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同棲することになった。素人童貞じゃなくなった。

 9月の初旬。まだ、歩くだけで全身の皮膚に汗が滲んでいた季節。1年ほど前からネット上でほんの少しだけ交流のあった女性を、初めてご飯に誘ってみた。 

 ネット上でしか彼女のことを知らなかったけれど、彼女の現れては消える日々の呟きや、写メ日記に書かれた長文を読んで、きっとこの人は自分と気が合う人なのだと、一人で勝手な憶測をしていた。彼女は、僕の文章の感想を、ごくたまに投稿してくれていた。ふざけた風俗レポばかりな文章だけど、ただそれをふざけたものとして面白がるだけでなくて、どこか実存的な色合いのあるものとして読んでくれているように見えた。自分のまるっきりの勘違いであるかもしれないけれど、彼女が写メ日記に書く長文の中にも、僕が文章を書く時に忍ばせている大切な部分に似たものが、彼女の身体を通して表れてきているようにさえ思えた。

 彼女と一緒の家に住めたらいいな、と思った。こんなことを会ったことのない人に対して思うのは自分でもおかしいと思ったけれど、彼女と一緒の家に住みたいな、と思った。

 つい最近まで、同棲なんていうものはなにか運命的な相手とするものだと思っていたけれど、最近、心境の変化が起こりつつあった。というより、彼女と一緒に住みたいなと思った瞬間に、自分の中で心境の変化が起こりつつあったことに気づかされた。

 27歳という年齢になり、生活というものに慣れてきたり、良くも悪くも若いときより物事を長期的な視点で捉えることができるようになってきたからか、同棲を以前より重いものだと考えないようになっている自分がいた。お金と苦労は少しだけかかるけど、そのコストよりも誰かと一緒に住みたいという気持ちが強かったら挑戦してみればいいし、関係が上手くいかなかったら解消すればいい。気づいたら、同棲はやろうと思えばできる現実的なものになっていた。

 それでもやはり、誰かと一緒に住むということは特定の人と特別な関係を結ぶということであるから、そこには運命的な理由が必要だという考えは消えがたく残っていた。しかし「運命的」とまで言えるほどの強い理由なんて、探せば探すほど逆に見つけるのが難しくなる類のものだということも、わかっていた。誰か特定の人と強く結ばれれば、他の人と出会う可能性をその分失うことになるかもしれない。いま目の前にいる人のことを特別だと思っていたとしても、そこには運命的とは言い難い、他の人とも代替可能な理由をいくらでも見つけることができる。明日になったら、もっと自分と気が合う人が目の前に現れるかもしれない。いくら決断を先送りにしても正しいように思えるし、何もせずにただ来たるべき時を待つことが最も運命的なものに近づけるようにさえ思えてくる。いやいや、そもそも自分のことを特別に思ってくれる人なんているのだろうか。もしそんな人が現れたとしても、自分だって誰かにとって特別な存在である究極の理由なんてあるはずがないし、自分を構成する要素は他の人と代替可能なものばかりだ。誰かと特別な関係を結ぶということについて考えると、いつの間にか自分という存在が宙づりになって、その存在の無意味さに直面して、特定の誰かと特別な関係を結ぶことの理由の見つけられなさに唖然とする。

 しかしこうした問題も、やはり彼女と一緒に住みたいと思った時、自分の中でほとんど解決されていることに気づかされた。哲学者の九鬼周造の文芸論に触れたことがきっかけだった。


 九鬼は文芸論の中で、当時日本で隆盛しつつあった『自由詩』の運動に対して、『押韻定型詩』の豊かさを主張していた。自由詩を擁護する人間からは、詩において律や韻は束縛であって自由が制限されるという批判があったが、九鬼は、自ら法則を立てそれに従うとき、人は拘束ではなくむしろ自由を感じると主張した。押韻定型詩は、詩に理性の枠という制約を課すことによって「自律の自由」を実現しようとする。恣意の自由ではなく、客観的な自由を創造しようとするところに意義がある、と。

