ひぐらしで描かれた人間関係のリアル

最終回、迎えちゃったね…と思いつつもこれから視聴予定なんだけど、ネタバレ感想で展開を把握したので書きたかったことをつらつらと。

以前、ひぐらしの病気の表現について書いたんですが、今度は人間関係について語ろうかと。

私は業卒から入りアマプラで過去作を追ったのでゲームについてまではわからない。わからないけど、登場人物の掘り下げや関係性をおもしろく描けているな、と思う。

今シリーズの焦点となるのはいわずもがな、梨花と沙都子の関係だ。長い年月雛見沢という土地にしばられ外の世界に憧れ続けていた梨花と、自分を好きでいてくれる梨花と物理的にも精神的にも離れたくない沙都子。お互いの「好き」の質量が違いすぎた格差というか、なんというか、現実世界でもよくある話なのだ。

私にも経験があるが、友達のひとりとして好きな子が、実は私を唯一一番好きな友達と思っていて、そのアピールに心をやられてしまうという、それにとても似ていた。友情や交遊関係に特別詳しいわけでもないが、個人同士の関係というのは、過ごした年月に関係なくある程度お互いの気持ちが同等の大きさ、重さでないとうまくやっていけないように思う。

沙都子の気持ちは大きすぎたから拒絶されたのだ。そして彼女は何より視野が狭いとも思った。

視野というのは、未来のことを頭に入れているかどうかの話だ。実際、友情というのはいつまでも同じ形で続くことはない。今は沙都子も梨花もお互いが大好きでも、年を取れば恋をするだろうし、家庭を持ち子供に恵まれるかもしれない。いつまでも友達同士ふたりでという気持ちは否定しないが、それを実現するのは中々楽な道ではないだろう。大人になればお互いの価値観も変わるし、子供のように仲良く遊ぶことだって減るのだ。だから沙都子の理想はなんというか、目先の未来しか見ていないような気がしてならなかった。(アニメでいつまでも大好きな友達であることを否定することはまずないのだけど)

それに、どんなに大好きな友達でも、すべてを共有する必要はないのだ。沙都子がルチーアでの生活が会わないと感じたのなら、無理して梨花に合わせる必要はまったくない。お互いの居場所が変わっても一生の別れではないのだし、無理して四六時中行動を共にする必要はなかったのだ。それに沙都子だって、別の学校で新たな友達ができるかもしれない。梨花が自らの世界を広げるように、沙都子も新たな道を歩む方が自分のためになる。

とまあ、そういうことを最終回で描いてくれたのでしょう(未視聴)

沙都子が起こす惨劇を見ながらずっと思っていたことは、最後にようやく形になったようで安心できたのかな?できたんでしょう!

私は沙都子が好きだし、その愚かさや残虐性、人への依存、自己防衛、欺くための演技力、そのどれも人間らしくて魅力的だと思う。アニメの世界ではいい人はいい人としてしか描かれないけど、人間は善だけ、悪だけでは描けない、そういうリアルな表現がとても良かった!

あらためて、完結おめでとうございます!!

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