俺の話を聞かない系男子 だけど許せる牧凌太

(え、終わって1か月以上経つのですか? まだまだおっさんずラブのことを考えてますよ私)

ドラマや映画を見ていて、個人的に最も許せないのが「俺の話を聞かない系キャラ」である。

ある程度昔の作品なのでネタバレにはならないと思って書くが、それはたとえば「ダ・ヴィンチ・コード」の孫娘ソフィーであり、同シリーズ「天使と悪魔」の若いあいつ(カメルレンゴ)。はたまた「スター・ウォーズEP3」のアナキンのような人々のことである。

『君たちが、暴走する前に話をきちんと聞いてさえいれば解決したでしょー!?』

おじいちゃんの話を聞いてりゃあんな大事件にならなかったんじゃないの? のソフィー。殺しちゃう前に教皇の言葉を1分でいいから聞いてあげれば誤解は解けたかも、のカメルレンゴ。オビワンとパドメの姿に我を忘れてなんにも耳に入らなくなったアナキン(だったよね?)。

彼らの姿を見るたびに、耳の奥に「クレイジーケンバンド」の「タイガー&ドラゴン」がこだまするのである。

♪俺の 俺の 俺の話を 聞けぇえーーーー
♪2分だけでもいいーーー……

ほんと、2分でいいから聞いてくれれば、もしくは思ってることを言ってくれれば、それで問題なかったじゃん……というオチが最後の最後にくると、最高に脱力してしまう(そりゃ、それをしてしまっていたら物語が始まらないんだけど)。
特にアナキンについては、幼い頃から旧3部作のダース・ベイダー卿の強さとビジュアルに憧れていた分、闇堕ちのきっかけが「俺の話を聞かない系」だったことによるダメージは大きかった。
結婚前の夫とのデートに、朝イチで映画館で観たのだが、落ち込みすぎてその後、日が落ちるまで終始無言だったことは今でも時折話に出される。

さて、そこで「おっさんずラブ」の牧凌太である。

牧は人の話を聞かない。
人の話を聞かずに、勝手に決めちゃう系男子である。
沸点が低いわけでも、常に衝動で動いているわけでもないのだが、ここぞという時の結論までのスピードは、視聴者の目線からすると異常に速いように見える。
第4話の終わりで「武川さんとこお世話になろうと思って」とつぶやいて唐突に出ていこうとする前にひとこと『やっぱりちずさんは特別な人なんですね。好きなんですか』と聞けばいいじゃないか。
第6話の終わりのあのシーンでも『ちずさんのお話のこと、実は知ってます。この前……』とひとこと聞いていれば、春田は絶対にきちんと説明をしたはずなのだ。(ただこのシーンにおいては、春田の母親との会話についてはそれでも絶対に話せなかっただろうし、それを抱えたままちずのことだけを解消しても仕方ない流れだった。ということはわかるのだが……それでも、牧実家挨拶の夜に→ラブラブモードで帰宅中だったのに→春田帰宅後「別れましょう」→からの「春田さんのことなんか好きじゃない」の飛躍はあんまりじゃないか)

けれど、……腹は立たない。
ぜんぜん、立たない。

見ているうちに、気づけば牧の心情に深く同化させられて、暴力的なまでの勢いをもって切ない気持ちに飲み込まれているというのもあるが、全てが役者の演技力による、というだけでは説明できない。
、と思う。(上記に挙げた3人だって、演じているのは世界を舞台に活躍している役者なのでしょう?)

牧の行動は、いわゆる「俺の話を聞かない系キャラ」の人々と、真逆なのだ。
上記3名に限らず、俺の話を聞かない系キャラのひとたちは「誰にも言わずに溜め込んで、最後に爆発して暴走しがち」な傾向にある。
だから「最後に爆発するくらいなら先に言っとけよ!」となる。

牧は、それと真逆なのである。

最初に暴走しておいて、少しずつ無口になっていく。

そもそもが、遠慮して自分を出せないようなキャラクターではないのだ。
どちらかというと、言いたいことは我慢せずに出していっているように見える。
(ただし考えなしに本音を漏らしまくるマロとは、当然の常識がある点で全く違う)

8歳も年上の先輩と同居して早々、相手(家主)がお菓子をこぼせば「ガキじゃないんですから……オイ!」とキレる。
病院で春田の無事がわかった後「もう……どうしようかと思ったんすよ!!」と突き飛ばす。
(シャワーキスシーンは頭に血がのぼって衝動的にやってしまう可能性もあると思うのでここではノーカウント)
恋心を自覚した後は、『好きでもない相手(=部長)に迫られて困っている春田』を助けるべく部長に正面きってケンカをしかける。