 九鬼は、偶然性について考えた哲学者だった。そもそも世界が今の世界であることも、誰かと誰かが出会うことも、もっと言えば、ボールを投げたらボールが向こう側へ飛んでゆくことも、その全てに必然なんてものはなく、あらゆることの根本に偶然性というものがある、そこから九鬼は思考した。個人的に、九鬼の押韻論に対する考察として面白いと思ったのは、九鬼が対峙していた偶然性の問題と、押韻定型詩の問題が交差するところだ。

沖つ鳥(ri) 鴨著く島に(ni) 我が率寝し(shi) 妹は忘れじ(zi)世のことごとに(ni) (『古事記』)


 たとえば古事記の中にある上記の詩では、母音の『i』の音が、一つの詩の中で五回繰り返される。一首全体の意味の理由的な連関とは無関係に、言葉が押韻という枠の中で無理由に邂逅してゆく。こうした偶然のことを九鬼は『同時的偶然』と呼び、それが何度も繰り返されることを『継起的偶然』と呼んだ。九鬼の押韻論の根底にある思想は、同じ音韻の同じような偶然の邂逅が継起的に、つまり、時間的に繰り返すことによって、その偶然の邂逅は必然の相=運命を帯びてくるということだった。無意味さや偶然性を据えた上で、必然や運命についても同時に思考することができるところが、九鬼の魅力だ。九鬼にとって押韻は単なる作詩の技法ではなく、音楽的美を詩歌に付与するものであると同時に、果敢なく移ろいゆく現実の中に運命を垣間見させてくれるものでもあった。

 この九鬼の押韻論に触れて、僕は人間も言葉と同じなのではないかと思った。運命的な関係性に必要なのは、自分にとって意味のある誰かを必死に探すことや、誰かにとって自分が意味のある存在になることを目指すことだけではなく、誰かとある一定のリズムの中で偶然の邂逅を繰り返してゆくこと。物語的な意味とは全く無関係に、意味のない繰り返しの中で継起的に関係してゆくこと。人間関係の中に『同棲』という理性の枠を与え、繰り返される生活のリズムの中で時間を過ごしてゆくこと。待つでもなく、掴むでもなく、そうしたものとは別様の運命があり得るということを、九鬼の押韻論に触れてから想像できるようになった。


 彼女がよく飲んでいると写メ日記に書いていた、新宿の大衆居酒屋で飲む約束をした。先に着いて席で待っていると、待ち合わせ時間から8分ほど遅れて彼女がやってきた。

「はじめまして」

満面の笑顔でも、照れ笑いでも、愛想笑いでもなく、初対面の人と会うための笑顔としか言いようのない笑顔で、彼女が現れた。彼女は僕と同い年か、それよりも少し年上くらいに見えた。

「はじめまして。なにか飲みますか?」
「あっ、じゃあビールお願いします」

近くにいた30半ばほどの、威勢のよい男の店員さんを呼んで、ビールを2つ頼んだ。

「お名前は、伺ってもいいんですか?」

楽しそうでもあり、緊張を隠すようでもある笑顔で彼女が聞いてきた。僕は本名を伝えた。「僕も本名を聞いていいですか?」と返すと、彼女も本名を教えてくれた。その合間に、ビールが2つやってきた。「すいません急に、今日はありがとうございます」と改めて挨拶をして、乾杯をした。

「ふふっ、緊張しますね。これは何飲みなんですかね。私は今日、どんな風に喋ればいいんですか? プライベートモードですか?お仕事モードですか?」

彼女の声は高く澄んでいた。声の出し方のトーンが一定で、どこかつくりものみたいな話し方だと思った。

「2つのモードでなにが変わるんですか?」
「お仕事モードの方がよく喋れるけど、当たり障りのないことばかり喋ると思います。プライベートモードの方が面白いかもしれないけど、でもプライベートだと私はほとんど喋らないから、なんにも喋らなくなっちゃうかもしれません。あっ、でも初対面の人が相手だと、どうしてもお仕事モードになっちゃうかな」

