共感

僕にとって思ったことを素直に言えるnoteの存在は大きい。自分の中で考えていることを知ってほしいとは思わないけど、どこかにぶつけたい時がある。その時に自分と対話しながら考えを整理して、思うままに綴ることができる。
僕にとっては、ありがたいコンテンツです。

今ふと思ったことがあって、共感と同情って似てるような意味だけど大きく違うなと。

共感って、相手の置かれてる状況に自分も置いて、考えたり意見したりするもの
同情って、相手のことを思うだけ

共感ってタイトルにしたから、同情の意味を雑に書いてしまっているけど同情って意味のない行為だと思う。もちろん、話を聞いてもらうことがいい人もいるから一概には言えない。前もどこかで書いたけれど、みんな自分のことを認めてほしいし褒めてほしいと心の中では思ってるはず。だから同情より共感の方が意味があるように僕は思う。

何か出来事があって、話した時にそうなんだね辛かったねよりも辛いけどこう言う意味があって、このためにこの出来事があったのかもしれないし、いつでもなんでも話してねって言ってくれる。一言プラスアルファで何か言ってもらえるとわかってもらえてるって思えますよね。

何かがあったら聞いてほしいし、やっぱりちゃんと言葉をかけてほしいと思って話している。
その時にいい言葉でなくても、その人の持っている個性のある言葉をくれる人は大切にしたい。
言葉をくれなくても、話せる存在がいることにも感謝しないといけない。

僕も誰かにとってそう言った存在でいられているかはわからない。でも1人でもそう思ってくれているなら僕の生きている意味が見出せる。

今感傷的になっているから自分の価値を見出すことに必死になっている。でもある程度時間があってこんなことを思っている時期があって。でもちゃんと思考は止まっていないと思えるようにしたい。だから今日もnoteに思ってることを綴って、自分を理解していく。そんな自分でいいんだ。

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