2kgの子が頑張ってるんだから、3kgの獅子はまだ食べれるのでは、と思ってしまう。

以前から食べずに残っていた高カロリーのドロドロの介護食を開ける。
スプーンで差し出すと匂いだけで気分が悪くなったのか、フラフラとフローリングに移動して吐いてしまった。
朝から何も食べれていないので、胃液ばかりが点々と落ちた。
獅子は背中で息をしながらフローリングに横たわった。

ああ、またやってしまった。
今日はしんどいから朝からずっと眠ってたんやのに。
毎日嫌な事ばかりされて嫌になるね。
毎日期待を捨てれなくてごめん、ごめんね、と途方に暮れた。


3/28

朝起きると、獅子がソファーに乗っていた。
もうまともに歩けないのに、どうやって乗ってるんやろうと不思議に思う。

よろよろしながらもトイレに行く。
この前出した低い方のトイレは使わずに、元々あった高い方ばかり使う。
乗るのが精一杯なようで、その先に進めずに排泄したものはトイレの枠の外に落ちる。

水入れも新しく用意した物は使わない。
屈まないと飲めない、古い方の水入れから水を飲んでいる。

何回でも汚していいよ、無理しなくてもいいよ、と思うけど、やっぱり今日も昨日と同じようにしたいのだと思う。

人間も同じだと思う。
使い慣れた椅子で食事したい。
自分のベッドで眠りたい。

日々得る物より、失っていく物の方が多くなっても、獅子は愚痴も文句も言わず、ただ毎日生きている。



3/29

明け方、変な夢を見る。

取引先の目上の人の自宅に招待されていて、そこに鰻と獅子が連れてこられる。

「あなたが安心すると思って」と言われるが、2匹共病気なので、家に帰してやりたい、と思っていると、獅子が失禁する。

「ごめんなさい」と謝ると、みるみるうちに獅子の身体が大きくなり、人間になった。

歳は私と同じ位で、垂れ目で目が大きく、少し面白い顔をしていた。

私の顔をじっと見て、「悪いこと、したと思ってない」と言う。
「獅子、悪くない」と。
「悪くないよ、お尻洗ってあげる」と言うと、もう一度「悪いこと、したと思ってない。獅子、悪くない!」と大きな声で言った。

そこで目が覚めた。

獅子は枕元で眠っていた。
頭を撫でて、「獅子はなんにも悪くないよ」と言った。

涙が出た。


3/30

朝起きてリビングに行くと、鰻と獅子がソファーで寝ていた。
本当にどうやって乗っているんだろうと不思議に思う。

ご飯の準備をして戻ると、丁度また登ろうとしていたので様子を見ていた。
ソファーカバーに右、左と爪をかけて、脚の爪も交互に引っかけて少しずつよじ登っていた。
完登し終えた獅子は大義な風に背中で息をしていたが、満足そうだった。

「そろそろ爪を切らないと」と思っていたけど、もう爪を切るのは辞めにした。

ソファーの上で獅子におやつをあげて、膝に乗ってきたので「偉い偉い」と沢山撫でた。


3/31

月末になり、実はかなり焦っていた。
毎月後半は仕事量が多く、いつもは早め早めに出来ることは済ませていたが、今月は家の事の方が気になっていたので、業務が押している。

誰も来ない早朝に事務所に行って仕事を片付けようと準備をしていたが、今日に限って獅子の口が良く動いてくれた。
時間はかかるけど食べたい意思が感じられ、上手にゴクンと飲み込めている。

嬉しくて、やっぱり普通の時間に出勤して真面目に仕事をして、夜に1度帰宅してもう一度職場に行こうと決めた。

火事場の底力とはえらいもんで、獅子が頑張って食べてくれた、夜もなるべくゆっくり食べさせてやりたいと思うと、自分とは思えない程パキパキと仕事が出来た。

夜の出勤は少しで良さそうや、と思って家に着いた時、最悪な事に気づく。
事務所やら自宅やらの鍵を会社に忘れてきてしまった。
もう他の人が施錠してしまってるので取りに行けない。

実家で家の鍵を借り、部屋に入るともうどうでも良くなった。

「だって諦めるしかないやんか、なあ」とわんこそばねだりの鰻に言い、「大事なのは月初やわ」と独り言を言った。

獅子は暫く眠っていたが、ゆっくりと盆前に移動して、長い時間水を飲み続けていた。

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