もう既にその応答が十分に面白いものだと思って、僕は彼女のことを眺めながら嬉しくなった。プライベートモードにもなれず、お仕事モードにもなれず、その中間で悩んで、その悩みをそのまま口にしてしまうのが、彼女なのだと思った。

「今はどのくらいお仕事モードなんですか?」
「うーん、30%くらいかなぁ」
「そうなんですね」

それから彼女は、仕事の話や、家族の話、友達の話など、いろいろな話をしてくれた。話をしたいというよりかは、あまり喋らない僕に対して義務感から間を埋めるようにたくさん話をしてくれた。僕は彼女を眺めているだけで楽しかったし、目の前の初対面の女性に対して「一緒に住みましょう」とどうやって伝えようか、ということばかりを考えていて、会話にほとんど集中できていなかった。「自分で誘ったんだから、もっと喋ってくださいよ!」と、途中で彼女から突っ込まれてしまうほどだった。

 彼女を目の前にすると、ネットを見ながら妄想していることを実際に伝えることは途方もなく難しいことのように思われた。だから、話の流れとか、雰囲気とか、そういうことを一切考えるのを放棄して、ただただ自分が「一緒に住みたいです」という言葉を口から出せそうなタイミングのことだけを考えていた。気づけば、1時間以上が経過していた。

「昔、一緒のお店で働いていた、すごい綺麗で、めちゃくちゃ稼いでいる女の子がいてね」
「うん」
「その子がお店やめちゃってから一切連絡とってなかったんだけどさ、私がお店のランキングに初めて入った時、お祝いでご飯食べようって誘ってくれて」
「うん」
「星がついてるフランス料理屋に行ったの。そしたらさぁ『ランキング入りおめでとーっ!』とか大きな声で祝われちゃって凄く恥ずかしくて。まぁ嬉しかったんだけど、その後にご飯食べてる時に『あなた仕事でボディソープ使うでしょ? これ、凄くいいから使ってみてよ』って、アムウェイのボディソープ渡されたの」
「えぇ~」
「せっかく貰ったボディソープ捨てるのもったいないからお客さん用に使おうかと思って。でも店長に相談したら『それはやめときな』って言われたんだよね」
「それはそう言われちゃうかもねぇ。カラシ蓮根を頼みたいんですけど、辛いの食べれますか?」
「私、辛いの好きです」
「じゃあ頼みますね」
「あ、ゴーヤチャンプル頼んでいいですか?」
「いいですね。僕もゴーヤ好きですよ」
「それじゃあ頼みますね。すいませーんっ!」

彼女が慣れたような笑顔で店員さんを呼んで、注文をしてくれた。

「今の男の店員さんね、いつも一人で来るとサービスしてくれるの」
「今日はしてくれないんですね」
「珍しく男の人と飲んでるから気を遣ってるんだと思う」
「それでもサービスしてくれてもいいのにね」
「たぶんね、あの店員さん、私が夜の仕事してるってわかってると思うよ。いつもすごい遅い時間に女が一人で来るわけだから」
「そうかもしれないですね」
「でも夜の仕事の人っていいお客さんだと思うの。お店が混んでない遅い時間にフラッと来て、ちゃんとお金を落としてくし」
「うん、そうですねぇ。ライムサワー全然飲まないんですね」
「うん、これすごく酸っぱかったから」
「『嫌いなものは酸っぱいもの☆』ってプロフィールにも書いてありますもんね」
「よく見てるんですね。次なにか飲まれますか?」
「もう一杯ぐらい飲みましょうか」

