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長々と雑に紹怪 【刑部姫】

刑部姫とは


長壁姫とも書き、おさかべひめと読む。
兵庫県の姫路城の天守に住まい、同城の主を自称する妖怪で、時の城主に対し年一回の謁見を許すと称して挨拶を強要する引き篭もりかまってちゃんである。

刑部姫の登場


まず気にかかるのは、天守に居を構えるこの妖怪がいつから現れたか。
そもそも姫路城が天守を備えたのは、戦国期、羽柴秀吉が播磨平定の為に黒田家から譲り受け、改築した際に初めて作られたもの。妖怪刑部姫誕生の鍵となる出来事としてこの時に、姫路城が建てられた姫山に元々あった「刑部神」の社を城下の播磨総社に移してしまったことが挙げられる。広い土地に悠々自適に暮らしてたのにいきなり共同住宅に引っ越させられたようなものだから、まぁ普通に怒るよね、という話である。
だが、刑部姫が登場する逸話はそこから3代後の城主池田輝政の時である。
輝政の代の時に城の大改修を行い現在の姿となっており、この時にさらに刑部姫を逆撫でするような何かがあったのか分からないが、刑部姫は存在をアピールし始める。

池田輝政時代の逸話


刑部姫の逸話としてメインに挙げられるものが、『諸国百物語』に記された以下のような話である。
ある時、池田輝政が重い病に罹ってしまったため、比叡山より阿闍梨を招いて祈祷を行う。その七日目の夜半、美しく装った女性が現れ祈祷を止めるよう言う。阿闍梨は怯まず
「お前は何者だ」と問いかけたところ、女性身の丈3メートルばかりの鬼に姿を変え、阿闍梨を蹴り殺し、消えてしまう。
そんなこともあり、輝政は土地神の祟りと考えて城内の鬼門にあたる位置に姫山の地主神である刑部明神を祀ったとされている。徳の高い阿闍梨を物理で殺すくらいなのだから、そんじょそこらの妖怪ではなさそうである。
先に秀吉から3代後の輝政の時代に登場と書いたが、実は秀吉の時代にも怪異があったという謂れもある。しかし、当時は播磨平定、そして毛利家攻略を控えていた状況もあり、怪異が起きても秀吉的にはそれどころじゃなく、相手にされていなかった可能性もある。相手にされずスゴスゴすっこみ、この時に引き篭もり癖がついてしまったのかと想像するとそれはそれでカワイイ。
尚、平安時代中期に編纂された『延喜式』という法令集には「姫路刑部大神」の名があり、また播磨国に鎮座する神様の名前を集めた『播磨国内鎮守大小明神社記』には富姫神と書かれていることから、古くからの女神がそこにあったのは確かなようで、やはり妖怪とは一線を引く存在と思われる。

宮本武蔵との逸話


ところでこの刑部姫、かの宮本武蔵との逸話もある。
時の城主が姫路城の天守に住まう妖怪の退治を宮本武蔵に依頼する。
天守へ向かう途中、様々な怪異が起こるが武蔵は一向に怯まず、淡々と天守へと向かっていく。いざ天守へ着くと件の刑部姫。
(ここからの会話は鷲の脚色付きとなります)
武蔵「お前か天守に住み着いた妖怪は」
刑部「いいいいいえ妾は…そう!ここの守り神!守り神なの!!妾もなんか妖怪がここに住み着いちゃって困ってたのよあはは…でも貴方がきてくれたお陰で妖怪怖がって出ていったわ!!わわわ妾じゃないのよ…!…あ!そうそう貴方に御礼がしたいわ!ほらこれ刀!スゴい刀でしょ?!これあげるから!ね!城主には妾もお礼言ってたって報告してちょうだい!それじゃねー」
かくして武蔵が受け取った刀が、白木の箱に入った郷義弘の名刀であったという話。
刑部姫の逸話は他にも幾つかあるのだが、どうも妖怪と呼ぶのも憚られる神レベルと、小物臭漂うレベルとの振り幅が大きい気がする。

刑部姫=古狐説


刑部姫の正体にまつわる説は先の刑部明神の他にも色々あるが、特によく言われるのは古狐説だ。元々播磨には「およし狐」の伝説があり、これは梛寺(善導寺の前身)に棲む齢600年の古狐として知られている。刑部神社の祭神はいつの頃からか稲荷神と習合して正一位刑部大明神といわれるようにもなっており「およし狐」の話と合わせて語られるようになったようである。
さて、ここでこそ刑部明神と狐が同一視されるものの、実は別個と考えると如何だろうか。輝政を祟り阿闍梨を蹴り殺す悪神は祀られて守護神として鎮座し大人しくなるも、その伝説を利用して狐が刑部姫となりすましたものが天守に住み着き、踏ん反りかえっている…これが一連の刑部姫の正体なのではと妄想するのも面白い。

その他あれこれ


また、刑部姫といえば猪苗代城には、真偽の程は分からずもその妹を自称する亀姫なる妖怪もいる。こちらは刑部姫の名前の威を借りて「刑部姫の妹だぞ(ドヤァ)」という妖怪である。刑部明神の威を借りた狐、そしてさらにその威を借りた亀姫。思うところはあるが多くは語るまい。
だが、刑部姫を古狐とした場合でも決して小物とも限らず、先に書いた通り齢600年、稲荷との習合をなしている事、八百八の眷族を従えるなど充分大物であるとも考えられる。
とりわけ気にかかるのは海を挟んで四国には、同じく八百八の狸を従える隠神刑部狸の存在。同じ刑部の名を冠して果たしてこれは偶然なのか、調べていくと更に面白いことが見えてきそうである。
第二次世界大戦下の姫路空襲では、姫路城天守にも焼夷弾が落下したもののコレが不発弾で、城は焼失を免れたという事実もあり、これが刑部姫の霊験だとしたならば、など注目していけるところがまだまだ沢山あり、興味をそそられる妖怪なのは間違いないと思う。

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