くどいようだが、異動先の上司に真正面からケンカをしかけ、言葉に詰まったところをあざ笑い(「(部長)えー、ピュアァ……」「(牧)ハハハハ」の部分)、つかみ合いになりながら暴言を吐く(「このジジイ!」)のである。
どちらかというと、どころか、はっきりと、ザ・武闘派である。

19歳年上の元カレ武川主任のことは呼び捨てだし、実家での妹との会話も、小さい頃からぽんぽん口喧嘩してたんだろうなぁと思わせる口の悪さ。

つまり牧凌太はもともと、健気でも溜め込むタイプでもない。

その牧が「俺の話を聞かない系」になるのが「(たぶん)心の底から春田を好きになった時」であり「(これは絶対)心の底から春田のためを思った時」なのである。
風呂場でキスをしても、わんだほぅで気持ちを叫んでひどいことを言われても春田家に留まった牧が、最初に本気で出ていったのは、春田がちずを特別に気遣っている姿を見た直後だった。
相手が部長なら強く出たのに、ちずが女性だったから引いてしまった、わけではないと思う。相手が女性だったとしても、春田の気持ちが入っているように見えなければ「誰にでも優しいのは相手を勘違いさせると思いますけど」くらいは言いそうだ。
部長のことについて助言した時のように。

そこに、自分が入り込めない圧倒的な時間と関係性の積み重ねと、さらに春田の中に「自覚していない恋の芽」があるように見えたのではないか。
実際春田は、ちずからの告白前にもちずに対してちょいちょい「あわよくば感」を出している。それは外から(画面のね……)見れば明らかに恋心ではない、軽い下心くらいのものでしかないのだが、それでも牧は不安になった。誰にでも優しくて流されやすい春田の、これまでの恋愛もそういう始まり方をしていたんじゃないかと、牧には見えたのかもしれない。

合コンでの恋愛慣れしてない春田の振る舞いは最初に見ている。さらに一緒に暮らしていてわかる(たとえば一緒にテレビを見ての反応とか)恋愛への「こいつ深みねぇなぁ」な意見を見る機会もあったのではないか(例:「貧乳の子って情が厚いらしいよ! いやなんでかは知んねえけど」的な)。牧なりに観察を重ねた結果が「この人はちょっとしたはずみで恋愛を始めてしまう」だったとすれば、異性愛者の春田が少しでも特別な感情を持っている相手が「女の子で、(ロリ巨乳じゃないけど)可愛くて、向こうも憎からず思っている」のは不安の種が常にくすぶっている状態だ。春田だって、部長と違って相手を拒否する理由もない。

タイミングとしては、ちずが家に来た夜だった。

ちずが家に来た時点では、料理を振舞ったり世話を焼いたりしてあからさまなマウンティングをしていた牧が、その直後、春田とちずの会話を聞いてから自分の気持ちを前面に押し出すことを控えはじめている。
牧は、春田がテーブル下のあれこれを見て悶々としていたのを、そして「え? 牧も俺じゃ、ないの……?」を知らないから、「牧さぁ、武川さんと、手ぇ繋いでた」「盛大な勘違いでした」「俺べつにモテてなかったわ」の言葉は自分を燃料にしたゴシップに聞こえたかもしれないし、その後のちずの「でもよかったじゃん、ひと安心だね」は『巻き込まれなくてよかったね』に聞こえたかもしれない。
1話目の牧の勢いなら、そこで「違いますよ! 俺は春田さんが好きだって言いましたよね?」と割って入ってもおかしくなかった。
だけどそれをできないくらいのパワーが、2人の会話にはあったのだと思う。

おそらく、物心ついてから何度となく自分を傷つけてきた会話たちに、とてもよく似ていたのではないか。
同性に惹かれる自分をネタにする、異性愛者同士の(悪意はあったりなかったりの)噂話。
「あちら側」の人間が「こちら側」を話題に出す時の、どうしようもない隔たり。

そこで輪に入らず背を向けた牧の、引き金になったのが、春田が電話口でちずへ言い放った「俺とお前の仲だろ」。この言葉は牧にも言ったことがあるし、冷静になれば「いいじゃん気にすんな」程度の口癖だろうとわかるのだが、考え込みモードに入った牧はそのまま受け取ってしまった。
この時、既に春田の無意識下では明らかに、牧への恋心が育っているのである。けれど無意識下だから、春田の言動にのぼることはなかった。

牧が出ていった(おそらく)前夜に、春田は部長に告白の返事をしている。
はっきりと「部長への気持ちは尊敬以外にない。恋愛感情ではない」と告げている。
牧に、伝えろと言われたように。

