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こねこちゃんがやってきた。

ぼくの名前は雪丸。真っ白くて左右の目の色が違う雑種の猫だ。
まだ生まれて間もない頃、妹とぼくはおかあさんとはぐれてしまった。迷い込んだお庭で、カラスに襲われそうになっていたところを、そのお庭のおうちの優しいヒトに保護された、いわゆる「保護猫」だ。その後、その親切なヒトが、ぼくらの「本当のおうち」を探してくれて、いまのおうちにやってきた。名古屋というところから、今住んでいる大阪まで、新幹線に乗ってやってきたんだよ。

ぼくのうちには、今、猫が5匹と、ヒトが2人いる。
ヒトの名前は、くりちゃん と なべこ。2人ともたぶん「猫ばか」だ。ぼくらが抵抗しないのをいいことに、毎日5匹のうちの誰かのおなかに顔を埋めて遊んでいる。毎日「会社」というところにでかけていくけど、夜になると帰って来る。いつもは、からだに良いカリカリを出しておいてくれるけど、機嫌がよいとやわらかくて美味しいごはんや、猫ならみんな大好きなチュールをだしてくれる。
猫の名前は、ぼくの妹が彌生さん。名古屋から一緒にやってきた。彌生さんは妹だけど全然見た目がちがって、キジとら模様。ぼくと違って警戒心のかたまりだ。
それからぼくらの後にやってきたのが、黒丸とカンナさん。黒丸は真っ黒で、カンナさんはぼくと彌生さんを足して2で割ったみたいな柄。白キジ柄とか言うらしい。この2匹も兄妹だ。
そして最後の1匹。こいつの名前はよくわからない。
こねこちゃんと呼ばれたり、カイネちゃんと呼ばれたり。でもくりちゃんは、ハマーン様って呼んでいる。そしてこの小さな猫はどの呼ばれ方でも返事をしてるから、まだ「名前」ってのが何か、よくわかっていないと思われる。ぼくはこねこちゃんと呼ぶことにした。

5匹目のこねこちゃんは、ある日突然やってきた。
黒丸とカンナさんが来た時は、連れてくる前に僕らにも相談があった。といっても、ぼくらが嫌がったところで、くりちゃんとなべこは黒丸とカンナをうちに連れてくることを決めていたっぽいから、相談というよりは事前に断りがあった、というべきだろう。いつもはちらかっているリビングの小上がりになった和室を片付け、真新しいコンパクトな3段ケージを組み立てながら、「明日、ちっちゃい仔が2匹くるから仲良くするんだよー」と言われたことを覚えている。


しかし、こねこちゃんは、突然だった。
いつも「会社」というところに行っている2人は別々の時間に帰って来る。それなのに、その日はいつもより早めの時間に2人一緒に帰って来た。くりちゃんは、うでに新しい小さな堅いかばんをかかえていた。その日出かけるときは持っていなかったそのかばんに、こねこちゃんがいるのはすぐにわかった。
留守番をしていた僕ら4匹は、その小さな同士の侵入に戸惑った。彌生さんは「またか・・・」とぼやいていたし、黒丸とカンナさんはなんのことかわからなくて、2階の寝室に逃げ込んでいた。
「この仔、おかあさんとはぐれちゃったの。本当のおうちを見つけるまではここで面倒をみてあげることになったから、仲良くしてね。でも安心して、わたしは彌生さんのことが一番大好きなんだから。」なべこはふてくされる彌生さんにそう言ってきかせていた。そのあと僕にも黒丸にもカンナにも「一番大好き」と言っていたけど彌生さんには黙っておいてあげた。

