君がいるだけで

ほぼ毎日、昼休みは図書館で過ごしていたが、ここ数週間は行けなかった。

下書きに保存していたものなので、以下は少し前に書いたものです。

先日、職場の上司が亡くなった。あまりに突然のことだった。

この土日は思考をかき消すように映画を見続けた。本は読んでみたけど、ほとんど内容がはいってこなくて、ただ文字を追っているだけだった。

先週はほとんど何をしていたのか覚えてないし、正直信じられないし、わかりたくなかった。

ただ、このまま記憶が声が遠く薄らいで忘れていくのがいやだ。だから、書く。


今でも、明日職場に行けばいつものように席に座っていて、「いやあ、危なかったんだって!」と大きな声で言いながら帰って来るのではないかと思う。9時頃になったら、コーヒーをステンレスのマグカップに淹れてきて私たちの席のそばで、昨日あったこととか、ニュースの話とかそんな他愛もない話を大きな声で楽しそうにするのだ。うっとうしいくらいに。

好きな食べ物はシベリアとある定食屋のラーメン定食。シベリアがどこどこのスーパーにあったとかそんな話を聞いているうちに、いつしか係内での流行りになっていて、係長がシベリアを買ってきてくれた。あそこのスーパーに置いてあったという報告がいつしか日課になっていた。つい、7月のはじめの金曜にも「新しいシベリア買ってきたよ」とにこにこの笑顔で言われた。お昼にみんなでメロン味のシベリアを食べた。薄い緑が夏らしくて、どこか懐かしい甘さだった。

今年の夏の現場は、絶対にいつものラーメン定食と最中屋のもなかアイスを食べるって、先々週楽しそうに話していた。「食べるものたくさんありますね」「じゃあここは、○○さんに任せよう」そんな会話をみんなでした。私、今年こそ一緒にラーメン定食食べようと思ってたんですよ。

話したいことがたくさんある。仕事のこともそうだけど、とるに足らないようなことも。先週だけでも、何度仕事のことで「あ、あとで○○さんに聞こう」って自分の脳が思ったことか。窓から見える工事の進み具合を、コピーの待ち時間によく一緒にみた。ついに、足場が上までできましたよ。その一言がでかかって飲み込んで、プリンターからでた紙を取って自席に戻った。

あまりにも、その人は自分の日常の一部だった。最近は、少し鬱陶しいくらいうるさかったけど、話さない日はなかったし、これからも漠然と私の業務、職場での生活に、その人はいた。

自分のことを本当によく話してくださっていたから、好きなものも嫌いなものもみんなよく知っている。家族の話も本当によくしてくれた。だから、葬儀の手伝いに行ったとき、ご家族に初めて会った気が全くしなかった。奥さんは写真も見たことないのに、身長も体形も髪型も想像通りの方だった。上の娘さん、すごくしっかりしてましたよ。お父さん似ですね。息子さん、この前もっと身長伸びてもよかったって言っておられましたけど、これから絶対まだまだ伸びますよ。噂のお姉さん、会えて少しだけ感動してしまいました。私の横に立って、手伝ってくださった方、姪っ子さんですよね?私と年が近いっていっておられたから、そうなんだろうなと思ってました。すごく、しっかりしてて優しそうな方でした。そんなことを話したいのに、話せないのが不思議でならない。

ジーンズはリーバイスしか履かないとか、映画が好きでマーベルもミッションインポッシブルも全部映画館でみたとか、そんなことは知っていたけど、最後の最後、式場で流れる曲を聴いて米米CLUBが好きだったことも知った。あと、他の曲、なんて曲だったんですか?いい曲でした。

亡くなる前日、珍しく係員がみんないなくて、就業のチャイムがなるまで大したことない話をしていた。

「俺は、ここの課にもいたからこの人のこと知ってるよ」

「本当にいろんな課におられたんですね」

名簿をみながらそんな話をしていた。いつものことだから、あんまり覚えてない。

私にくれた言葉の数々、ふとしたときに思い出す何気ないことばかり。

長袖の作業着ばかり着る私の体調を気遣ってくださった一言。

色んな部署を回ってきたから言える異動先のアドバイス。

いつも、はっきりと言えない私への後押しの言葉。

ずっと欲しかったムーンスターのスニーカーを初めて履いて行った日、誰よりも早く気づいてくれて、褒めてくれたこと。

周りのことなんてそんな考えなくていいよ、というその一言。

私にとって、本当に何でも相談しやすい方だった。人によっては笑われるような話でもなんでも楽しそうに聞いてくれた。

去年、もしかしたら異動されるかもしれないと思った時は、異動発表の前日に眠れなくなった。

最近は「わかるう?」が口癖で、うふふと笑ったり、怒りながらのうるさいくらいの愚痴。良くも悪くもムードメーカー。

デスクの片付けをしていると、話に聞いた思い出の品がたくさんでてきた。一緒に働いたのは一年と少し。なのにこんなにも思い出すことが多い。こんなにも、たくさん話を聞かせてもらっていたんだと、驚くほどに、日々新しく小さな思い出たちが出てくる。

もう少し、一緒に仕事をしたかった。技術職の先輩としても人としても尊敬できる、魅力のある方だった。教えてもらったこと、話したことは、たぶんこれからもことあるごとにふと思い出す。

うるさいくらいの声も、笑い声もいつか聞こえなくなるその時まで、繰り返し私の耳で再生される。

まだ実感はない。これから、きっとじわじわとまた寂しくなるんだろう。昼休み、あなたのいなくなった図書館で。早口と笑い声が聞こえなくなった課内で。

昨日気づいたけど、あの日から私は、上司の話をしない日はないみたい。





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