もし、この時に、春田が少しでも自分の気持ちをもう一段掘り下げて見ていたら、部長への思いと牧への思いを比較することができていたかもしれない。
確かに部長の行動は、春田に今現在降りかかっている「一組の夫婦の離婚に巻き込まれる可能性のある」のっぴきならないトラブルだったし、牧からの告白は「春田勘違い?」で一件落着、解決した気になっていたので、結び付けるのは難しかっただろうが、それでもちょっと落ち着いて考えてみたら、思い至ったかもしれないのだ。

どうして、部長のことは最初から「どうやって断ろう」としか思わなかったのに、牧のことは実際にキスされても好きだと2回も言われても「行くな」と引き留めたのか。
部長についてはその好意を前に体がすくむばかりだったのに対して、どうして牧のことはわけもわからず体が動いて追いかけたのかについて、ちらりとでも考えていたら。

それは明らかに恋の芽だったのに。

結局、春田が能天気にも思わせぶりな口癖を放ったことで、牧は勝手に決めてしまったのだ。

『あちら側の人たち同士でくっつこうとしているのを、邪魔することはできない。見ているのも辛い。もう、出ていこう』と。

自分の欲よりも、春田が表に出す「ちずへの言動」を見て判断した結果だった。

……違うんだよ、牧……!!
春田は……自分のそんな繊細な気持ちの変化にまだ気づけなかっただけなんだ。
牧に対する微かな恋の芽に気づいていないから、表に出しようがなかっただけなんだ。

と言ってあげたい。

まあその時は結局、鈍感な頭よりは理解の深い、正直な体がとっさに動いたおかげで春田のバックハグが発動してとどまったわけだけれど。

三度目の告白でついに付き合い始めてからも、牧の不安は消えないままだった。
春田の、きちんと向き合おうとしている態度も、流されやすい彼が優しさから頑張ってるだけだとでも思っていたのかもしれない。自分のことは確かに好きみたいだけど、まだ恋愛感情ではないだろうと、思っていたのかもしれない。
信じたいけど、どうしても信じきれない。
おでこチューの時に春田が言った「一緒にいて楽しいしさぁ、(略)友達として、今までどおりに暮らせないのかなぁ」も、まだくすぶっていたのかもしれない。(なにせ、この言葉を言われたのはつい数週間前のことだ)
その状態で春田母に出会って「ちずちゃんと結婚してくれたらいいのに」「創一と、ずーっと友達でいてね!」と言われ、ダメ押しでちずを抱きしめる春田を見つけるのである。

春田のことを思う気持ちが大きくなっていればなおさら、春田の将来のことを考えて、自分に縛り付けていてはいけない、と思っても無理はない。彼はもともと「あちら側」の人なんだから。
一緒にいる時に感じる苦しさから逃れたい気持ちもあったかもしれない。
春田を縛り付けているという罪悪感と、嫉妬からくる胸の痛さが、一緒に過ごせる甘さを上回ったのだ。

「別れましょう」「俺は! 春田さんのことなんか好きじゃない」

ここにきても、春田には「牧が好きだ」というはっきりした自覚がなかった。
その一言だけが、牧を止められる魔法のことばだったのだ。
「悪いとこあったら治すから」「なんでそんなこと言うんだよ!」というだけでは、もう決めてしまった牧の決意を翻すことはできなかった。加えて、「好きじゃない」という、初めて言われるはっきりした否定の言葉をぶつけられた後では、さすがに正直な春田の体も動くことができなかった。「放っといてください」には「いやだ」と言えても「好きじゃない」には返しようがない。
(唯一、牧の「好きじゃない」が「嫌い」ではないことに気づく余裕があれば「どうして嫌いって言わないんだよ」と言えたかもしれないが、あの混乱の中では厳しかっただろうし)

(画面越しに)見ているこちらがわには、牧の振り絞る声に乗せられた嘘が、わかりすぎるほどわかる。「好きなんです」「好きなんです」と叫ぶ透明な声が、はっきりと聞こえてくるのに。

だけど、そこまでの心の動きを見せられているから「勝手に決める前に言えばよかったでしょ」とは思えないのだ。「そりゃあ言えないよ。話を聞こうという気にもなれないよ」と、ぼうぼうと泣きながら共感してしまうのだ。

牧は「俺の話を聞かない系男子」だけど、聞かない理由のベースに相手への思いがある「ここぞという時に健気になる」男子なのである。話を聞けないの、わかる。そりゃあ勝手に決める。だから、こちらは腹はたてることができないのだ。
ただ、その切なさに巻き込まれてしまうのだ。

(終わり)

……というか、春田は少しは「俺の話」をしろ。
というのが、これを書いたあとの、結論ですね!


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