なべこはせっせと、しまってあった3段ケージを出してきて、その中に小さなトイレと水飲み場を作った。使い心地を試してあげようと、できたてのケージのなかにぼくが入ると、「雪丸のじゃないから」と抱えて外に出され、代わりにやってきた小さいこねこちゃんがそこに入った。こねこちゃんは、ケージの扉の隙間に頭を突っ込んで外に出てきてしまったので、なべこは小さな段ボールの切れ端でその隙間をふさいでいた。「まだこねこちゃんと触れ合っちゃだめだからね」。なべこが言うには、なにか重い病気があるかもしれないから、今はまだだめだってことだった。
何日かたったある日。その日は2人とも「会社」というところには行かない日だった。朝早くから、なべこがこねこちゃんを小さな堅いかばんにいれて連れ出した。病院にいくらしい。ぼくも何度かいったことがあるけれど、かわいいお姉さんとかっこいい先生がいて、ふたりとも優しい笑顔でかわいがってくれるのに、気を許すと針をさしたり、毛をそられたりする恐ろしいところ。ぼくはあそこで、男の子の象徴をとられたんだ。麻酔からさめて、そのことに気付いた時ショックでおしっこをちびってしまったくらい。病院はこわい。
けれど、こねこちゃんは病院から帰ってきても元気一杯だった。「なにも病気がなくてよかったね~」と言われ、こねこちゃんはその日から、ヒトがおうちにいる間はケージの外で過ごすようになっていた。ぼくらとこねこちゃんの触れ合いがはじまった。

こねこちゃんは、自分の名前こそ理解していないが、頭がいいと思わせるところもある。ヒトが出かけるときにケージに入れられると、一応「ミィィィィ!!(だしてー)」と抵抗するように鳴く。しかし、ヒトが家を出ていきどうあがいても出してもらえないと悟ると鳴くのを辞める。実に省エネだ。
そして、ヒトが帰ってくると待ってましたとばかりに「ミィィィィ!!(だしてー)」と再び鳴きはじめ、帰ってきたヒトは閉じ込めていたことを申し訳なさそうに、こねこちゃんを優しくなでながらケージから解放する。ぼくと彌生さんは、自分で言うのもなんだけど、鳴き声でヒトを釣るようなことをしたことがなかったから、小さい猫ってああいうことして良かったのか、と今になって後悔するほどだ。
そしてこのこねこちゃん。ヒトにくっついて寝るのが好きと来た。うちのくりちゃんとなべこは、寝室を猫に開放しているから、ヒト2人が寝ている部屋で猫が寝ることもある。ぼくらはそれぞれ、箪笥の上や、なかなか片付けられない段ボールの上や、猫用に準備されたねぐらの上など思い思いのところで寝るんだけど、このこねこちゃんは、なんとヒトの枕の横で、ヒトの頭に顔をこすりつけながら眠るという技をやってのけた。
ヒトはこれにメロメロになった。

こねこちゃんは、ぼくら先住猫にも愛嬌をふりまいた。
自分が小さい事なんて全く意識しておらず、ぼくらのあとをおっかけてきた。さすがに、ジャンプひとつで高いところに登る、のは出来なかったけど、ぼくらは絶対やらなかった「クライミング」でいろいろなところをよじ登ってくる。たとえば網戸。小さく細い爪が丁度網戸にハマるらしく、ヒトの背よりもたかい網戸をまるでスパイダーマンのようによじ登っていく。それから、くるくる巻かれて、縦掛けられている絨毯も。絨毯の裏側の網目に爪をひっかけて登っていく。そして、なべこが大切にしている桐たんす。表面の桐の木目に爪をかけ、器用にこねこちゃんが登っていくのをみた時のなべこの顔をぼくはわすれられないだろう。ひどく怒られたから、ヒトがいるときには爪をかけて登ることはしなくなったけど、ヒトが居ない時はやってるというのはここだけの話。
まだ小さくて、甘噛みができないから、猫にもヒトにも噛みついている。怒っているんじゃなくて遊んでほしくてはしゃいでいるのだ。こねこちゃんでも、本気で噛まれたら血が出るほど痛い。くりちゃんもなべこも、足が傷だらけになっている。だからこれは毎日ぼくらが相手をして、甘噛みができるように教えてあげている。

さて、このこねこちゃん。「新しいおうちがみつかるまで」と、なべこがいっていたから、ある時こねこちゃんに興味を持ったヒトがあらわれたらしい。おためしに2週間、新しいおうちに行く話をしはじめていた。
この5匹生活も終わってしまうのかと、ちょっと寂しくおもいはじめたとき、くりちゃんがつぶやいた。「もううちで飼ったらいいじゃん」。
くりちゃんは、猫で遊ぶのが好きだ。ツンデレな猫が多いこの家のなかで、ぼくをしのぐ愛嬌の良さがハートを鷲づかみしたんだろう。決まりかけていた新しいお家のヒトには、なべこが必死に謝っていた。

そんなこんなで、ぼくの家には5匹の猫と2人のヒトがいる。


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