そんな会話をした時、急に「一緒に住みたいです」を言えそうな波がやってきた。会話の文脈とは全く無関係に、ここしかない、という確信の波が、腹の底から唸って来た。その波を逃さないように喉を開けて、ビールの入ったグラスを握りしめながら「一緒に住みたいです」という言葉を出した。彼女に言葉を届けるというよりかは、彼女と僕の間にあるテーブルの真上の空間に言葉を投げ出すように、声を出した。緊張からか、実際に口から出た言葉は「一緒に住みてぇねぇぅんふぅぅ」という感じだった。

「えっ!? なんて言ったの!?」

驚きながらも、どこか親しみの籠った声色が返ってきた。おそらく、言って大丈夫なことだったのだと思って、2回目はある程度落ち着いて「一緒に住みてぇいですぅふ」と伝えた。

「言われると思った」

すぐにそう返ってきた。

「言われると思ってたの?」
「うん。お金貸してって言われるか、パトロンになってって言われるか、結婚しようって言われるかなぁと思ってて、一緒に住もうってパターンももしかしたらあるかもしれないって思ってた。その中では一番ないかなぁとは思ってたけど」

僕は「そうなんだ」と言いながら、話の続きをせがむように彼女の顔を見た。

「結論から言えば、一緒に住むのはOKだよ」

確かに、事前に予想していたことを感じさせるような、落ちつきのある言い方だった。夢なら上手くいきすぎて逆につまらないくらいのスムーズさで、そんな現実に心の置きどころがわからなくなった。ふざけたような展開に負けないように、ふざけた適当なテンションで言葉を返した。

「やたーーーーーーーーっ! いつ引っ越せるの?」
「んー、すぐの方がいいと思う。絶対、一人になった時に物事を悪い方悪い方に考えて一緒に住むの無理だなってなると思うから。勢いのあるうちがいいよ!」

彼女は、他人事みたいに自分のことを喋った。

「仕事はいつ休み?」
「んー、明後日なら休み取れると思う。静かなところ行こ?」

彼女の誘いにのって、居酒屋でお会計をした。それから、近くのセブンイレブンで缶のお酒を1本ずつ買って、ホテル街の近くにある公園に向かって、新宿の夜の街を歩いた。

「そこのマッサージ屋、夜遅くまでやってるから仕事終わりで筋肉が辛かった時に一回駆け込んだんだけど」
「うん」
「中国人のママがかなりやり手で、私の太ももの付け根のところについてる筋肉触って『オ仕事何シテルノ?』って聞いてきたの。お客さんの生活習慣に合ったマッサージをしたいから、なんの仕事してるか教えてって。でもそんなの言えないからとぼけてたら『夜ノ仕事、シテルノッ!?』って言われたんだよ」
「へー、すごいね。筋肉で想像ついちゃうんだね」

彼女の思い出が染みついた新宿の街を歩いていると、道に面しているところ以外三方を高い建物に囲まれた、小さな公園に到着した。公園内に生えた木には綺麗に緑色の苔が生えていて、土の固い公園だった。公園内では、180cmくらいはありそうな体格に、スーツ姿で肌の黒い、東南アジア系の男たちが4人で酒を飲んでいた。僕と彼女は、道路に面したところにあるイスに腰をかけた。

「ねぇ、免許証もってる?」

彼女が聞いてきた。

「僕、免許もってないよ。保険証ならあるよ」
「見せてよ、一緒に住むんだし」
「いいよ。はい、保険証」

彼女は保険証を手に取ると、僕の本名と生年月日を確かめた。

「教えてくれた名前、本当に本名だったんだね。本当に26歳だし」
「そっちも免許証みせてよ」
「はい」
「そっちも本当に本名だったんだね、年齢も合ってる」

「こうしないと相手の名前も年齢も信じられない私たちって」と、彼女は笑いだした。その瞬間の彼女の表情があまりに公園とマッチしていたから、僕も笑った。普段から日の当たらない公園の空気に似た、じめじめとした笑いだった。

