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晴れの日

新成人が晴れ着に身を包む姿は
雲ひとつない晴天の本日のように
皆一様にその顔も晴天のように
晴れ渡っている。

一方、幾何年も前に成人を終えた私の顔は
地方銀行の通帳を片手に曇天のような
表情を浮かべている。

端的に言おう、金が無いのだ。
もう一度言おう、
金が無い、のだ。

そうだ、金が無いのだ。

思い出す、
成人をむかえた幾何年も前も
同じようにこれっぽっちも
数字の書かれていない通帳を
右手に握りしめていた。

そうだ、あの日もこんなふうに
とても良く晴れた日だった。
よく覚えている。

あのころは、バイト先である
小さなお弁当屋さんに勤めていた。
とても楽しくやりがいを覚えながら働いていたのならいいのだが、その逆であった。

毎日のように行われるシフト戦争に
私は負け続けていたからだ。

金も学も身につけようと躍起になる
先輩方に勝てずにいた。

とうとう、連敗をたたき出した。

毎日暇を持て余すのが趣味なような私が
せっかくバイトを始めたのに、
月に多くて3回しか働くことが叶わなかった。

それほどまでに激しいシフト戦争だったのだ。

勤め先のアルバイトでそのような仕打ちを経験し
半年務めたにも関わらず、
手に入れたのは福沢諭吉大先生、
1枚きりだった。

あぁ情けないばかりだ。

バイトが始まれば毎日のように働ける。
何人の福沢諭吉大先生を
握りしめることができるのか、
胸を高鳴らせ、息巻いていた。
そんな私は一体どこへ行ったのか。


福沢諭吉大先生1枚ばかしでは
高価な振袖を借りることすら
出来ないのだ。

世の中は不条理だ。
そう思わざるを得なかった。

金もなければ、
振袖もスーツもない私が
どうやって新成人に見えようか、
私服で会場に新成人だと
でかい顔をしながら入ろうものなら
図体がでかい警備員に
眉をひそめられ、
久方ぶりにであった
同級生からは
小言を言われるに違いなかった。

そんな勇気が私にはなかった。

「別に成人式なんて興味ないし」

そんな聞かれてもいないことを
口にだし、
晴れの舞台にも立てずに

とうとう成人式を欠席した。

お天道様が成人を祝うように
神々しく光り輝く中、
私の周りだけが土砂降りだった。

曇天である本日の方が
まだ天気がよい。

おろしたてのスーツに
煌びやかな赤色の振袖に大きな花束。
きっと彼らのこれからも
光り輝く衣のような時が来るのだろう。
そんな時を
心臓を高鳴らせ待っているはずだ。

実にめでたい日だ。

それなのに私はひとり通帳を握りしめ、
金がないことに顔を曇らせるばかりだ。

光り輝く彼らを横目に
私には曇天がお似合いだと、
ニヒルに笑うしかできずにいるのである。

私に晴れの日がやってくる時はあるのだろうか。

そんな永遠に来ないであろう
日を待ちながら
本日も金がないことに
頭を悩ますばかりであった。

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