「ねぇ、本当に素人童貞なの?」

彼女はなぜか、僕が本当は素人童貞ではないのではないかと、凄く疑っていた。

「本当だよ。彼女いたことあるけど、セックスしたいとか一度も言われたことなかったからしてないし、風俗でしか経験がないよ。1回だけ、一緒によく飲んでるソープで働いている女性が誘ってくれたから指名したことあるけど、知り合いとセックスしたのってそれくらいかな。でもそれって、素人童貞じゃん?」
「飲み行ってる時に誰かに誘われたりしないの?」
「あったけど数えるくらいだよ」
「誘われて断わるわけ?」
「うん。もう僕の人生のほとんどは素人童貞に支配されてるから、僕が素人童貞って最初からわかってる人としか会う機会なんてなくなってるんだよね。それをわかったうえで性的なことを誘ってくれる人って、素人童貞をネタにしてる僕のことがある程度は好きで誘ってくれてるんだと思うんだけど、セックスしちゃったらその時点で素人童貞じゃなくなっちゃうわけじゃん。自分が好きって言ってるものを安易に破壊しようとしちゃう人とセックスするなんて、嫌じゃん?」
「ほんとうに? なんで素人童貞なの?」
「わからない」
「あんなに文章では明晰に書くくせに」
「うーん、別にネタにしたいから守りたいと思ってるわけでもないし。ネタにする前から実際に風俗以外でセックスする機会はなかったわけだから。でもネタにしたらしたで守らなきゃと思うこともあるけど、それだけじゃないし。要は、セックスをしたら何か劇的に人生が変わらなきゃいけないって、変に理想を抱いているんだと思う。ネタにしたことでそのハードルがさらに上がってるのはあるけど。なんかさ、セックスをしたら劇的に人生が変わるとか、そういう考えは持ってないの?」
「うーん、そういう考えの時もあるけど、セックスって言っても、こう、相手と自分の今の関係性を確かめるためにするセックスもあるし、普通のコミュニケーションと同じで、いろいろ、あるから」

彼女は、真剣な顔をしていた。僕がした話は、誰に話しても笑い含みで返されるどうでもいい話であるし、限りなく僕も冗談を言っているかのように話をした。その程度でいいと自分でも思っているくだらない話に、彼女は真剣な顔で返してきた。自信があって言葉を返してきたというよりかは、自分に自分で言い聞かせるかのように、考えながら言葉を返しているような表情だった。正直な言葉を返してきてくれているのだと思った。それに、性愛というものを何年も仕事にしている彼女から発された言葉なのだから、それは重みのある言葉なのではないかと思った。薄暗くてじめじめした公園を照らしていた電灯が、彼女だけを照らしているように見えた。「うん、なるほど」と頷く以外、返す言葉がなかった。

「そういえば、ここの近くに住んでるんだよね?」
「うん」
「今から家いっていい?」
「えー、私、初対面の男の人は家に入れないって決めてるんだけど」
「でもさ、一緒に住むわけじゃん」
「うーん、そうだけど」
「俺はどうせセックスもしないわけだし」
「体の関係ない男友達みたいなのができるのって初めてかも」
「やったじゃん。行こうよ」

公園から10分ほど離れた、彼女が住むマンションに向かった。「ここのマンションはね、住んでる人が夜の仕事の人が多くて、どんな時間に帰ってきても他人の目線を気にしなくていいの」そう言いながら、彼女がオートロックの鍵を解除して、部屋へと連れてってくれた。彼女は部屋に入るなり、バタバタと部屋の片づけを始めた。掃除が落ち着いたところで、ソファに横並びに座った。

「ねぇ、さっきは一緒に住むのOKだよって言っちゃったけど、なんで一緒に住みたいと思ったの?」
「んー、一人暮らしに飽きてきたし」
「それだけ?」
「別に、わざわざ一緒に住まないで、たまに外で遊ぶ関係を築くって方法もあると思うし、それも楽しいと思うよ。でも、そういう関係だったら、どっちかが飽きたら誘わなくなって、それでお終いじゃん。でも一緒に住んだら、飽きたってだけでは簡単に終われなくなるから」
「うーん。でもそれはあなたの理由でしょ?」

彼女は、難しい問いの仕方をする人だと思った。僕に質問をしたら、もちろん僕の中の理由しか出てこないのに、僕に聞いておいて「それはあなたの理由でしょ?」と問うてくる。でも別に、「僕に質問をしたら、僕の中の理由しか出てこないよ」なんて返事を求めているわけでもないということもなんとなくわかった。それはなんとなくわかったけれど、彼女の問いに応えられる何かを口に出すことはできなかった。彼女の良いところは、彼女の文章を読んだだけでもわかるし、実際に会って数時間喋ってみても、魅力のある人だと思った。でも、そんな理由をいくら並べても、人間がほとんど無限にいるからには誰かと代替可能な理由ばかりになっちゃうし、それを一緒に住みたい理由にするのは嘘みたいだから、同棲というリズムの中で一緒に生活をして、運命的な関係をつくっていきましょうよ。同棲をしたい理由を挙げるよりも、一緒に同棲をするというその動きそのものこそが、一緒に同棲をする遥かに強い理由なんですから。そんな風に、思っていることを1から100まで全て伝えられればよいなと思ったけど、1人でいる時に考えていることは、本当のことであるけれど、あまりにも自分にとっては誇大で綺麗なことすぎて、声に出したら自分の身の丈を軽く超えて嘘をついているみたいになってしまうから、「一人暮らしは飽きたから」「一緒に住んだら、簡単には終われなくなるから」って、自分の身の丈にあう言葉の中では最も本当に近い言葉くらいしか言うことができなかったし、彼女はイマイチ納得していない表情をしていた。

 時計が2時に迫ろうとしていた。「シャワー浴びる?」と彼女が聞いてくれたので、シャワーを借りて、彼女が用意してくれたTシャツと、シルクのグレーのズボンを履いて、ベッドに横になった。彼女もシャワーを浴びて、スッピンに部屋着の姿で戻ってきて、ベッドの近くのソファの上でスマホをいじり始めた。「まだ寝ないの?」と聞くと「うん、神経を落ち着かせないと寝れないから」と彼女が言うので、僕は先に寝た。30分くらい経ったころ、隣でモゾモゾと動く気配を感じたので薄目を開けると、彼女が布団の中に入ってきた。

「手も繋いじゃだめなの?」

隣に潜り込んできた彼女が尋ねてきた。

「いいよ」

ギュっと手を握られた。そのまま、彼女がこちらに身体を寄せてきたので、僕も身体を寄せた。一緒に住むことを実現させるためにある程度は彼女に迎合をしておきたいという打算的な気持ちもあったし、それに、彼女が公園で「セックスって言っても、こう、相手と自分の今の関係性を確かめるためにするセックスもあるし、普通のコミュニケーションと同じで、いろいろ、あるから」と言っていたのが、頭に残っていた。そういう感覚は、自分には全くわからないことであるし、欠けていることであるし、そしておそらく、求めていることでもあると思ったので、それを少しだけ、信じてみたいと思った。

「チューはしちゃだめ?」

そう彼女が聞いてきた時、僕は彼女の胸の上に顔をうずめていた。返事をせずに、彼女の顔の方を向いて顎にキスをした。「さっきまでエッチなことしないって言ってたのはなんだったんだよ」と、彼女が笑い出した。僕は彼女に何度もキスをした。彼女もキスをし返してくれた。何度もキスをして、彼女の上に覆いかぶさって、着衣のまま正常位の体勢になった。股間のところで、我慢汁が何度も出ているのがわかった。大量の我慢汁というよりも、少量の射精という方が正しいほどだった。我慢汁と射精の境界線が、限りなく揺らいでいた。

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同棲することになった。素人童貞じゃなくなった。

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